阿刀田さん「知っていますかシリーズ」を読んだだけで分かったつもりになっている個人的読書企画(笑)
今回は新約聖書。

新約聖書は二十七巻から成り立つ。
❐マタイによる付近書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書
⇒それぞれの語り手が、イエス・キリストの言動と教えを伝える物。イエス本人のそのままの姿と言うより、神学的な見解から伝道したい神の子イエスのイメージ像。
❐使徒言行禄
⇒イエス十二弟子や、イエス死後使徒になった人たちの言行禄。
❐○○人への手紙
⇒イエスの死後使徒となったパウロから各地へ送った手紙と、その他の手紙各種。
❐ヨハネの黙示録
⇒神から直接的に得た啓示。異教の神を信じるものには罰が下り、人間の世界は終わり、復活したキリストと真のキリスト者により、新たな神の国が顕われるとの予言。
黙示録だけの解説本も。
https://booklog.jp/item/1/406292496X


新約聖書に描かれているイエスの言葉などは、
「比喩が多くてわかりづらい。だからどうとでも解釈できる」といいつつ、阿刀田さんとしての解説を丁寧に載せている。
  …それを読んでもやっぱりよく分からない。(ーー;)
  あれー私子供の頃近所の日曜学校(市の集会所でやってた)に行ってたはずなのになーーー

さらに聖書に描かれているイエスの生涯を追い、そして阿刀田さんの作家としての思考が書かれる。
 イエスはいかにして自分が”神の子”と自覚していったのかその心理的道のりは? 
 自分の運命を知りながら逮捕前夜にゲッセマネの丘で激しく動揺した”人間”イエスがその後にどのような心境を辿ったのか?
 逮捕されたイエスのことを三度「あんな奴知らない」と否定したペテロの慟哭、一度は故郷に帰ったペテロが布教に戻り、死ぬと分かっている道を引き返したのは?
 キリスト教徒最大の布教者パウロは、生きていた頃のイエスを知らずそれまではキリスト教徒を迫害してきた。そのパウロがなぜ「パウロなければキリスト教なし」といわれるほどの布教活動を行えたのか?
 十字架のイエスを埋葬したアリマタヤのヨセフは、そのような重要なことをしたにもかかわらず彼の功績が書かれていないのはなぜだろう?
 ユダが”裏切った”のは、宗教的世界観の違いや布教の方向の違いもあったのでは?

聖書では「イエスは神の子」というエピソードが沢山あるけれど、
阿刀田さんは「人が何かを成し遂げるにおいて、信じることが本人にも信者にも必要だったのだろう」という目線で聖書の記載を読みとっている。
さらに聖書に出てくる人物の心境などを考察します。その阿刀田さんの人間への目線は優しい。
確かに聖書の話を「なんか一部の人が信じてる信じがたい話」だと思うよりは、「実際の人間はどのように考えたのだろう?」と考えると、実に身近な物語として感じられる。

ちょっと面白かったこと。
宗教画などで有名な「受胎告知」は、4つの福音書のうち2つにしか取り上げられていないということ。それなら後世に作り足された話なのか?と考えられる。
さらにマリアの夫のヨセフは、ソロモン王にも遡る確かな血筋だとも書かれている。
…イエスが人間の父不明とされているのは、父は神だからってことでしょうけれど(宗教画で、マリアと結婚した時のヨセフは老齢に書かれていて「子供を作れません」みたいに描写されているものもある。…しかしそれだと弟たちはどうやって生まれたんだろうとなるけど)、この聖書の記載からはヨセフが父だっておかしくないような…。

そして、この本を読んで分かったのですが…私は「マグダラのマリア」と「ベタニアのマリア」を一人の人間かと思ってました…orz。だけどイエスを描い...

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2019年8月23日

読書状況 読み終わった [2019年8月23日]

海外旅行のお土産にサソリが紛れ込んでいたら?!道を歩いていたら毒蛇に出会ったら?!鋭い猛禽を手に留まらせなければいけなくなったら?!

そんな時でも慌てず騒がず、人間にも生物にも負担を掛けない生物の持ち方お作法を知っていれば大丈夫!

ツノと足が鋭いカブトムシは角を挟む”おちょこ持ち”。
ウナギを掴むには手に塩をまぶして”剃るティホールド”。
サソリには脅威の毒針を封じる”毒針つまみ”。
凶暴なワニガメは後ろから”後甲がため”。
毒ヘビには顎と頭を”三角がため”。
巨大なトカゲはバーベルを持ち上げるつもりで”クリーン・アンド・ジャーク”。

上手く生物をモテれば、異性からもモテること間違いなし?!

…などなど、持ち方ネーミングはおちゃらけていますが、それぞれの生物の危険な部分を紹介し、そこを避ける、または抑えることによって危険が少なく持つことができますよ、という案外真面目?な本。
まさに「生物も人間も傷つけないお作法」の本です。

2019年8月21日

読書状況 読み終わった [2019年8月21日]

中学生の娘が、理科の宿題の籤引きで「回虫」を当てたので私が面白がって色々借りて読んでいる。
亀谷了先生、藤田紘一郎先生の本は娘も読んだが、さすがにこの本は私しか読んでいない(笑)



自己免疫疾患を患い、体中の毛は抜け、酷いアレルギーや喘息を持つ著者は、アメリカ鉤虫(英語では「アメリカ殺人者」の意味を持つ)に意図的に感染するためにメキシコに入った。
自分が子供を持ち、疾患を遺伝させないために病気を調べて、「寄生虫感染療法」を知ったのだ。

