悲しみの歌 (新潮文庫)

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本棚登録 : 769
レビュー : 95
著者 :
jumpinjackboyさん  未設定  読み終わった 

この世は「悲しみ」でできている。本書を読み終えてまず思った感想は、こうだ。本書は複数の文学賞を受賞し、映画化もされた著名な『海と毒薬』の続篇にあたり、同作に登場した勝呂医師がふたたび登場する。『海と毒薬』の内容をもう1度おさらいしておくと、第2次世界大戦の末期、九州帝國大學において、捕虜になった米兵が、生きたまま解剖された史実をもとにした小説で、戦時中とはいえもちろんそんな行為は立派な犯罪である。ひるがえって本作の勝呂も、刑期を終えたことが物語中に描かれており、生体解剖がちゃんと断罪されたことがわかる。しかし、ほんとうに勝呂医師だけが悪かったのだろうか。あるいは、ほんとうに断罪されるべきであったのだろうか。むろん、行為じたいが褒められるべきではなく、むしろ責められるべき性質をもつことはわかる。しかし、いちいちネタバレをするほどのことでもないので詳述は避けるが、勝呂医師の「最期」をみるに、この断罪によってはたして救われた人はいるだろうか。言いようのない「悲しみ」を増幅させただけではないか。勝呂医師は現在は新宿で開業医をしていて、やがて新聞記者に過去のことを嗅ぎつけられ、断罪される。しかしその新聞記者もまた、真実を追求するいっぽうで、互いに惹かれあってたはずの恋人からは別れを切り出されてしまう。正義とはなにか。これもまた、悲しみの一種なのではないか。べつの記者である野口のセリフの端端には、こういった無力感のようなものも垣間見える。そして、勝呂医師のまわりに集まる患者や、その見舞客たち。それぞれがさまざまな事情を抱えていて、とても幸福そうには見えない。生きることの本質は、悲しみではないであろうか。末期癌の患者は、やがて勝呂医師に「安楽死」させられる。しかし、それこそがほんとうの救いなのではないか。生きるとは。死ぬとは。幸福とは。悲しみとは。この行為ひとつとってみても、世の中がそう単純には割り切れないことだらけであると知る。著者はキリスト教の熱心な信者であることで有名で、本作の作中にも聖書の一節が引用されている。しかし、著者はそのキリスト教の救済に対してさえも、なにか本質的な疑問を感じているように思える。救済とはいったいなんなのか。あまりにも重すぎるテーマばかりで考え込んでしまうが、それだけに読む価値はじゅうぶんすぎるほどある。

レビュー投稿日
2015年7月6日
読了日
2015年7月5日
本棚登録日
2015年7月6日
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