ポップな装丁に引っ張られ手に取り読みだした。舞台は戦後しばらく経っての日本だ。
戦前の教育と戦後の教育、揺れ動く文部省、移りゆく経済、変わっていく市井の人々。市井の人々って言い方おかしいか。

その中での教育とはなにかを問いだしつつ、ほんわか家族物語、それは少しコメディタッチのものが続くと思った。

よくよく本の厚さを思えばそんなことではないのがわかっていくのだが、この家族たちのクロニクルはとても過酷でありながらも着実に前へ前へと物語を進めていくのだ。

「風に舞い上がるビニルシート」以来の森絵都さんの一冊。とても楽しませてもらえたことに感謝。

登山をする者ならば一度は耳にしたことのある話のひとつ、それがこの事件だ。
しかしながら少し語弊が生まれてしまうのは、この山岳事故は過失や不運といった不可抗力やドラマツルギーなどが挟まれる余地のない「まったくの謎」とされ伝聞していることだった。
誇張しまくった枝葉は山岳的な謎というよりもオカルトやミステリーといった、学研ムー的な方向へ肥大してしまった。

筆者は丹念なのかどうかは正直図れないが、現地の取材旅行を行い一つの仮説に向かって調査探求を進める。並行して若くしてその命を失ってしまった若者たちにも感情移入出来る作りになっている。

「数多ある一つの説」として片づけられていきそうな気もするが僕にはひとつのカタルシスを与えてくれた。
いずれにしても今後も陰謀説やUMA的な仕業、まあ人知を超えた物見遊山に胸躍らす人々は尽きないのだろうな。

在家にして出家、平成の天人五衰の聡子のような諦観。

いや、そんなことはないか。作家は前向きに人生を讃えている。なんでもいいのよ、やることやって生き抜くのよ!と。

違うか。

「とわの家の女」「高速会談」「ヤブ蚊と母の血」などなど。

評価しづらいことこのうえない。

ほとんどの作家はそのパーソナリティというものは見えないものだ。例えば小川洋子が熱烈な阪神ファンと知ったときはその文章の温度のなさと、阪神という熱狂的な崇拝者の熱量(という私の思い込み)とのギャップに慄いたほどだ。
つまりは作家の生態とその作家性とは乖離されてしかるべきものなのだ。が、氏の場合は多くをテレビなどの媒体で露出されており、それが虚像であっても善かれ悪かれ周知されてしまっている。
これは作家としては致命的であると感じる。すべてのセンテンスでその向こうにビートたけしが見えてしまう。
彼が奥ゆかしい人間であったり、凶暴性をもっていたり肉体的なコンプレックスや実はすべてに苛立っていることすら知っている。
彼の人生の多くを内生的なものは別として誰もがなぞることが出来てしまう。

物語の組み立てというよりもその唐突さがちらほら見える。映画的にいうならばシーンのスキップが多いのだ。頭に描いている物語を文章にする際のもどかしさが行間から出てしまっている。
現実にはある出来事に対して予兆などは存在しないので正しいといえば正しいのだが、文章的な不文律の何かが欠落している。もしくはその訓練が出来ていない。
おそらく担当も相当悩んだところだろうがそれでは出版する責務を放棄しているともいえる。売り上げが出れば万事問題なしともいえるのだがそれでは悲しすぎる。

犬を失った主人公の損失感と再会を果たした喜び、共存していくことへの希望。
作者の抱えている虚無感を物語の中で読み手が発見することが出来ないのだ。なぜならば作者がその虚無感を抱えているのを読者は既に知ってしまっているからなのではないだろうか。

2019年1月12日

読書状況 読み終わった [2019年1月12日]

なんかよんだことあるな、あるぞ、この先知ってるぞ…と、結局読み終わる。

穏やかな離婚を選んだ夫婦とその2人の子供の物語。

私は2回ほど離婚をしている。しかしながらどちらの結婚生活の時にも子供はできることがなかったので、子供という存在は未だに物語や小説の中でしか知らない。もしくは友人たちの家族の近況ぐらいか。
大概の小説の場合優しく暖かい時間が流れている。現実はもっと大変で切実で、それでも尚、とてもやはり穏やかなものなのかもしれないが、やはり上手く想像がつかない。

いつもの小路ワールド、基本的に善人しか出てこない物語。もちろん現実世界もそれほど悪人が多いわけではないのでそれはそれで良いのだが、とにかく本作も春の海のような穏やかな時間が流れていく物語。

春の海がはたして穏やかなものなのかもしらないのだけれども。

大友克洋の童夢を思いだしました。

愛憎をない交ぜにしたまま過去に近しかった人々が一点に集まろうとしている。

下巻へ急げ!