…という冒頭で始まるが、実際に著者の寄生虫感染両方が語られるのはほぼ最後の章で、そこまでは自己免疫疾患を始めとする人類と病気に関する詳細かつ多角的な研究取材。
 ✓原始人の遺骨やミイラから見られる人類と病気の歴史、民族や地理による病気の違いや移り変わり。
 ✓不潔な環境にいる人が罹りやすい病と、反対に清潔な環境にいる人が罹りやすい病について。
 ✓人種による体内微生物の違いから、人類の歴史的地理的移動を考える。
 ✓環境の変化による病気の発生の変化。急に先進国文化に触れた原住民たちの病気の度合い、発展途上国から先進国に移民した人たちの二世からは病気に罹りやすくなるということ。
 ✓病はウィルスなどが身体に入る「存在の病」だけでなく、在るべき微生物がなくなったことによる「不在の病」が増えている。
 ✓人間には二つの脳がある。一つは胃腸の周辺の細胞組織。もう一つは頭の中にある所謂脳。胃腸の環境の大切さを説く。
 ✓体内微生物を完全に除去したら生物はどうなるのかという動物実験。生きることはできたが、内臓の大きさがアンバランスで疾患を抱えていた。
 ✓現代社会で自己免疫疾患が増えた理由を考える。
  人間の環境が清潔になり過ぎて、体内に取り込むべき微生物との接触が減った。
  人間は母親の産道を通り、必要な微生物に触れて、免疫機能を高める。しかし現代社会で自己免疫疾患が増えたのは、人間の体内から微生物が減りつつあり、母親から正しく微生物を受け取れなかったからということも一因と考えられる。
 ✓正しい微生物と人工的に触れ合う方法。
 農業畜産業体験の勧め。
 帝王切開で生まれた子供には、母親の産道の微生物を赤ちゃんに塗るという対処を行っているところもある。
 また、酷い内臓疾患と下痢に苦しむ患者に、良い腸内微生物を持つ配偶者の便を薄めたものを入れるという治療法(自分で微生物を作れない患者に、人工的に微生物を入れるとうい方法)。
 ✓正しく触れ合う微生物は自然の物でなければならず、化学物質では賄えない。(化学物質の動物の身体に取り込まれた化学物質が便として排出され、便が肥料として使われたその植物に化学物質が取り込まれているということが何とも空恐ろしい。)

そして人間と寄生虫の関係性。
人間は寄生虫に対抗するために細胞変化を起こした。しかし清潔な環境になり、寄生虫も体内からいなくなったことにより(日本でやらなくなった「蟯虫検査」ですが、アメリカでももうやっていないみたいです)、その細胞変化が人間本体に悪い影響を及ぼしている、ということらしい。(違ってたらすみません)
寄生虫が人間からいなくなったことにより、免疫が正しく利かなくなってしまったということ。
この本では人間からいなくなった寄生虫のことを悪いヤツだったが全くいなくなってしまっても弊害が出るということで「失われた旧友」と表現している。

寄生虫療法のレポートは、その研究の歴史、寄生虫販売者、実際に試した人への取材(感染方法が、「ネットで寄生虫の卵キッドを取り寄せた」ってそんなに簡単にできていいのか??)、成功例と失敗例、など多角的に渡っている。

自閉症治療として寄生虫療法を行った例もある。これは...

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2019年8月15日

読書状況 読み終わった [2019年8月15日]

中学生の娘が理科の夏休み宿題籤引きで「回虫」を引き当てたので、私が面白がっていろいろ借りている。
寄生虫の中でも、こちらの「ゾンビパラサイト」で紹介されているのは、寄生した相手身体を乗っ取り操ってしまうパラサイト生物(寄生生物)たち。
パラサイト生物とは他の生物の体内または体表を生活の場とする生き物のこと。
寄生菌を宿した宿主は、内臓を乗っ取られ、神経がやられ、細胞が溶かされ、徐々に行動がおかしくなっていき、パラサイト生物のために死ぬ。
寄生虫を宿したアリは、死ぬ前に葉っぱに噛み付き自分の身体を固定する。そのアリを破り寄生菌が伸びてゆく。
てんとう虫や蜘蛛は、内部に宿るパラサイト生物を守り死ぬ。
猫を最終宿主とするトキソプラズマに感染した鼠は猫を恐れなくなり、猫に捕食されトキソプラズマを猫に移動させる。
 ゾンビ蟻
 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/111400440/
 https://www.petsitter.co.jp/archives/9767/


以前「パラサイト・イブ」という著者が医者で「人間を操る寄生生物がいたら?」というホラーを読みましたが、それがかなり現実的な感じがしてしまいました。

また、動物だけでなく植物に寄生する寄生菌も取り上げています。すると歴史上で原因不明の大量感染は寄生菌がついた麦などの植物を食べたからでは?などとの考察が成り立つ。
さらに統合失調症や、アルツハイマーも寄生虫が関係しているのでは?宿主に取りつく時に出すたんぱく質が宿主に影響を及ぼすのではないか?との研究も進んでいる様子。
そしてパラサイト生物は宿主を操ることにより、生態系のバランスを保つという役割を果たしている。

回虫関連で読んだ「笑うカイチュウ」で藤田紘一郎先生が「日本では寄生虫学が縮小されている」と憂いていたが、この本で書かれているように現代話題になっている病気の原因が寄生虫ということもありうるのだったら、研究を縮小している場合でなかろうと思った。

2019年8月15日

読書状況 読み終わった [2019年8月15日]

寄生虫だって神様から命を授かったこの世の住人である。
朝目が覚めると心の中で「おはよう」と囁いてしまう…というほど寄生虫を慈しんでいる亀谷了先生の寄生虫エッセイ。
日本における寄生虫博士たちの研究、寄生虫駆除薬を日本の製薬会社が作った、などと言うことも書かれていて、この分野では日本もなかなか頑張っているんだと思いました。
寄生虫の生態系や、びっくりエピソードは亀谷了先生「寄生虫館物語」と重なる部分も。
https://booklog.jp/item/1/4167660091

中1の娘が理科の夏休み宿題で「回虫」を引き当てたので、私が面白がって寄生虫本を借りています。
そしてついに「目黒寄生虫博物館」へも行ってきました!
私が子供の頃親戚の本棚で「寄生虫館物語」のフルカラー版を見て、あれから40年くらい経ちついに行ってきました(笑)。
ついでに小学生の次男の自由研究にもさせたかったけど「きもちわるい~」とダメだった(笑)
https://www.kiseichu.org/

寄生虫館では、この本に載っている寄生虫たちが陳列されたり、書かれている日本の寄生虫博士たちの紹介がされていて、読んでから行くとまた楽しいです。
寄生虫の陳列は、清潔な建物で、綺麗にホルマリン漬けの瓶が並べられ、中の寄生虫や生物たちも綺麗に脱色され…これだけ見たら素直に生命の不思議という物を感じるんだけど、実際に体から出てきたらやっぱり嫌だよなあ。

いくつか寄生虫本を読み思ったこと。
何食べてもどこ行っても寄生虫感染危機?と身構えてしまいましたが、闇雲に恐れるのではなく、正しい知識を持ち対策や予防すれば大丈夫。ただしその正しい知識の伝達が少ない。 
生で食べではいけないものは、絶対生では食べではいけない!!
人間などの生物は、自分に合った微生物と、正しい時期の接触が必要。清潔すぎてもいけない。
寄生虫研究が縮小傾向だが、現代の病床、精神疾患も寄生虫が原因か?という研究もあり。その反面、寄生虫が体内にいることにより、免疫が正しく働き、自己免疫疾患に効果があるという研究も?
そして寄生虫たちの生態系はバラエティーに富み過ぎて、正しく付き合えば生物としては楽しい存在とも言えるかも。

