絞首刑 (講談社文庫)

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レビュー : 16
著者 :
jhmさん  未設定  読み終わった 

日本の死刑制度について、死刑囚、被害者遺族、刑務官、教誨師といった人々を丁寧に取材し纏めた一冊。

青木さんはテレビでコメンテーターとしてもよく出演される、いかにもジャーナリストな雰囲気の男性。
青木さんが知人によく似ていて、テレビで拝見するといつも似てるなあとしげしげと眺めてしまう。そうなると著書にも興味が出てきてこちらを読んでみることにした。

死刑制度や死刑囚についてのルポルタージュは既に多く出版されている。
それらとの違いとしては、死刑制度に関わる人間を包括的かつ中立であるように書かれていること。
冷静な文章であるので、読者を悪い奴らは死刑にしろと煽ることもなく、死刑は残酷だから廃止すべきだとも叫ばせない。

死刑の是非、日本の法制度などをこちらで意見することは避けたい。
それぞれがそれぞれに考え方があるものだから。
ただ、自分には関係のないことと考えないことが最も悪だとは思っている。
考えたら何かが変わるわけではないけれど、自分の考えを持たなくなったら人間じゃなくなるので。

本書では実際の死刑囚(本人取材時は未決死刑囚)が何人か登場する。
中には冤罪を疑わせる人物が、既に処刑されてしまっていることには大きな衝撃を受けた。
死刑に関しては取り返しがつかないので、冤罪でしたごめんなさいでは済まない。
国家が、例え凶悪な人物であっても人を殺すことは殺人ではないのか。人を殺していいのか。
以前は人を殺したら命で償って当たり前と迷いなく思っていたが、よくわからなくなってきたというのが本音だ。

また、被害者遺族の思いも当然ではあるが全く同じということはない。
大切なひとが殺されたのだから、犯人には死んで欲しいに違いないというのは、それこそ大切なひとを殺されたことのない人間が勝手にする妄想でしかない。
もし、被害者遺族が望まないのに死刑を執行するのだとしたら、誰のための死刑なのだろうとも思う。それと共に被害者遺族であっても、遺族は遺族でしかなく、実際に殺された被害者の気持ちは知りようがない。
社会の納得のための死刑や、被害者の報復のために死刑があるというのも何かおかしい気もする。
考えはじめると深い穴に落ちるようで、これが答えですというものが見つけられない。

死刑に関わるひとで取り上げられていない人物として、裁判官がいる。
自らの言葉でひとりの人間に死刑を言い渡す気持ちとは一体どのようなものなのかを出来たら知りたかった。
また、死刑が一審で確定することはまずないが、一審で死刑を支持した一般裁判員の気持ちも知りたいところではある。

青木さんも書かれているが、厳密に言うと日本の死刑方法は絞首刑ではない。
縊首が正しいとわたしも思う。
細かいことなので、どっちでもいい気もするけれど。
それにしても、絞首刑という言葉の響きと文字は刺激的だと思う。
その刺激的な文字が太く書かれ、横に絞縄が描かれる表紙もまた随分強烈なものがある。
これから読むものは、作り事ではなく日本で実際起きていることだと覚悟を求められているようにも感じる。

被害者も加害者も、事件が起きるまではきっと、自分に死刑が関わってくるなどと思ったことは無かったはず。
それでもある日、突然大きな問題となってしまう。
決して他人事などと片付けられることではないのだ。

レビュー投稿日
2015年11月2日
読了日
2015年10月29日
本棚登録日
2015年10月27日
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