某マンガでは瓦礫の山で王様になったものですが、こちらでは人里離れた山にて王になります。
すわっ!アキラくん!?

カタストロフィは必然の結末を迎えるのでした。

やってしもうた。
他の方のレビューを拝見するとどうやら続き物の作品らしく(スピンオフ?)ちょっと損した感じ。追って早く前作を入手しなければ。

仮想の国での話が続いていくものとばかり読んでいたら「日本」が出てきて驚いた。

現代怪奇譚。

切れ目、裂け目、なんだっけ…、ほころび?
そこを縫い合わせるというのが私の想像力や読解力では描けず。
ふたりが別れた理由はわかるのだけれども、元夫に抱く感情が私には理解しずらかった。

まず先に記さねばならないのは最早僕は若くはなく、死も別れも少なからず経験してしまっているということだ。
本書は文章としては些か拙く技巧もそれほどない。あっと驚くような仕掛けもなくある意味で淡々と話は進んでいく。
そこには一切の期待もないし、読み手のときめきもない。どちらかというと先に書いたような稚拙さや、主人公をとりまくイベントにはなじらんでしまう瞬間さえもある。
しかしながら読み進めてしまったのはほかでもない、作者の存在、その人生が投影されているという先入観があったからだ。

この本が売れるための嘘ならば良いのに、とさえ思うほど僕はもう歳を取ってしまったのだ。

2017年9月1日

読書状況 読み終わった [2017年9月1日]

TBSラジオ『たまむすび』にて紹介されていた一冊。
一動物一ページという紹介の仕方で、なんだかなーという動物の特性をコミカルに紹介しています。
親しみのあるイラストで動物たちを表しているので、小さな子供に読み聞かせるのが一番かもしれない。
しかしながら小さな子供には馴染のない動物が多いので「?」ということにもなりそうだけど。

私のような成人男性(中年)が読むには光陰矢の如しだなーと目を細めてしまうことがあるので気を付けたい。

2017年8月17日

読書状況 読み終わった [2017年8月17日]

海外に出てもほとんどの町ではWi-Fiが使える今日ではスマートフォンを手放すのは現実的に難しい。たったの数年前は自分の現在位置やそこの治安などはガイドブックや片言で話す現地の人からの情報、すれ違った時部と同じような旅行者の進言。そしてコンパスと地図、大事なのは空気だった。そらがいまでは読むことが不可能なアルファベット以外の病気のバス停に乗り込んでもGPSで捕捉できる。信じられないかも知れないが地図のログデータを残すのも手間がかかる時代が昨日だったのだ。

便利なことこのうえない。しかし現実には大した意味を持たない情報という体の落書きを受け取っているにすぎないのもまた真実である。

この本は随分前に耳にしたものであり、恥ずかしい言い方だが日々の生活には直接的には関係ないように思えるが国家の外枠、もしくは中枢に確かに存在する物事を仔細に辿った一冊である。

文頭に関係ないようなことを書いてしまったのは、つまりは手にしながらもなかなか読むことができなかった事への言い訳なのだ。

国内でも携帯電話が圏外になることなどほぼない生活の中でまるで通信から遮断されざるを得ない状況は自ら携帯電話の電源を切るか、もしくはそもそも電波の存在しない場所へ行くしかない。

僕の場合、今回は山であった。登山の背嚢(端的にザックですね)の中に寝袋やテント、食料や酒とともに放り込み夕方ごろから静かな雨の音を聞きながら読了。そして電波のはいらないスマートフォンは大袈裟なメモ帳と化しているわけです。

2017年7月29日

読書状況 読み終わった [2017年7月29日]

一部、自分を見ているようで耐えきれなく、もしくは「阿呆か…」と感じざるを得ない場面も多くて困る。
嫌いではないのだけれども、ではなぜたまにこの人の本を手にするかというと、この作家がなにか今までの書いてきたテーマ、もしくは考えてきたテーマを凌駕する瞬間を見たいからなのかもしれない。

ライトな上手な話から、ちょっと凝りすぎな話まで揃えました。

トム・ウェイツの話、無茶苦茶笑ったわ。あるわ、それ。笑い事ではなくで(笑ったって自分で書いてるのに!)
自分の事ですら自分すぎる、自分を演出しすぎている!そんなことも多々ある!
多々あるぞ、ありませんか?

