悲しく、寂しく、悲惨なものの代名詞のようにいわれる「独居老人」。
文芸評論家であった夫 古谷綱武氏を喪ったあと、三十年近く独りで生きてきました。
しかし、吉沢さんの独居生活は、悲しくも寂しくもないようです。
「家事評論家」としての仕事と、仕事ではない家族のための家事とに追われていていた吉沢さん。
姑、夫を続けて見送り、家族のために忙しく動き回る生活から解放されました。
「24時間、すべてが自分の時間」という事実に驚きながら、とても軽やかで、贅沢な気持ちになったようです。
いかに楽しく、美しく生きるか。
「能力は使わなければ衰える」と言い切って、その気概を示します。
90歳越えての独居を危ぶむ人は、
「バリアフリーにリフォームしたら」とすすめます。
でも、バリアフリーにしたら、自分が注意力をなくしてしまいそうで、このままでいようと吉沢さんは考えます。
古い家には段差があり、そのことを知っているからこそ、足元に注意して歩きます。
真夜中に電気をつけずに家の中を歩いても、何歩歩けば段差があるから気をつけるようにと、自分のからだが覚えていて、
注意をうながすのだ。
「衰えないように」と努めるだけではありません。
健康のために、食の楽しみのために、自宅の庭につくった菜園には、自分の好きな食材を育てています。
そして、それを食卓に上らせ、食べ物を大切に味わいます。
さらに、日々をよりよく生きるために、新しい情報や、若い人からの知識の吸収も怠りません。
そんな吉沢流の生き方も、昨年は心乱されることも多い年でした。
ふり返れば、昨年はとくに大変なことの多い一年でした。
東日本大震災のため、たくさんの方が亡くなったり、家や仕事を、そして家族までを、いっぺんに失ったりと、
国難ともいうべき不幸なことがありました。
そのあと始末は、いまだにきちんとできていません。
地震や津波だけだったら、あと始末はもっと早くできたでしょうが、原発の問題だけは次々に起こっています。
最高の人知を集めての文明の利器にも、なお人間の力の及ばないものを見せられた思いで、
これからの生活をどうしていくかを考えさせられた年でした。
94歳にして、真摯にこの国の未来を思う。
生き方のお手本を見せられた気がしました。
- 感想投稿日 : 2012年5月15日
- 読了日 : 2012年5月15日
- 本棚登録日 : 2012年5月15日
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