性的人間 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1968年4月29日発売)
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大江健三郎の表題作「性的人間」の他、「セブンティーン」「共同生活」の3作が収録された短編集。大江健三郎は、ノーベル賞を受賞する以前から名前は知っていたものの、手に取ることのなかった作家でした。何故、いまさら読むことにしたかというと、「大江健三郎の小説は普通におもしろい」という雑誌の記事を見たからという単純なものです。そして数ある大江作品のなかで本書を選んだのは、「セブンティーン」の後編にあたる「政治少年死す」が雑誌に掲載されたものの発禁になってしまったという、いわくつきの作品だという理由からです。
3編とも性に関わる話なのですが、官能的、エロチックといったものとは違います。そこは純文学、ビジネス書に慣れた頭にはストーリーがすんなり入ってくれません。「普通におもしろい」とは思いませんが、余韻が残り、考えさせられる作品です。退廃した日々のなか、痴漢によって生きていることを実感する青年(性的人間)、右翼の鎧をまとうことで劣等感から抜け出そうとする少年(セブンティーン)、存在するはずのない猿に見つめられている妄想から抜け出せない人間(共同生活)、登場する人物はいずれも尋常ではありません。しかし、生々しく描かれた人物は身近に存在する、あるいは自分自身の気持ちを代弁しているかのようです。いずれも半世紀前の1960~1963年(昭和30年後半)の作品ですが、古さは感じません。人の心、精神は進歩していないということでしょうか。
いわくつきの「セブンティーン」は、実際にあった右翼少年による社会党委員長刺殺事件をモチーフにしたものです。そういった思想的なものが、大江作品を遠ざけていた要因だったのですが、あまり政治性を感じません。右翼だとか、左翼だといったことではなく、劣等感にまみれ自慰行為にふけっていた17歳の少年が精神のよりどころを求めていくストーリーです。右翼という鎧をまとうことで初めて自らの存在を認めるものの、破滅の道を突き進んでしまう少年の脆さが描かれています。発禁とされた後編「政治少年死す」もネットを検索することで、全文を読むことができます。正直に言って、何故発禁なのか、理解できません。政治的タブーは、性的なそれよりも大きいのでしょう。
17歳とはいわないまでも、せめて20代で読みたかった。どんなに優れた作品であっても、時代や置かれた状況によって受け止め方が変わるもの。若い頃に読んでいたら、大江健三郎にはまっていたかもしれません。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文芸作品
感想投稿日 : 2010年4月25日
読了日 : 2010年4月25日
本棚登録日 : 2010年4月25日

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