The Man in the High Castle (Penguin Modern Classics)
- Penguin Classics (2001年9月6日発売)
ネット上にアップされているBerkeley大学の2012年春セメスターのAmerican Studies10ACで取り上げられていた。
邦題は「塔の上の男」。
第2次世界大戦で枢軸国が勝利した、という「もしもワールド」の話。
ドイツは核兵器でアフリカを全滅させ、アメリカ東海岸を支配。ユダヤ人虐殺は戦後も進行中。
日本はアメリカ西海岸からこっちのアジアを支配しているが、徳は高いけどヘタレっぽい時代錯誤(アメリカのアンティーク収集に興味がある)の文化人として描かれていて、科学やテクノロジーではドイツに遠く及ばず、近い将来ドイツに水爆で狙われる脅威にさらされている。イタリアは完全に蚊帳の外。
実際には60年代初期に書かれた、当時の世界のパラレルワールドとなので、東西に分かれたドイツの描写がかなり悪者なのも、日本に後進国の様相が濃いのも理解できる。日本の文化と中国の思想がごちゃ混ぜなのも、柔道インストラクターののJulianaが何故か頚動脈をぶち切る技を知ってるという設定も、当時としては許容範囲なのかな、と。
で、この「もしもワールド」のなかで、「もし連合国が第2次世界大戦に勝利していたら」という「もしもワールド」を書いた小説が出てくるので、中身が非常にややこしい。この「もしもワールドの中のもしもワールド」の小説と、これを書いた小説家、the Man in the high castleが物語のキーになるのだけど、最後のどんでん返しは「猿の惑星」のラストに似た雰囲気。TagomiがEmbarcadero Freewayを発見するとことか。
物語のアイディアやオチ自体も面白いけど、登場人物の絡み合いがよく出来てる。上の小説と、I Ching(易経)を軸に、一見何のつながりもない登場人物同士が一瞬交差することで、互いに影響を及ぼしあってラストになだれ込んでいくのが上手い。I Chingのお告げを頼りに自分の運命を決めて、結局絶対的な真実などない、という結論にたどり着くFrank、Childan、Tagomi、Juliana、そして作家Abendsenが、他を抑圧し、内部でも抗争を広げるドイツ人と対比されてる、という解釈も出来る。最後、SF小説としてはすごい中途半端に終わってしまった不満も残る一方、「真実は選択肢に応じて無数に存在する」というテーマが基盤にあるとすると、文学的な視点ではものすごく深い終わり方とも見て取れる。
「歴史に『もしも』はない」とは、よく言われるけど、もしかしたら、あらゆる「もしも」の世界が存在していて、この世界自体も「もしもワールド」の1つにすぎないのかもしれない。そうであるなら、ここで生きていく価値は変わってしまうのだろうか?考えさせられる。
- 感想投稿日 : 2012年5月24日
- 読了日 : 2012年5月24日
- 本棚登録日 : 2012年5月24日
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