犬を連れた奥さん

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本棚登録 : 26
レビュー : 6
斑猫さん  未設定  読み終わった 

チェーホフは実は誰よりも醒めつつ誰よりもロマンチックな人。
何もかもを批評してしまう冷徹さと、完全に無垢な純真さとが双方向的に発動してしまう。
だからここで、明らかにインチキな奴を主人公としてわざわざ出しておきながら、誰がみても(特に読者から見て)その行動が軽薄・軽率そのものであるにもかかわらず、彼は無垢・純真そのものを見つけてしまうという一種の破壊行為が為される。それが世間的・社会的に(そして小説的にさえ)全く常識的でなくとも。

主人公の行動と思考は全く噛み合わない。愚かで無様である。自分だと思っていたものは全く自分自身ではなく、居場所だと思っていたところには、もはや居る場所はない。
しかし結果や行く末は一切関係なくその瞬間だけを切り取った、その瞬間、真空の時間の中でだけでの真実。ここには全てを剥がれた全裸の詩的本質以外の何物もなく、規範や制度、善悪、利害、社会性や現実性は全く存在する余地がない。それは言わば完全な孤独と言っても良い。

社会におけるストーリーを異化し破壊すると同時に、小説作法としてのストーリーを異化し、破壊している。本作は形式と内容とが完全に一致した、稀有な小説なのだ。

チェーホフにおけるオープンエンディングとは、余韻を持たせたり、その後を暗示したり考えさせたりする事を意図しているのではない。そこで時間を「止める」事を意図しているのだ。「流れる」というストーリーの機能を破壊している。だから、その先は、何と「存在しない」のである。だから二人はきっと暗がりで永遠に震えているのだろう。
時間が壊してしまう事を保存するには、時間を止めるしかないのだ。

更に、種明かしをするなら、この二人は『ねむい』のワーリカが二人になったものでもある。

レビュー投稿日
2020年1月20日
読了日
2020年1月20日
本棚登録日
2020年1月20日
6
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