2019年8月20日

読書状況 読み終わった [2019年8月20日]

カイチュウ博士藤田紘一郎先生の寄生虫本。
先に読んだ「目黒寄生虫館物語」と一緒に、娘の夏休み課題対策として。
両冊とも、寄生虫研究者たちは変わり者で優しく、「人間でも動物でも大便を集めて調べるの大好き!!」な人たちだという感じだった(笑)

こちらの笑うカイチュウでは、まずは昨今の日本における寄生虫研究の縮小化を憂いている。
日本は清潔になったし、寄生虫の研究も一段落でこれ以上の必要はないんじゃないかということ。
そういえば私が子供の頃やっていたギョウチュウ検査も今はない。
しかし実際には次々に新しい寄生虫たちが発見されたり、新たな病気を運んだりしている。
最近話題のトキソプラズマ、アニサキスなどは実際に死者も出たり問題となっている。
また、化石生物の寄生虫を調べることにより生命の進化が分かるなど、多角的な研究も行える。

研究とはその分野だけでなく、他の分野に繋がり合っていくのだから、寄生虫分野も新たに進んで新たな研究成果が知りたいですね。

2019年8月15日

読書状況 読み終わった [2019年8月15日]

中1の娘に「カイチュウって何?」と聞かれた。
海中、懐中、回虫…、やっぱり回虫だろうと「お腹の中にいる寄生虫の事??」と答えてみたら、「ええ~夏休み理科の宿題の籤(?)でカイチュウを当てちゃったんだけど、そんなに気持ち悪いものだったのか~~~」とのこと。
いくつかの生物の中でテーマを籤引きで決めたらしい、面白いな最近の女子中って。(他には、ライオン、フクロウ、カメムシなどがあったらしい。梟だったら私が嬉しかったのに。娘は回虫で不満らしいけれどカメムシよりはやり易そうだ。)

さて。回虫だったらとりあえず「目黒寄生虫博物館」の亀谷了先生と、カイチュウ博士藤田紘一郎先生が思いついたので、私のために借りてみた。(娘にも差し出したが「ご飯食べられなくなっちゃう~」と敬遠気味(苦笑))

私が子供の頃親戚の本棚でこの本のフルカラー版を見た覚えがある(この親戚の部屋には他にも色んな物があるんだが)。あれから40年くらい経つがついに自分で読んだ。
そういえば20年以上前に夜に放送されていた「シネマ通信」という映画情報番組で、来日するエドワード・ノートンに日本でしたいことを聞いたら「日本で一番賑やかなところと、日本で一番奇妙なところに連れて行って欲しい」だった。そこで番組では賑やかなところとして築地の朝市場(20年以上前なのでまだ外国人観光客とかいない頃)、奇妙なところとして目黒寄生虫博物館へ連れて行っていた。エドワード・ノートンは大喜びして、お土産の寄生虫ストラップとかTシャツとかにサインして視聴者プレゼントにしていた。彼のところは天才家系らしいがやっぱりちょっと変わってるな~~。


さてこの本は世界で唯一の寄生虫博物館、「目黒寄生虫博物館」初代館長の亀谷了先生の寄生虫エッセイですが、人柄の善さ、寄生虫への愛、研究の悦び、人や動物の大便を調べることの心からの悦び!に溢れていて、生物としても分かりやすくエッセイとしても非常に面白かった。

まずは動物を生活面で分類してみる。
●自由生活
 ⇒自分で働き獲物を探し配偶者を見つける。
●共生生活
 ⇒二種類の動物が相互に害することなく共同生活を送る。お互いが相手の存在で利益を受ける「双利共生」と、一方のみが利益を受ける「片利共生」がある。
(余談だがうちのお墓のあるお寺では「共生」を「ともにいきる」として教えとしているので、精神的な分類だと「人は一人では生きていけない、助け合い寄り添い合う」になりますね)
●寄生生活
 ⇒自分だけの力では生きられない。一方がもう片方を宿主(しゅくしゅ)として、衣食住すっかり寄りかかり生きる。

そして寄生生活を送る寄生虫の生態系は驚くばかり。
回虫の場合は、宿主は人間なので、野菜などについた卵から人間の体内に住みただただ子孫を増やし続けてそのまま人間の体内にいる。
しかし中間宿主を必要とする寄生虫もいる。
広節裂頭条虫(すごい、一発変換できた)というのは、水の中で孵化して第一時幼虫としてミジンコ(第一次宿主)の体内に入る⇒
ミジンコがサケやマス(第二次宿主)に食べられて第二次幼虫になる⇒
サケやマスが人間に食べられて、人間の中で広節裂頭条虫に成虫する⇒
卵は人間の大便とともに排出されて水中に…と繰り返してゆく。よくそんなにうまく乗り換えられるものだ。

宿主の乗り換え方も凄い。
宿主が別の生物に食べられるときに移動、しかも最初の宿主を次の宿主に食べられやすく操ったりする。
研究のために動物を解剖すると、その胃腸がはちきれんばかりに寄生虫が溜まっていたとか、血液や脊髄や魚の場合は鰓からたくさんの寄生虫が出てきたり…

さらに寄生虫は子孫を残すために生きるということに特化している。目玉を目的の宿主に辿り着く妙だけの機...

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2019年8月12日

読書状況 読み終わった [2019年8月12日]

ソチオリンピックを振り返る特集。
すっごいいまさらですが、せっかく登録できるならしときましょう。

私はリレハンメル五輪以来のフィギュアスケートファンでして、年に1度は必ず試合やショーを見に行っております。(残念ながら伊藤みどりさんの現役時代は知らない)
ソチシーズンは、例年にも増してかなり気合入れて観戦しまくり、日本の黄金世代の様相をこの目で見られてフィギュアファンとして幸せなシーズンでした。

ソチオリンピックの時は連日夜更かし、特に女子の試合の2日間は会社のみんなも夜更かしで、みんなでフラフラしながらも「いいもの見た~」という変な充足感と連帯感(?)に浸りながら仕事してましたよ(笑)。日本人としては羽生選手の団体戦、真央選手FSは後になって思い出しても幸せになる演技でしたね。

