蜩ノ記 (祥伝社文庫)

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  • 祥伝社 (2013年11月8日発売)
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「――ひとはどうしようもないことで罪に問われることがあるのだ」

豊後羽根藩にて奥祐筆を務めていたものの、些細なことから城内で刃傷騒ぎを起こした檀野庄三郎。彼は家老の温情で切腹を免れるが、ある密命を帯びて城下を放逐される。
密命とは、7年前、藩主の側室との不義密通の罪を犯したとして、10年後の切腹と藩主・三浦家の家譜の編纂を命じられ、現在は家老の所領である向山村に幽閉されている戸田秋谷を監視することだった。

秋谷の切腹までの期日は3年。庄三郎は自分の命が助かるのと引き換えに、戸田秋谷が死ぬのを見届けよ、という過酷な使命を課せられたのだ。
向山村で秋谷やその家族と寝食を共にし、家譜の編纂を手伝い、秋谷自身の剛直な背を見るうちに、庄三郎は次第に彼の無実を確信するようになる。
やがて庄三郎は、秋谷が切腹を命じられる原因となった側室襲撃事件の裏に隠された、宇羽根藩家中に渦巻く重大な陰謀に辿り着くが――。
多くを語らない秋谷の背中は、身分を超えて多くの人々の心を揺さぶるというのに、本人である彼自身は、決して命の期限を動かそうとしない。
夫として父として家族を、武士として人として、主家や村人たちを守りぬく。限られた命の残りの日々を、疑うことなく誠意を尽くし、逃げることなく生きる姿は晩夏を鳴きつくす蜩の聲にも似て。

庄三郎が秋谷の元を訪れてからの3年間を、彼の目を通して描かれるが、この物語にはもう一つの視点がある。秋谷の長男・郁太郎である。
郁太郎には身分を超えた友人がいる。村の子供・源吉だ。この子がおどろくほど人間が出来ている。
大人たちは重い年貢の取り立てや農作物の不作に不満を漏らすが、源吉は不満を言っている暇などない、と屈託なく笑う。呑んだくれて役に立たない父親を責めもせず、母を助け、妹を可愛がる。武士が威張り散らすのを目の当たりにしても、この世のことはみんなお天道様が決めなさる。と達観している。
源吉の聡明さは郁太郎を何度も助け、その精神を成長させるが、彼には突然の理不尽な死が待っている。この源吉の非業の死が、物語の終わりに秋谷の避けられない死の意味を違うものに昇華させる。秋谷は無実の罪を負って死ぬのでなはなく、藩と領民のために死ぬのだ。

忠義と覚悟。生きることの意味と死ぬことの意義を、凄烈に問う歴史小説である。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 作家名:は行(その他)
感想投稿日 : 2018年2月2日
本棚登録日 : 2018年2月2日

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