「希望格差」を超えて 新平等社会

3.24
  • (6)
  • (5)
  • (31)
  • (2)
  • (2)
本棚登録 : 102
レビュー : 17
著者 :
inu-no-mimiさん 本・雑誌   読み終わった 

ニューエコノミー:豊かな社会・IT社会・グローバル社会

豊かな社会→ふつうのモノの購入コストを最小にし、個別的で感覚的な新しいタイプの欲求を満たす新しいサービス産業が発展
ex.健康・美・気持ちよさ・知識・リスク回避・愛情・・

これらを企画する人と、新しい企画を実行するために同時に大量の定型作業労働者を必要とする

ニューエコノミーでは、モノづくり主体のオールドエコノミーと違って、商品やシステムのコピーが容易である。
そこで生じるのが、
コピーの元を作る人と、コピーする人+コピーを配る人への分化。マニュアルを作る人とマニュアル通りに働く人への分化。

しかし、学校教育システムの「パイプライン」は残ってしまい、結果的にそのパイプから漏れる人が出現した。
(工業高校を出ても正社員の工員になれず、短大を出ても企業一般職→専業主婦になれず、大学を出ても上場企業ホワイトカラーになれない…etc)

なおかつ、パイプラインは広くなっているから「過大な期待」を諦めるチャンスが少ない。学歴インフレが起こっているので、親以上の学歴でも親以上の職業に就けない

学校教育システムは、生徒にとって努力が保証される希望のシステムではなくなった。(ここでいう「努力」は普通の人が普通にできるレベルであることが重要)

まさにバトルロワイヤル=勝ち残った者以外は死ね、という状況

専門中核労働者:想像力・創造力・情報スキル・美的センス
定型作業労働者:スキルアップを要さない マニュアル通りに働けばよい
従来の、スキルアップ型労働者(低スキル→OJTによりスキルアップ)という仕事は徐々に少なくなる

希望とは、努力が報われると思う時に生じる。絶望とは、努力してもしなくても同じだと思う時に生じる。
ひとの感情は、自分の意志ではもつことができないものである。(自分の意思でコントロールできないものを感情と呼ぶ、といったほうが理論的には正しいが)希望を持てと言っても持てるものではない。

絶望は外部不経済

格差拡大傾向が不可避なら、それを希望格差に結び付かせない政策をとるべきなのである。
生産性の低い職に就く人の処遇と生活水準が低い人への処遇

「貧乏でも楽しく生きられる」などと言って経済格差を肯定する人は、実は自分は経済的に成功している人が多い。自分にできないことを人に押し付けてはいけない。
「価値観」とは社会的なものであることを忘れてはならない。

価値ある生活を送るためには、他者から評価される(本気で人から羨ましがられる)ことが必要である。経済的成功とは別の価値観を推進するには、そのような生活を送っている人を「本気」で社会的に評価する必要がある。→共生事業 寄付と社会貢献

レビュー投稿日
2018年10月18日
読了日
2007年1月26日
本棚登録日
2018年10月18日
0
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『「希望格差」を超えて 新平等社会』のレビューをもっとみる

『「希望格差」を超えて 新平等社会』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。
ツイートする