帰ってきたヒトラー 上

  • 河出書房新社 (2014年1月21日発売)
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2011年8月。ベルリン。
突然、あのヒトラーが目を覚まし、この世界で再び活動し始めたら・・・。
そんな「if」を通して、著者なりの理解によるヒトラーの人間性と、現代の社会風刺をユーモラスにかつ鋭く描く。

復活したヒトラーは60年間の間に生じた変化に対して、かなりのジェネレーションギャップに遭遇するものの、冷静かつ超前向きに現実を受け止め、素早いけど若干ズレている理解で現実に適応し始める。
そんな彼を、テレビのプロダクション会社が「ヒトラーのそっくりさんを演じるコメディアン」として拾い上げるところから、再びヒトラーは世の中に対して発信を始める。

ヒトラーのやり方は往時と同じで、現実の社会や政治の不条理や、人々の不満を発見し、「敵」を設定して徹底的に攻撃することで自らの地位を明確にしていくことである。
でもこれが案外でたらめでなく、人々の生活をしっかり観察し、突撃インタビューを実施するという、地に足ついた方法で進めていく。
往時と同じように、「庶民の不満の代弁者」として徐々に庶民の支持を取り付けていく。
こうして段々と民衆が魅せられていき、マスコミもそれを煽って、彼をヒーローに仕立てていく・・・。往時、なぜ彼が公正な選挙を通して政権を掌握できたか、という疑問に対する答えを、読者は民衆の一人として追体験できるというのが本書の特徴の一つ。

もう一つの特徴は、何といっても、時代錯誤だけど至って大真面目なヒトラーと、登場人物とのズレてるんだけど何故かかみ合う会話という全編に行きわたるユーモアにある。
例えば、彼が主張する政策は、ドイツ民族の優等性という歪んだ理念が大本にあるものの、表面的には(将来の兵士になるから)子育てを優遇する社会を推進し、(将来のドイツ国民の土地とするために)自然を保護しエコを推進することを提唱するのだから、案外現代の要望に適合してしまったりする。
サインを頼まれて、服の上に鍵十字を書いてしまい、廻りの人間はキツいブラックユーモアとして喝采するものの、本人は至って大真面目だったり。
「かみ合わない」笑いというのは、ドイツでもやっぱり受けるんだなと実感できる。

ヒーロー(独裁者)が誕生する過程を知る面でも、ユーモアの面でも、かなり上手くいっているし、大変読みやすいため、実にお勧めしやすい一冊になっている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ドイツ・中欧文学
感想投稿日 : 2014年5月2日
読了日 : 2014年5月2日
本棚登録日 : 2014年5月2日

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