ぼくはスピーチをするために来たのではありません

  • 新潮社 (2014年4月30日発売)
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ただいま「百年の孤独」連続読書会に参加中なので、これを機会にガボさんを読みます。

ガボさんが、17歳から80歳までに行った22回の講演をまとめたもの。
ノーベル文学賞受賞者が22回しかスピーチを行っていないのは少ないと思うのだが、ガボさんの雄弁術は好きじゃないとか、公の場でもスーツは着ないぞとかいう反骨精神を考えればそんなかんじなのかな。
題名の「ぼくはスピーチをするために来たのではありません」は、高校時代に卒業生への送辞で述べた言葉。すでに洒落が効いていて良い。

印象的な箇所をいくつか
・ラテンアメリカとは、頭のおかしい男たちやその徹底した頑固さ故に伝説化している歴史上の女性たち住む我々の祖国のことです。【ノーベル文学賞スピーチ「ラテンアメリカの孤独」】
・それは新しい、圧倒的な力を備えた生命のユートピアです。そこではどういう死に方をするかを他人に決められることもなければ愛が確実なものになり、人が幸福になる可能性が失われることもなく、百年の孤独を運命づけられた一族の者たちがようやく、かつ永遠に地上に二度目の性を営むことのできる機会が与えられる、そのようなユートピアなのです。【ノーベル文学賞スピーチ「ラテンアメリカの孤独」】
・意訳。
世界中の人々は人類の月面着陸のニュースを固唾をのんで見守っていた。だがラテンアメリカの子どもたちは「本当に初めてなの?バカみたい」とがっかりした、彼らにとって一度でも思い浮かんだらそれは現実に起こったことと同じ、宇宙征服なんてなんども想像したのに、実際には初めてだったなんて!【展覧会の開会式「新しい千年への序言」】
・スペイン語について。意訳。
日常生活には詩的発見がある。言語の知性がどこまで感性を表現できるか?
羊の声、香料の匂いを「灯台みたいだ」「聖金曜日の味がするから料理に使えない」という言語と感性の繋がり。
<われわれが貢献しようとしているのは言語を縛ることではなく21世紀という新しい時代の中でのびのびと自由に活動できるように言語を鉄の規範から解き放つことなのです。P149>【「言葉の神に捧げるべく海に投げ込まれた瓶」】

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ、自伝、インタビュー
感想投稿日 : 2021年11月16日
読了日 : 2021年11月16日
本棚登録日 : 2021年11月16日

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