ソチオリンピックは「レジェンド(葛西選手)」「キング・オブ・スキー(荻原双子)」、カーリングのさわやかな敦賀元選手など、”あのころ”の選手たちが選手またはコーチとして印象的でしたね。過去のオリンピックが思い出されました。
(フィギュアスケートでも”あのころ”メダリストだった選手達がコーチや監督になっていて、試合はもちろんキス&クライや応援席のメンバーがとても懐かしかったです)

しかしロシアは芸術的見せ方が優れていますね。
北欧リレハンメルの時も美しいな、静謐だなって思いましたが、そのあとは北米やアジアが多かったですからね。今回はロシアの荘厳で重厚な芸術文化をこれでもか!と見せつけられました。…ついでにロシアの国力も…(小声)

2014年7月28日

読書状況 読み終わった [2014年7月28日]
カテゴリ 映画・舞台

これも登録できるなんてちょっと感動。

「ボルヘス&ラテンアメリカ幻想」特集です。
作品紹介はなかなか充実。次に何を読もうか迷います。
バルガス・リョサのノーベル賞受賞で、このようなブックガイドが出ることを期待したんですがないんでしょうかね。

読書状況 読み終わった
カテゴリ 南米短編

私はフィギュアスケートのファンなのですが、今季(2014年シーズン)「エバリスト・カバリエに捧ぐ」で滑っている選手がいるんですよ。
私にとってエバリスト・カバリエといえばボルヘスが書いていたけど読んでないという認識。
ではいい機会なので読んでみよう。

エバリスト・カバリエはブエノスアイレスのパレルモをほとんど出ず、29歳で夭折した詩人。語る世界では、薔薇色に塗られた扉の場末の酒場で男たちが踊り、そして短刀を持って男たちが闘う。

題名からはエバリスト・カバリエやその作品を解説しているようだが、内容はアルゼンチンの場末の様相とかタンゴの歴史とか先祖たちがどこから来たのかとかついてとか。
30ページ程度の作品を「私の作品としては長編だよ。30ページもあるからね」なんて言ってるボルヘスが、割とふつうに長文?書いています(笑)
違う国にロマンを感じながらパレルモに居続けたエバリスト・カリエゴを「人間が自分とは永遠に分かった一瞬を知った瞬間が訪れ彼は本当のエバリスト・カリエゴになった」(かなり意訳)としたり、他の作品で読んだようなボルヘスの思考もみえる。
「短刀」「騎馬民族考」「場末の詩」などいくつかの章は、エバリスト・カバリエはあまり関係なくボルヘスの小説集に分類されそうな。

タンゴは踊るための音楽だが、場末の売春外から生まれた(という説がある)から、当時は上流社会に受け入れられず、街の女たちは踊らず、街角で男たちが粋に踊っていた、としている。
ボルヘスはピアソラのタンゴはお気に召さなかったようですが、踊るための曲であり場末でナイフを持った男たちへのノスタルジーと、
ヨーロッパの哀愁が加わり音楽のための音楽となったタンゴでは確かに好みの方向が違うのでしょうね。
しかし何かの本でボルヘスが「私のこの作品を読むときは、タンゴの○○を聞きながら読んでね」と語っていたと思うのですが、それはピアソラだったか??作曲者名も曲名も短編名もちょっと探し出せない…。どなたかお分かりになる方教えてください。

さて、それを踏まえてこの曲で滑るフィギュアスケーターですが、本当に端正な滑りの選手なので、「場末の売春宿で生まれて粋な男同士が踊った」ものとはまたちょっと違うのかもしれないが(笑)。
https://www.youtube.com/watch?v=d8wgnA06frs#t=12

2014年11月26日

読書状況 読み終わった [2014年11月26日]

ボルヘスは、世界の神話や伝承、幻想譚などを取り入れた小説を書いている。本書は古今東西の幻獣たちを集めたコレクション。
正確な記述形式ではなく、そこから想像を広げボルへス的な解説が書かれていたり、幻獣からその国や民族性が浮かんだりして読み物としても素敵。

まず序文が良い。
「誰しも知るように、むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」
そうそう、本を読む理由、仕事の文章は頭に入らなくてもしょーのない雑学とかが頭に入るのはけだるい喜びに浸れるからだ!

さらに序文で、ボルヘスにとってこの幻獣辞典を編纂することはそういう喜びの行為であり、読者も分かち合ってくださるだろう…、と書く。
私がボルヘスを読むのは(たとえ理解できなくとも/^^;)、文章からボルヘスの喜びや愉しみが感じられるのが心地よいからだなと思う。

さて。一番最初に出てくる架空動物は「ア・バオ・ア・クゥー」どこかで聞いたような…?そう、ガンダムの要塞名ですね。監督が幻獣好きなんでしょうか。

解説では翻訳の柳瀬尚紀さんがボルヘスを文学界の怪物として紹介しています。
そうか、幻獣辞典とは、怪物が怪物を紹介している本だったのか。
なお、挿絵は絵本作家のスズキコージさん。

2010年6月11日

読書状況 読み終わった [2010年6月11日]
カテゴリ 南米短編

ボルヘス自編の短編集。本人の解説付きなので割りと分かりやすい。テーマもボルヘスお気に入りの物が多い。探していた相手(または対立相手)が実は自分自身だった、鏡、迷宮、ミステリー、南部の男たちの話。
しかし私のお気に入り「八岐の園」がないのが不満だ..。

★★★
【アレフ】
この世のあらゆる場所が同時並列する場所、アレフ。そしてそれを背景にした男の嫉妬

【バラ色の街角の男】
ボルヘス主要テーマである南部の荒くれ男の物語。一応ミステリー仕立て。最後の一文で殺人の犯人が浮かび上がる。

【アル・ムターシムを求めて】
「一人の男が絶対的存在を求める」という小説「アル・ムターシムを求めて」の解説文、という形式をとり、「探していた存在が実は自分であった」というテーマの小説。
ボルヘス作品では、元小説は存在しないのにあるものとして解説だけ書くというのもよくある手口。

【タデオ・イシドロ・クルスの生涯】
人が決定的に自分の正体を見抜いてしまう一瞬を描写した作品

【死んだ男】
奪われるために全てを与えられた男の話。

【もう一つの死】
自分の行動を恥じ続けた男が、死に際して過去を死に直した話。 
いわゆるタイムパラドックスというようなものを哲学や宗教論から語った作品。 

【二人の王と二つの迷宮】
バビロニアの王が作った無数の階段や扉や壁の錯綜した青銅の迷宮に迷ったアラビアの王は、上るべき階段も押し開けねばならぬ扉も果てしなく続く回廊も行く手を阻む壁もない迷宮、すなわち砂漠を示す。
千夜一夜物語のような作品を書きたかった、という短編。

