クリスマス・キャロル (光文社古典新訳文庫)

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本棚登録 : 630
レビュー : 93
著者 :
制作 : 池 央耿 
ishizueさん 文芸   読み終わった 

ディケンズ「クリスマス・キャロル」

1843年、ディケンズが31歳の時に書いた小説。
150年前に書かれた小説っていうのにもビックリしたんだけど、それ以上に驚いたのが、欧米諸国でのキリスト教の浸透具合だね。単に宗教っていうよりも哲学というか、生活スタイルになってる。クリスマスも日本で言うところの「お正月」とか「お盆」に近いイメージかな。親戚同士で集まって先祖に感謝するみたいな。

p38
・「人はみな」亡霊は答えて言った。「隣人、同胞と進んで広く交わって、心を通わせなくてはいけない。そのためには、遠路をいとわずどこへでも出かけるようでなくては駄目だ。生きている間にそれをしないと、死んでから重荷を負って歩く事になる。あちらこちらをと彷徨って、悲しいかな、出る幕が無い事を思い知らされるはめになるのだよ。本当なら、世の人々とてを携えて、幸せを実現出来たかもしれない場面に行き逢いながら、指をくわえていなくてはならないんだ」
   ↑
生きている時の罪が鎖になるんだね。そしてそれが繋がると。

p50
・ベッドのカーテンが左右に割れた。重ねていう。ベッドのカーテンが開いた。
   ↑
「重ねて」の使い方が面白いな。

p86
・毎年毎年「クリスマスの霊」が生まれる。

p122
・「親を逃れて俺にすがっている。男の子は「無知」、女の子は「貧困」だ。二人に心せよ。同じ階層の者みなすべてに注意を向けなくてはならないが、中でも男の子には用心しろ。俺にはわかっている。まだ消されずに残っているなら、額に「破壊」の文字が読めるはずだ。(以下略)」

p168
・世の中、何事も、初めは人からさんざん笑われずには済まない事を知っていたためである。おまけに、人を笑うのは理解の不足であって、自分の無知を棚に上げて笑う事の方が見苦しい事を思えば、何と言われようと痛くも痒くもない。

p176
・ゴッホはディケンズの「クリスマス・ブック」を何度も繰り返し読むに値する奥行きのある作品と言っている。

レビュー投稿日
2010年9月29日
読了日
2010年9月29日
本棚登録日
2010年2月8日
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