登園しぶり 登校しぶり

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レビュー : 8
著者 :
いちまろさん 育児関連   読み終わった 

作者は、子ども相談室「モモの部屋」を主催する心理カウンセラー。
4月からムスメが小学校に上がるが、あまりにも小学校を嫌がっているので、もし「登校しぶり」になった時に心構えをしておこうと手に取った一冊。

長くなるが、覚えておきたい文章を以下に残す。

「心の準備をし、納得して親から離れ、気持ちを調えてから集団の中に入っていくことは、幼い子どもにとって、とても大切なこと」(p90)であることを、まず大前提に。

子どもにも休みは必要である。
休みたい、という気持ちを受けとめること。

「登校を拒否し、不登校を続ける子どもたちは、自分の存在と命をかけている、闘っている場合があります。けして、怠けやわがままで長期化しているわけではありません。生まれ育ったわが家は、よいときはもちろんのこと、困難を抱えて孤立したときこそ、唯一無二の居場所です。子どもが命の棲家である家庭に退却してきたときには、黙って温かく迎え入れ、追い立てないでいただきたい」(p133)

「子どもの社会である学校や教室で、子どもを苦しめることが起きていないか。それに気づき真剣に考えてやるのが、大人のすることだと思います。子どものとる行動やからだに現れる症状には、必ず原因があります」(p138)

子どもが登校を拒否した時、このまま休みぐせがつくと戻れないのではないか、将来ひきこもりやニートになるのでは…(p142)と親は不安になる。けれどそういった考え方は、30年くらい前にはあまりないものだった。「かつては、初めて出会った集団に慣れるだろうか」「行きたくないというのがあたりまえ、無理して行かせることはない」(p143)という認識だった。
もちろん、その認識の変化は、日本の社会全体の変化に伴うものではあるけれど、今も昔も子どもの心理は変わらないのだ。不登校=ひきこもり=ニート、という不安の図式を、メディアの影響を受けた親たちが勝手に想像して慌てているだけなのだ。新しい環境にとまどう子どもたちの心理は今も昔も変わらない。

小学校でいじめられた経験を持つ人のレポート。
「親が私のことをとても信じて大事にしてくれました。~『今日は行きたくない』と言うだけでも、親は無理に学校へ行けとは言わないで休ませてくれました。信用してくれていたのです。だれかにきらわれても、親だけでも守ってくれる、愛してくれるというのが、不登校にならないですんだのだと思います。」(p159)
「自分を理解してくれ、ありのままを受け入れてくれる人がいる場所が、子どもの居場所になる~ただ黙って聞いてくれるだけでいい、ということの本質はここにあります。そして、理解と同情は別であること、いたずらな同情は、傷ついた人の自尊の感情を損なうものである」(p161)
小中といじめを受けていた人が、母親にだけその事実を打ち明けられた。母親はじっくり話を聞いてくれ、父親と兄には隠してくれた。「母親以外に言えなかった理由は、心配をかけたくないという思いと、かわいそうだと同情されることに対して、すごく抵抗があったから」(p161)

「親に求められていることは、子どもが学校へ戻ることを潜在的に期待して「待つ」ことではない~親もまた、ひとりの人間として自分の人生を大切に生き、自分の歩幅でわが道を歩むことです。子どもの将来を心配するあまり、子どもの人生を横取りして、親が安心する生き方に変えてしまわないよう、心がけたいものです。」(p169)
多くの親子を見てきた著者がこう断定するのであれば、それがきっと親としてできるほぼすべてのことなんだろうと思う。でも、そんな親になることは気が遠くなるほど難しい気がする。子どものほんの些細な変化でも狼狽え、怯え、心配してしまう私に、果たしてそんな肝っ玉母ちゃん的な接し方ができるだろうか… 

「子どもたちをこの苦境から救い出すには、現在のところ親が「学校へ行くことより、成長する子どもの命のほうが大事」と腹をくくるほか道がないのです。学校から離れた子どもの居場所は家庭です。家庭を子どもたちの学びと育ちの場のひとつとして見直し解放することです。学校に登校する子の後方基地となっていた家庭を、子どもが日々の生活を営む命の棲家として位置づけ直し整えることができたら、子どもたちは苦しみから解き放たれ、健やかに学び成長することができる」(p192)


「(学校の)不登校対策が子どもを苦しめるのは「学校を休むことを問題視するために、学校が休めなくなっている現実があること」なのです。~「登校しぶり」は、子どもが成長していく途上で、困難に出会ったとき、現実との折り合いをつけるために必要な小休止です。~受けとめられ、休んでひと息ついた子どもは自分が親から理解され愛されていることを実感します。また、休むことで家庭が子どもの心とからだの安全を保障する基地であることを発見します。これから始まる長い人生の航海で、どんな困難にあったときも、帰ってくる安全な港があることを、子どもたちは経験を通して知るのです。~「登校しぶり」の経験は、親子の絆と家庭の機能を再認識する大切な機会である」(p208)

学校は休んではいけない。
この刷り込みは、どこから・誰から植え付けられたのだろう。日本の教育現場は出席日数重視、と書いてあり、たしかに子どもながらに皆勤賞はおおすげえな~自分は病気で休んじまった情けない、と思った記憶がある。見事な洗脳。
幼稚園は、そうは言っても子どもがあまりにぐずればしょうがないと休ませることができたけれど、小学校に行ったらそうはいかないんだぞ、と思っていた。
マジメな日本人ならきっと誰しもが抱くこの考え方に、そもそも著者は一石を投じているのだ。
休みぐせがつくのではないか、その不安も親としては拭えないのも事実。将来ニートになるのでは…冗談じゃなく、親になるとそこまで飛躍して物事を悪い方へ考えてしまうことも。
ガチガチの固定観念と、心配性な親心、この2つをどう克服するか。著者が提起する親像にははるかに及ばないにしても、自分の中のそもそもが間違っているのではないか……と思える気持ちを持っていたい。

むずかしい。ほんとうに。

レビュー投稿日
2014年2月14日
読了日
2014年2月13日
本棚登録日
2014年2月13日
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