【敷居の男】
失踪した市政官を探しに来た主人公が迷い込んだインドの街。人々の言葉を辿り、付いた家で起きた出来事。そして事実を話しながら言葉の煙幕で主人公を留めた敷居の男。

★★★

2010年6月11日

ボルヘス晩年の散文詩旅行記。全体的に穏やかで優しい雰囲気です。多数の写真は、秘書で最晩年に夫人となったマリア・コダーマによるもの。
一握の砂でサハラ砂漠を変えてみたり、ブリオッシュに物事の原型を見出したり、短歌に人間が存在していい理由を感じたり、ボルヘスの感性が出ています。

2010年6月11日

読書状況 読み終わった [2010年6月11日]
カテゴリ 南米短編

<砂の本>
ボルヘスの短編集。ちゃんと筋のある小説っぽいものが多いです。ボルヘス自身の解説もあります。

【他者】
ロンドンに隠遁したボルヘスと、スイスで学ぶ若きボルヘスが出会い、その出会いについていろいろ考えるお話

【ウルリーケ】
「わたしが好きか、と聞くような過ちは犯さなかった。彼女にとってはこれが初めてでも、これで最後でもないことが分かっていた。(…)『これはみな夢のようだ。しかも、ぼくは決して夢を見ない』私は言った。『魔法使いが豚小屋で眠らせてくれるまで夢を見なかった、あの王様みたいね』とウルリーケは答えた」
ボルヘス短編の中ではロマンチックなものに分類されるのかな

【会議】
地球上のあらゆる者がメンバーである会議の結成と終末とその後の話。

【人智の思い及ばぬこと】
伯父の家に住み込んだ何者か。ホラーだと思うんですが正体がよくわからなかったです。

【三十派】
図書館の隅で見つけたある宗教流派の草案からの考察。空想の草案を作り「こんな原稿が見つかったから紹介します」というのはボルヘスのよくやる手段。

【恵みの夜】
「あのわずかの数時間のうちに、わしは愛を知り、死を見たんだからな。あらゆる人間に対して、あらゆることが啓示される、あるいは、少なくとも一人の人間が知ることを許されている限りのあらゆることがな。しかしわしはたった一晩のうちにこの二つの肝心なことが啓示されたのだ。長い年月がたって、あまり何度もこの話をしたので、今はもう、真実を覚えているのか、それとも、自分の語る言葉を覚えているだけなのか、とんとわからなくなったいまとなっては、もレイラの殺されるところをみたのが、わしだろうと他人だろうと、どちらでも同じことだ」

【鏡と仮面】
王の戦勝のために死を捧げる詩人。1年ごとに削ぎ落とされて作られた詩は、人が知ってはならない美の極致へと行きついてしまった。

【疲れた男のユートピア】
遙か未来の世界を訪れた男の話。

【贈賄】
二人の男の虚栄心から起きたある出来事。

【アベリーノ・アレドンド】
完全に世間との関わりを経った男の目的は?
最初に主人公の行動を書き、最後に目的が明かされる手法は「エンマ・ツンツ」などもそうなんですが、ボルヘス流ミステリーなのか。
読者としては、謎とも思ってなかったことが最後の種明かしと同時に謎と分かるの感覚が好きです。

【砂の本】
開くたびにページの変わる永遠の本を手に入れた男の希望と絶望。

<汚辱の世界史>
悪役として名を残す男たちの研究と紹介。ボルヘス流悪党列伝。
「ある男に成りすますために、まったく本人に似せなかった詐欺師」とか、ボルヘスの好きそうな逆説が現れています。
吉良上野介も書かれているんですが、参考にした書物が悪かったのか(A.B.ミトフォード翻訳「実録忠臣蔵」らしい)誠に僭越ながら一言申し上げたい。
作品内では、吉良上野介が浅野内匠頭に作法指南役として赤穂に赴き、赤穂城内で刃傷事件、本丸の中庭で切腹、介錯は大石内蔵助、と紹介されている。
…そもそも江戸時代の大名には参勤交代というものがあったわけで、赤穂城で誰を饗応するつもりだったんだ浅野家、「松の廊下」もできないし、介錯は城代家老ができるもんでもやるもんでもないし…

<エトセトラ>
古今の言い伝えを基にしたちょこっとした書き物など。
地域や年代が違っても伝承は似た話が多いものですね。

2010年6月11日

読書状況 読み終わった [2010年6月11日]
カテゴリ 南米短編

ボルヘスと、カサーレスの共同著書。30年歳の離れた二人だけど、文学的には良い兄弟として交流し続けた。

★★★
まったくの無実で投獄された床屋のドン・イシドロ・バロディ。彼の元に難事件の相談が持ち込まれる。探偵役が牢獄にいるので、所謂「安楽椅子探偵」。ボルヘスはチェスタートンのような逆説的皮肉的探偵小説を好みその趣向が現れた事件。
事件解決としてはある意味屁理屈的ですが、純文学作家が趣味で探偵小説を書いているような、好きなことをやっている気楽さがあります。種明かしはボルヘスお気に入りテーマに沿っているのでボルヘス作品数冊読めば大体カラクリは分かります(苦笑)。
また、バロディを訪れる相談者たちが、無実で投獄されてる人相手に饒舌で自意識過剰で、バロディもそれを気にしてないし、これがラテン人種か?!と感じさせられます。
★★★

2010年5月29日

ボルヘスの幻想文学集。

2010年5月26日

読書状況 読み終わった [2010年5月26日]
カテゴリ 南米短編

ボルヘスを館長として編纂された文学シリーズ、「バベルの図書館」の一冊。自分が好きな作家の好きな作品だけを集めた文学シリーズを出すとはなんと贅沢な読書家なのでしょう。
イタリアから刊行されたシリーズですが、青を基調とした装丁が美しく、並べると美術館のようです。この「パラケルススの薔薇」には、ボルヘスの短編とインタビューが入っている。

2010年5月23日

読書状況 読み終わった [2010年5月23日]
カテゴリ 南米短編

一番好きな作家、アルゼンチンの巨匠、ルイス・ボルヘス。言葉で迷宮を作る人です。アルゼンチン出身で、幼い頃から諸国を周り、国会図書館長も勤め、その博識は神学、哲学に及ぶ。その文章は決して堅苦しいものではなく、読書オタクが自分の好きなものを自分の周りに集めて喜んでいるような、書物や言葉への純粋な喜びを感じる作家です。
私にとっては史上最高の作家なのですが、内容は難解で何冊読んでも何度読んでも理解できない。しかし分からないなりの愉しみが味わえる。こんなに好きな作家に出会えたということが本当に幸せ。

