ふぉん・しいほるとの娘(上) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1993年3月30日発売)
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感想 : 37
3

シーボルト、その妻である其扇(お滝)、その娘イネの話。
シーボルトは、以前読んだ司馬遼太郎の胡蝶の夢で描かれているシーボルトとは少し違う。本書を読むと、シーボルトは日本に純粋に医療を広めにやってきたのではなく、オランダから日本の海防情報などを調べるために来た諜報部員のような位置付けであり、少し残念だった。また、其扇もシーボルトを愛してあるわけではなく、お金が目当てであったということだ。まあ、それもそのはずで、其扇は遊女であり、それを引いたのはシーボルトで、其扇にシーボルトを無理やり好きになれと言ってもそれはこちらの都合良く考えているだけだといわれることはごもっともだ。作品名から、イネの話がメインかと思いきや、イネは、やっと上巻の3分の1が過ぎてやっと登場した。

イネは聡明で、芯が強く、そして何より美しかった。産科医を目指して学業に打ち込み、やっと一人前になった時期に望みもしない妊娠をしてしまう。産科学を学んでいた師 石井宗謙におかされたのだ。イネの出産は凄まじく、ほぼ自分一人で産み上げたようだ。

イネは、長崎でシーボルトと再会するが、再会時の感動もシーボルトがすぐに召使いの しお を愛人にしたことに不信感を抱き、シーボルトから遠ざかるのだった。シーボルトは日本の医学を飛躍的に向上させ日本人に好意的であったものの、自分の家族への愛情については淡白であり、お滝やイネにはそれは耐えがたいものだった。シーボルトの手記では、お滝が再婚したり、お金をせびるようなことを嫌がったとあるが、これはシーボルトに愛情がなく、しっかりと日本に残された家族のことを考えていなかったことから来るものであることを自覚すべきだと思う。医者とはいえ、当時からすれば、お滝もイネも周りからは相当に肩身の狭い思いや不自由をしたはずで、そこはの思いやりが、シーボルトには足りなかったと思わざるを得ない。
やがてイネの子のタダ、後にタカと改名、が生まれイネも歳を取る。環境はどんどん変わり、関係のあった者は死んでいく。イネも伊篤と名を変え、孫に鳴滝塾の跡地を残して世を終えた。

やはり、著者の小説は、小説というより、歴史書のように物語は進む。登場人物の名も、改名したらそれを使うので統一感に欠け、しんどいこともあった。ただ、司馬遼太郎の花神や胡蝶の夢に出てくるシーボルトやイネ、お滝などの印象も本書を読むと是正され、歴史の正確な理解には役立つものと思う。

全二巻

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本史
感想投稿日 : 2020年6月22日
読了日 : 2020年6月28日
本棚登録日 : 2020年6月22日

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