それにしても書評とか音楽の評論は根性いる気がするし大変だ。

まだDVD化されていないのでこちらに書いておきたかった。この前野口健さんのトークショーで聞けた話も含んで記録しておきたかったし。

話が一点だけややこしので先に記しましょう。まず現実としてあったことの中でIMAXの撮影隊が入山していたこと。
これがちょっとややこしくなってしまったんだ。だって今見ている映画もIMAXだもの。
二十年前にもIMAXは色んな展開をしていたんだね。
その企画の中でもストーンズのLIVE AT MAXとかもあったんだね。これを先に知っておけば僕の混乱はもっと少なかった。まあ、僕の頭が悪いんだけどね。

映画の話は至極単純なので二点ほど。3Dにしたことによって逆効果になってしまったのがつり橋のあたりのシーン。これは妙にミニチュアっぽく映ってしまう。奥行とフォーカスの計算なのかかどうかはわからないけど僕はそう感じた。
ビバークを決めたふたりが脳に障害を起こし服を脱ぎだすのだけど、この時の滑落する際のフェイドアウトの仕方が異常に怖い。

カトマンズの飛行場は何年か前に行ったことがあるのでとても懐かしかった。そこからルクラの飛行場。
ルクラの滑走路はとてもおっかない。あの飛行場を使わなくてはならない時点でエベレストは行きたくない。
野口健の話では何度も通ったルクラへの着陸の時、気流のせいでとても揺れるので振り返ってみるとスチュワーデスさんが涙を流していたという話。この時はマズイなと思ったらしい。(たぶん何度もこすったネタだ)

氷河を溶かして飲む水はマズイとのことだ。なるほど確かにイメージでは美味そうなのだけれども、それは多くの地層を通ってろ過されているからなのだそうだ。
硬く、イガイガしているとのことだ。

去年起きた大量の遭難事故。というよりもネパールの震災。これは雪崩などではなくビルほどの大きさの氷河が崩落し、その爆風で(風圧で)すべてが吹き飛んだというのだ。
なるほど、BCの被害地に雪崩れた雪がないのはそういうことだったのだ。

質問者のひとりが栗木さんの話を聞きたがった。無酸素単独でエベレスト登頂計画(冬季?秋口だっけ?)これをどう思うかという質問。
ちなみにこの国の二大山岳雑誌では栗木さんの活動はほぼ黙殺されている。つまりあの質問者はそういったことを知らないのだな。
野口さんの答えは酸素は吸ったほうが良いと言う非常にウイットにとんだものだった。そして酸素濃度が低いと凍傷になるという理屈も初めて知った。

野口さんの写真展の中にあった『コングマラ峠の近くにある池』が美しくて驚いた。驚いたよ。

追記

難波さんのエベレストに登る理由に対するジャッジがひどかった。悪意を感じるレベルだ。

2015年12月24日

読書状況 聴き終わった [2015年12月24日]
カテゴリ 映画

次の仕事の波が片付いたら今度は何処に行こうか…などと考えていたので手に取った本。
読むとか読まないとかの類のものじゃないね。
書き手の人も記しているように、SNSを駆使して並べたものをレイアウトしただけのもの。
こんなんで旅を決める人はいるのかね。いるだろうな。別に悪くはないけど。
まあいかにもだよ。

新聞の広告を集めて今日は玉ねぎはここが安い、豚肉はあそこって書いているようなブログさ。

2015年12月14日

読書状況 読み終わった [2015年12月14日]

うん。
この人は10年後にどんな物語をかいているのだろう。
あるキングで実験的なことを試みたようだったけど読み手のニーズとはあわなかったのだろうか。
いずれにしてもポップな雰囲気で映画にしやすそうだけど(時間軸の面白みが映画だと役者の見た目の年齢や時代の小物ですぐ感づかれてしまいすだが)本ならではの面白さなんだろうね。

読後感は爽やかで疲れてる僕にはちょうど良かった。

2015年12月12日

読書状況 読み終わった [2015年12月12日]

手に取るまで随分と時間がかかってしまった。
紙質が上等で、うーん…ここまでの紙質にせんで単価を下げんかいな、とちょっとだけ思った。

著者も述べているが、この結論はおそらくスペイン人のアイデンティティによりまず肯定されないだろう。
そしてそれは社会的にはあまり意味のないことのように僕は感じる。
月並みだけれども事実と真実の問題だ。
そこからのメッセージというものはまさに一枚の写真のように意味やイメージが独り歩きしていくのではないだろうか。

2015年12月2日

読書状況 読み終わった [2015年12月2日]

山に行ったことのある人ならば、単独で山に入ったことがある人ならば少なからず「これはマズい状況なのでは?」という経験はあるのではないだろうか。
ガスっている雪渓を降るこの先に、もしかしたら巨大な氷穴があるかもしれない。
どうやって降りるんだ。
とにかく情報量の少ない中で行動を選択しなければならない時がある。

巻末に書かれているように登山黎明期と現代ではあまりにも状況が違う。

まぁいいや、あの尾根を歩いた日々もあの国境越えた夜もずいぶん昔のことになってしまった。まぁいいのだ。

2015年11月3日

読書状況 読み終わった [2015年11月3日]
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