★★★
「伝奇集」はボルヘスの代表的短編集で、辞典・迷宮・夢・各地の伝承や神話の収集・入れ替わり・エッセイ・論文的研究文・南米気質の男達の話、などが収められています。

【八岐の園(やまたのその)】
一応ミステリー仕立て。八岐の園とは一つの本で一つの庭で一つの迷宮。時間とは均一で絶対的なものではなく、増殖し分岐し交錯する無限の編目であるというボルヘスの世界観が出ています。

【円環の廃墟】
夢から生まれた男が別の男を夢により生み出し、自分は無に還っていく話

【ハーバート・クエインの作品の検討】
実在しない作家とその著者の研究、という形式の短編。ボルヘスはこの形式をよく使っている。実在しない小説を「この人物は~」「この手法は~」などと書かれるので、読者としてはそれがどんな小説で、どんなテーマか、そしてそれを通してボルヘスは何を言いたいんだ?(何の考察遊びをしているんだ?)を探っていく。「私はこの作品(架空)の影響で”円環の廃墟”を書いたんだよ」なんてお茶目なことも言っている。

【バビロニアのくじ】
はじめは金銭の籤だった。しかしそれは誰もがいつのまにか参加している運命の賭け事となっていた。

【死とコンパス】
「神の御名の文字は明かされた」その迷宮は、ユダヤ教の律法学者、キリスト教の一教派、赤色、コンパスと菱型で出来ていた。
迷宮的殺人事件に取り込まれた警部と犯人の話

【記憶の人、フネス】
落馬事故により、すべての記憶を持ち続けることになったフネス。24時間の出来事を24時間かけて反復し、一瞬の雲の形を昔見た文様と同じだと分析する。
そんな男の見る世界とは。
 特殊能力の人間そのものやそれによりおきる出来事と言うより、その価値観世界観など人間の内部を書こうとした作品。

【刀の形】
顔に刀傷を持つ男の罪の告白。
 Aという人物が実はBで、Bが実はAというボルヘスお気に入りの手法となってますが、話としてもスリリング。

【裏切り者と英雄のテーマ】
これもAが実は…という手法で、なぜそうしたかの人間のプライドと時代背景を書いてます。

【隠れた奇跡】
死刑直前に彼の願いは神に届いた。最後の詩作が彼の頭に完成されるまで密かに与えられた猶予。

★★★

ボルヘスの言葉をいくつか。

❒「私は作家になるよう運命付けられた人間だが、作家であるより読書家でありたかった」
後半生は盲目となり、アルゼンチンの国会図書館長となった時の言葉「天は私に書物と闇を与えた」
ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」に出てくる迷宮のような図書館の盲目の図書館長はボルヘスがモデルなのだそうです。

❒「むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」
「幻獣辞典」の序文。
そうそう、本を読む理由、仕事の文章は頭に入らなくてもしょーのない雑学とかが頭に入るのはけだるい喜びに浸れるからだ!
私がボルヘスを読むのは(たとえ理解できなくとも/^^;)、文章からボルヘスの喜びや愉しみが感じられ、さらにそれを読書と分かち合おうとしていることが心地よいからだなと思う。

❒霊界の存在を信じるか、...

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2011年5月23日

読書状況 読み終わった [2011年5月23日]
カテゴリ 南米短編

ブラジルがポルトガル植民地から独立し、王制から奴隷解放を経て共和制となった19世紀終盤、
ヨーロッパの支援を受けた新しい共和国を作ろうという海岸側の都会と、旱魃になれば1年間雨が降らず飢餓と疫病と猛獣と盗賊と鎮圧軍の横暴に蹂躙される奥地との隔たりから起きた実際の事件、
「カヌードスの叛乱」を基にした小説。

★★★
旱魃の続くブラジル奥地に神の言葉を説き禁欲的な生活をする男が現れる。
彼はコンセリェイロ(カウンセラー、助言者の意味)と呼ばれ、彼の元にはあらゆる人民が集まる。
貧しい者は救世主と敬い、
富を有するものはそれを捨て、
世間からはじかれた不具者たちは拠り所として、
そして犯罪者や盗賊たちは天使に触れられたように人生を改め彼に帰依する。
彼らはカヌードスの土地を占拠し人民は3万にも膨れ上がった。虐殺と強姦の指示者と生き残りが慈しみ合い、憎み合い殺し合った者、差別した者とされた者とが共存しあい、初めての安定の場所を得る。
神の言葉を信じる彼らは、共和国そのものを「アンチ・キリスト」呼び敵視する。神との約束である結婚を法律で定めることに激怒し、土地を休ませると言って農園を焼き、税金制度に真っ向から逆らう。

危険を覚えたブラジル政府は軍を出すが反撃される。ただの狂信者と貧者の集まりと思っていた彼らに撃退された政府の間では、背後に外国勢力や、王政復古や、地方貴族などの反乱分子が付いているなどという憶測と政治的計算が飛び交う。
さらに反政府的思想で勝手に共感する外国人の無政府主義者、巻き込まれた新聞記者、男性社会に流されてきた女、教会からの破門の惧れも超えて協力する神父などの思惑が交差する。

ブラジル政府は正規軍を出す。
“これまで誰も助けを差し伸べてくれなかったから、お互いに助け合いながら神を愛して暮らそうとここに集まった人たちを皆殺しにしようとしているのだ”
“コンセリェイロと出会った時、これで自分は生涯血の匂いをかがずに済むだろうと思ったものだったが、それが今や、それまでに経験したどれよりも酷い戦いに巻き込まれてしまっているのだ。父なる神様はこのために彼の罪を悔い改めさせたんだろうか?人を殺し続け、人が死んでゆくのを見続けるために?そう。そのためだったに違いない”
コンセリェイロ側は、男たちは実戦部隊として、女たちは政府軍兵士を引き千切り噛みつき殺し、子供たちは蟻や毒を政府軍に投げ入れ、敵が地獄に落ちるように裸にして性器を切り取り死体は木に吊るし、全員が戦いに挑む。
政府軍は、外国勢力が後盾についた最新の武器を持つ祖国の敵と戦いに来たつもりが、普通の貧しい民衆との原始的な戦いに甚大な被害を出し、集落に大砲を撃ち込み女子供を狙撃し捕虜の首を斬り晒す。
“人殺しを平気でする女や子供をそれゆえ殺さなければならず、しかもそいつらがイエス様万歳などと言って死んでいく、そんな相手と戦うのがどんな兵士にとっても決して楽しい物ではありえない”

