薬指の標本 (新潮文庫)

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レビュー : 1094
著者 :
jhmさん  未設定  読み終わった 

今回も小川洋子さんの世界に引き込まれる。
穏やかで密やかな世界。
ありえないほど現実離れしたことを書いているわけではないのに、自分の生きている世界とは違うベールの向こう側にある世界のことを話しているような、それでいて空想ばかりで莫迦らしくはない。
当たり前と言えば当たり前だけれど、この小川洋子さんの世界が苦手なひとは苦手だろうし、好きなひとは好きだろう。
ちなみにわたしは好きなひと。

「薬指の標本」
標本室で働くことになったわたしは、ある日、技術士から靴を贈られる。
毎日履いて欲しいと言われるままに、靴を履きつづける。
あつらえたように靴はわたしにピッタリ馴染む。履いているうちに、靴と足の境がわからなくなってくるほどに。

読んでいるとちょっとホラーのようにも感じるけれど、別に靴を脱ごうとしたら脱げなくて、脚を切り落としてなんてことにはならない。
なったら驚く。どうした小川洋子。
靴に侵食されていく足などと恐ろしいことを書いているのに、小川洋子さんの文章は神秘と愛に溢れている。

標本室にやって来る客も、技術士も、謎めいたひとばかり。
結局その謎も何も明らかにならないけれど、そこを読む物語ではないので問題ない。

封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。
繰り返し思い出し、懐かしむための品物を持ってくるひとはいないんです。(P23)

わたしなら、何を標本にしてもらうだろう。
形にならない過去の想いを標本にすることは不可能なのだろうか。

「六角形の小部屋」
プールで出会ったミドリさんを軽い気持ちで追ってみたわたしは、語り小部屋という六角形の小部屋の存続を知る。
その小部屋で独り言を呟くために様々なひとが訪れる。
わたしは、ミドリさんと息子のユズルさんに会いたくて、語り小部屋に通うようになる。

独り言を呟くための小部屋。
独り言を呟きたければ、トイレにでも篭って好きなだけ呟けばいいとも思うけれど、きっとわざわざ出向いてわざわざひとりになって呟くことに意義があるのだろう。
独り言って若いときには全く言わなかったけれど、最近気づいたらテレビに向かって話していた自分に衝撃を受けた。
年を取ったなと。

小川洋子さんらしい実体のない世界を堪能出来る一冊だった。

レビュー投稿日
2015年10月29日
読了日
2015年10月27日
本棚登録日
2015年10月26日
3
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