創るセンス 工作の思考 (集英社新書)

著者 :
  • 集英社 (2010年2月17日発売)
3.86
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本棚登録 : 985
感想 : 96

 凄い。
 ただその一言に尽きる。
 森博嗣という希有な才能が発している魅力が、本書にはぎっしりと詰まっていると感じた。
 こんな凄い本が1,000円未満で買えるなんて信じられないほど。

 あとがきにも書かれているように、森氏の持つ素晴らしい思考の輝きや思想の断片は、これまでも作品やエッセィの端々で見受けられてきた。けれど、それらはあくまでも「断片」でしかなく、たぶん、同じ「性質」を持っている同士(と言うのは烏滸がましいけれど)でなければ理解できない種類のものでしかなかったように思う。もっと分かりやすい、例えば誰か(何か)を批判する文章や、単純に技巧の面白さだけが読者の目に付き、その奥にある本質的な部分にまで辿り着ける読者は少なかったんじゃないかなと思う。もちろん、それはあくまでも割合の話であって、それなりの読書経験を積んできた人にとっては、その片鱗的なものは垣間見ることが出来ていたのだろう。けれど、そこに込められている「意志」あるいは「哲学」とでも呼ぶべき種類のものは、きっと「同士」でなければ見出すことすら出来なかったはずだ。
 そんな素晴らしい宝物を、森氏は本書で惜しげもなく開陳してくれている。ただ見せるだけではなく、実際に手にとって弄くり回せるように準備までしてくれている。こんなに贅沢な本、そうそう巡り会えるものではない。

 「技術者」を自称している人にとって必読の書だと思う。
 最早バイブルとして位置付けられても良いくらいだ。
 「技術者」を名乗るのであれば、ここに綴られている全ての文章が理解できなければならない。内容を盲信する必要はない。しかし、結局は同じ場所に辿り着くはずだ。書かれている言葉をなぞるのではなく、書かれている言葉の意味をしっかりと考え、「自分の言葉」として消化し、吸収することが重要だ。それがつまり、「理解する」という事なのだから。

 とにかく凄い書籍であることは間違いない。
 四の五の言わずにとりあえず読むべき。
 こういう方面に意識を向けてこなかった人でも、きっと新しい世界が見えてくる。
 それは素晴らしく豊穣で、途轍もなく面白い世界である。

最後の段落を引用しておく。
<blockquote> 工作を紹介したインターネットのサイト、そして日々の工作を楽しく綴ったブログも数多い。それぞれに「神様」がいることが感じられる。というか、そういう「神様」を感じさせる工作者は、揺るがないし、傍から見ていても「凄い」と感じるものがある。上手い下手というよりも、大事なのはこの「凄さ」なのだ。
 最終的に周囲の人に影響を与えるものは、技術的な高い低い、上手い下手ではなくて、「凄さ」なのだと思われる。いろいろな要素が、その「凄さ」に関わってくるけれど、これに触れると、もう自分でも何かしないと気が済まない、という思いに駆られる。「凄さ」がひしひしと伝わってきて、本当に痺れてしまう。痺れたら最後、自分も少しでも凄いことをしてみたい、といても立ってもいられなくなるのだ。
 この連鎖こそが、人間の力なのではないかとさえ思う。「教育」だって、基本はここにあるはずだ。人に伝えられるもの、影響を与えられるものを、大事にしなければならない。凄い大人がいれば、子供はすぐにそれを見つけて、集まってくるだろう。子供の好奇心は、常に人間の凄さを探し求めている。自分がなりたいと思えるような凄い人を見つけようとしているのだ。それが「若さ」というものだと思う。だからこそ、僕はこの歳になっても、まだまだ人間の凄さに出合いたいし、もちろん自分の中にも、少しでも凄さを見つけたい。そう願っているのである。
 というわけで、結論としては、創作が生み出す価値とは、「人間の凄さ」である、ということになる。抽象的な表現で申し訳ないが、これ以上に適切な言葉を思いつけなかった。ご理解いただけただろうか。
 一度でも「凄さ」を感じたことがあれば、「ああ、そうそう」と頷かれることと思う。それは、工作に限らず、どんなジャンルでも見つけることができるし、人間が人間に憧れるメカニズムはすべてこれだといえる。天性の凄さももちろんあるけれど、大部分の凄さは、日常の中で、こつこつと少しずつ作られたものであることに注目して欲しい。それは、きっと貴方にもできる。

 ものを作ることは、「凄さ」を見つけること、「凄さ」を形にすることである。</blockquote>

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本・雑誌
感想投稿日 : 2018年11月13日
読了日 : 2010年3月9日
本棚登録日 : 2018年11月13日

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