泥沼化する戦闘が続く中コンセリェイロ側は1年間正規軍を跳ね返し、それでも最後は壊滅された。大地には三万の死体が溢れ、禿鷹や山犬たちが饗宴する。

しかし民衆たちの間にコンセリェイロへの崇拝は変わらない。コンセリェイロの死体を沈めた海の沖合へは、その後も巡礼者たちが訪れる。
★★★

登場人物たちはそれぞれが本当に魅力的。
コンセリェイロ側に集まったのは、
ただ神の言葉だけを信じる側近ベアチーニョ、
初めて自分を人間として扱ったコンセリェイロを崇拝する畸形ナトゥーバのレオン、
広大な土地を捨て帰依した家長ジョアキン・マカンビラとその一族は最期まで威厳と尊厳を持ち、
元商人のアントニオ・ヴィラノヴァは天性の情報収集...

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★★★
夫との虐げられた結婚生活を逃れ、女性と労働者解放運動家になったフローラ。
女性は夫の隷属物と扱われていた当時、自立した女は娼婦と同じ扱いを受け、娘は夫に誘拐され強姦されるがそれでも女性の訴えは聞き入れられない。
怒りんぼ夫人、アンダルシア女と綽名される気性の激しさで、弾圧も無理解も病も跳ね除け、自らの身体も黒髪美女オランピアとの恋も、そして子供さえも顧みず、時には女としての魅力を振りまき自分の全てを運動に捧げる。

フローラの死後生まれた孫のポール。株の仲買人として妻と5人の子供と共にブルジョア生活を送っていたが、絵画にのめりこみ家族を捨て、狂ったオランダ人との共同生活の破綻後タヒチへと渡る。
乱れた生活により“口にすることを憚られる病”を患い足は腐り視力は衰え、教会には反発し、金にはルーズな生活の中で、ヨーロッパ文明に侵食されていない原始の人間の力の象徴として、自分の幻のタヒチを描き続ける。

「楽園はここですか?」「いえ次の角です」
子供達の遊びはフローラの生まれ育ったフランス、父の故郷ペルー、そしてポールの渡ったタヒチの修道院でも見られる。
現実と折り合いをつけず、楽園を求め続けた二人の人生が交互に語られる。

文体は、作者がフローラとポール(作中ではタヒチでの呼び名の「コケ」と呼ばれる)に語りかける二人称。
「それはなんとか達成できるのだろうか。もしお前が体を壊していなければ、上手くいっただろう。もし神様がお前にあと一握りほどの生命をくれていたなら、きっと達成していただろう。けれどおまえは、必要なだけの年月を生きていられるという確信がもてなかった。きっと神様は存在していないのだ、だからおまえの言うことを聞いてくれないのだ。あるいは存在しているが、重要なことが沢山あって忙しく、おまえにとっては重要なことでも差込や傷ついた子宮のような小さなことには関わる余裕がないのだろう。毎晩、毎日お前は体の衰えを感じていたね。初めてお前は、挫折するのではないかとの予感に悩まされた」
「それをやったんだよね、フロリータ。心臓近くにある銃弾を、体調の悪さを、疲労を、お前の体力を蝕んだ不気味な慢性的な疾病を撥ね退けて、この最後の十八ヶ月でやってのけたんだね。あまり上手く行かないこともあったけれども、お前の努力や信念、勇気、理想が足りなかったからではないんだよ。あまり上手くいかなかったとしたら、この現世での物事は夢の中のようにうまくは運ばないということなんだよ、残念だね、フロリータ」

「描かなければいけないよ、コケ。もう久しくお前に侵入してくることのなかった精神の爆ぜる音が再びそこに戻ってきて、おまえに絵を描くよう要求し、活気づけ燃え立たせていた。そうだ、そうなのだ。もちろん、絵を描くのだ。お前は何を描くのか刺激され興奮し、鳥肌を立たせるような血の熱狂はお前の頭にまで上がってきて、自分が信頼できる存在であり、強大で、勝利者であると感じられて、おまえは木枠にキャンバスを張ってイーゼルの上にしっかりと平釘で留めた」
「喜んでくれよ、お前の夢を叶えてやったよ、フィンセント」とコケは声を張り上げて叫んだ。「ほらここに『愉しみの家』ができたよ。お前はアルルで俺の人生を酷く狂わせやがったが、憧れのオルガスムスの家だ。俺達が考えていたようなものにはならなかったけれどね。おい、わかったか、フィンセント」

★★★
バルガス・リョサ作品の中でも登場人物関係や小説のテーマがスッキリしているのでかなり分かりやすい小説。
ちらっと出てくるゴッホが相当エキセントリックで印象的。ゴーギャンの作品、「我々はどこから来たのか、我々は何者か。我々はどこへ行くのか」「マナオ・テゥパパウ」などが描かれた時の心情描写も多いので、画集片手に絵画解説と...

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2011年3月26日

読書状況 読み終わった [2011年3月26日]
カテゴリ 南米長編

「文学は熱い火だ」スペイン語圏の小説に送られる賞を取った作者の言葉。政治活動も行いペルー大統領に立候補したこともある。永遠のノーベル賞候補者。
⇒追記:2010年ついにノーベル文学賞受賞!これを機会にラテンアメリカ文学の復刊お願いします!

★★★
砂の降る町、ピウラに流れた男が建てた「緑の家」という娼館の過去と現在。アマゾンの密林と都会。インディオの娘を一族から連れ出しキリスト教の教育を強要する修道院。インディオを手下に詐欺や略奪を繰り返す日系人とその妻と仲間たちの物語。搾取する白人に抵抗しようとするインディオの末路。故郷に帰ってきた軍曹と、昔の仲間と、緑の館の娼婦となっていた軍曹の妻。
川の支流のように別の話が語られ、最後には壮大な一つの流れとなる。
★★★

南米文学ではまったく違ったものが同居し物語を為す。都会の町から少し離れれば原始の密林。生者と死者が語り合い、雑多な人種が混在する。搾取する者、される者、それらの中間にいる者。都会で文明は発達しても、密林では太古からの生き方もある。南米小説の特徴としていくつもの時代や場所が交錯し、時系列が錯綜するというものがあるが、その中でも特に錯綜している作品。

