はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

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レビュー : 28
著者 :
inu-no-mimiさん 本・雑誌   読み終わった 

現代版アナキストの、思わず吹き出してしまうヘタレ独言に自分と世の中を引いて観る目をもつ知性が時折織り混ざる面白い本。あえてひらがなを多用しているのも独特の印象をあたえる。

[more]<blockquote>P16 わたしたちをとりまくこの社会は一応認知資本主義とよばれている。世の中が金儲けで動いていることはいまもむかしも変わらないが、その最たる手段が人間の認知能力、要するに情報になったということだ。大切なのは、何らかの情報が入ってきたら期待された通りの反応を示すこと、決して迷わないこと、躊躇しないこと。いっけん人間の頭脳を活用するようになったこの社会は、実のところほんとうにものを考えてうごくことなんてどうでもよく、ただひとのはなしをきくだけ、いってしまえば耳だけを重視するようになった社会である。

P50 ふだんはありふれていて気づかないが、ほんとうに困ったときにありがたみをかんじる生の無償性、役に立つとか、役にたたないとか、そういうことではない、豚小屋を逃げ出した豚どものつどい。それが相互扶助というものなのだろう。

P52 かつて伊藤野枝はこういった「忘れないでください。他人にほめられるということは何にもならないのです。自分の血を絞り肉をそいでさえいれば人は皆よろこびます。ほめます。ほめられることが生き甲斐のあることではないということを忘れないでください。」

P70 ほんとうは、ひとによくしてもらったって、ありがとうといってヘラヘラしていればいいだけなのに、なんだかビビってしまって、恩を返そうとするからとんでもないことになる。【中略】だいたい、慈悲に優劣を付けて、恩を返せだの返さないだのといっているのはおかしいのではないだろうか。まさか仏を管理できるとか所有できるとか思っているのではないだろうか。

P165 わたしたちは、こうありえたという無数の過去とともに、いまを生きていくことができるだろうか。たぶん、それができたとき、わたしたちはなにものにもしばられずに、自由にものを考え、自由にふるまうことができるのだろう。でも、そうはさせまいと、しつこくつきまとってくるのが歴史というものだ。これが現実だ、お前たちはこれにあらがうことなんてできやしないと。ああやってられない、そんな歴史。

P214 市民社会は消費をしないことはわるいことだと思わせてくる。その最たる手段が借金だ。ある程度貧乏でもクレジットカードを持てるようにして、借りたものは返せと言い募る。かえせないのはひとでなし、たくさん返せた人はそれだけえらい。この社会は狂っている。【中略】わたしたちは、かつての日雇い労働者がやっていたように、だまってトイレをつまらせることができるだろうか。すでに予兆はある。
</blockquote>

レビュー投稿日
2018年10月18日
読了日
2017年1月12日
本棚登録日
2018年10月18日
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