同じ段落で過去と現在の会話が混在し、いくつかのテーマが細切れで語られるため別の人物と思って読んでいたら同じ人物の過去と現在だったり、また同じ人物と思っていたら同じ名前を付けれらた別人の話だったり。しかし文章構成は幻術的であるけれど内容はきわめてリアリズム。
ストーリーの違いは文体の違いで表現される。一番過去と現在が錯綜しているのが略奪者の日系人の物語。病で療養序所に向かう現在に、それまでの過去がない交ぜに語られる。
話の中心であるピウラでの語り口も年代によって変わる。過去のピウラは三人称であまり心情は深く触れないことにより伝説的印象を深める。現在のピウラは意気のいい会話調で語られ、終盤は誰かが登場人物に語りかける二人称形。この語りかけが純粋に美しい。「これでいいのかどうか、最後にもう一度考えてみるのだ。人生とはこういうものなのかどうか、もし彼女がいなかったら、あるいは彼女とお前の二人きりだったらどうなっていたか、すべては夢だったのかどうか、現実に起こるこというのはいつも夢とは少しばかり違うのかどうか、よく考えてみるがいい。そしてこれが本当に最後だが、お前はもう何もかも諦めてしまったのかどうか、そしてもしそうなら、それは、彼女が死んでしまったからなのか、それとも自分ももう年なので、次に死ぬのは自分だと悟っているからなのかどうか、そこのところをよく考えてみるのだ」

場所も時代も表現方法もまったく違ういくつものストーリーが、ラストに向け別々のものが一緒になる感覚は読書の楽しみを味わえる。

2010年12月11日

読書状況 読み終わった [2010年12月11日]
カテゴリ 南米長編

★★★
警官のリトゥーマは惨殺された若者の死体を見つける。彼はパロミノ・モレーロ、歌とギターはプロ並み。秘密の恋人に歌を捧げるために軍隊に入隊したらしい。リトゥーマと先輩のシルバ警部補は捜査を続ける。シルバ警部補は金髪の白人でいい男。それなのに町のおデブの料理屋のおかみさんにいかれてる。
捜査では軍隊は非協力的。混血の一兵卒が軍隊エリートの家の娘と恋をするなどあるはずがない。人種や階級による差別が圧倒的に立ちはだかる中、二人はほぼ個人的執念で捜査を続け、関係者達の証言を通して事件の顛末を掴む。
しかし町の人たちからは「きっともっと大きな陰謀を隠しているに違いない」と信じてもらえない。そして軍隊の内部機密に関わったため二人も地方へ左遷される。「なんてぇこったい」
★★★

題名に「誰が殺したか」となっているが、誰が、なぜ、というのはあっさり分かる。テーマはペルーの中に当たり前にある階級や血による差別、軍隊への批判。またリトゥーマというのはバルガス・リョサ作品ではよく出てくるキャラクターなので、彼を通して一人の人間の心身遍歴を書いているような作品。ここでのシルバとリトゥーマが実にいいコンビなのでこれきりなのが残念。

2010年10月29日

読書状況 読み終わった [2010年10月29日]
カテゴリ 南米長編

若く美しく官能的な後妻ルクレチアを迎えた中年男性ドン・リゴベルトは新たな生活に満足している。特にエロチックな絵を見てからの行為は。
しかしドン・リゴベルトの息子アルフォンソ少年は無邪気を装いルクレチアを誘惑、二人は関係を持ってしまう。それを知ったドン・リゴベルトはルクレチアを家から追い出す。

…というのが前作「継母礼賛」。「官能の夢」はその続編。
聡明で魔的魅力のアルフォンソ少年が、父親とルクレチアとのよりを戻させようとルクレチアを訪ねるところから始まる。この家族の物語に、古代ギリシア神話や聖書を題材にしたポルノグラフィが差し込まれる。覗き、フェティズム、レズビアン…。その挿話も現実の家族の話もかなり際どく行為が書かれているのだけれど、どこか滑稽で楽しい。「かくも見事な我妻の尻・尻・尻」とか、いったい何やってんですか!って感じだ(笑)。インテリ作家が楽しみながらエロス総括論を書くとこうなるのかという作品。

2010年10月14日

読書状況 読み終わった [2010年10月14日]
カテゴリ 南米長編

★★★
ラジオ局でニュース記事を書いている“僕”バルガス・リョサは小説家志望の学生。そこに売れっ子ライターのペドロ・カマーチョがやってくる。彼は変り者でパワフルでどこかしら滑稽だけれど、シナリオライターとしては超一流、一度に9本のラジオドラマを書き、その全てが大ヒット。
その頃僕の家に離婚した叔母さん(血は繋がっていない)のフリアがやってくる。フリアは「デートして分かったわ、あの議員インポよ」「小説家になりたいなんてあなたオカマなんじゃないの」なんて僕をからかう10歳年上の女性。僕はフリアをデートに誘い、二人の関係は着実に進む。
カマーチョのシナリオへの熱狂を見て僕は「小説のためだけに日常全てをささげる作家になりたい」と決意を固めるんだけど、カマーチョはあまりの忙しさにだんだん錯乱。それぞれのラジオドラマは錯綜し、お互いの登場人物は別の物語に行ったり来たり、挙句に未曾有の大災害やら事故やらで皆みんな死んでしまう。
僕のプロポーズにフリアは「約束して、5年は私に飽きないで、そうすればバカな事してもいいわ」と了解してくれた。親戚の大反対を避けて田舎でひっそり結婚式。
僕たちの結婚は周りの予想よりずっと長く9年間続いたんだ。その間はずっとうまくいっていたんだよ。
★★★

リョサの半自伝的小説。
最初の妻は叔母、二番目は従姉妹、ってすごいなリョサ。
ペルーでは、フリアご本人からの逆暴露本「バルギータスの書かなかったこと」(バルギータスはバルガス・リョサの愛称)が出版されたんだそうな。ずっとうまくいっていた、とはいかなかったようで。
小説の書き方は、フリアとのラブロマンスの進展や小説家を目指す青年の将来への決意などを中心とした現実部分と、ペドロ・カマーチョの書くシナリオとが一章ごとに交わっている。シナリオはいくつもの話をいいところで「次回へ続く」で先に期待させ、後半はすべての登場人物ぐっちゃぐちゃの大災害へとハチャメチャ展開になりこれがなかなか楽しい。ハチャメチャにならない展開もそれぞれ読んでみたかったんだが。
映画化もされているらしい。バルガス・リョサ役がキアヌ・リーブス、カマーチョ役はピーター・フォーク。見てみたいんだけど放送してくれないだろうか。

2010年10月14日

読書状況 読み終わった [2010年10月14日]
カテゴリ 南米長編
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