春になったら莓を摘みに (新潮文庫)

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本棚登録 : 3018
レビュー : 323
著者 :
sanaさん 評論・エッセイ   読み終わった 

イギリスに留学した体験を描いた物。
丁寧な文章で、真摯で独特な視点でとらえられた情景に、なんだか今まで動いたことのない悩の部分を刺激されます。
ユーモラスな出来事や、人の暖かさが心地良い。

おもに、下宿先のウェスト夫人との交流。
素敵な人ですね。
学校教師で児童文学作家でもあった。
どんな人にも手をさしのべようとするホスピタリティに満ちているため、面倒な相手の世話を背負い込むことにもなるのですが。

著者がイギリスに半年滞在していたとき、20年前の学生時代に下宿していたウェスト夫人の元を訪れる。
そこはロンドンよりも北のエセックス州、S・ワーデンという町で、まず語学学校に通うためだった。

「ジョーのこと」では14年前に滞在したときにウェスト夫人に紹介されて知り合ったジョーという女性の思い出。
地元のグラマースクールで教師をしていたジョー。大家族で育ったが、ほとんどが聴覚障害者。
ジョーは信じられないぐらいドラマティックなことが起きる身の上だとウェスト夫人が称していた。若い頃に事故で一人だけ生き残ったとか。
ジョーは快活で有能で、著者が手こずる子供達の世話も楽々とこなした。
著者は先生の子供達のベビーシッターを時々していて、楽しいのだが、やんちゃなので疲れ果てるのだ。
後にジョーの元彼が舞い戻ってきて、ウェスト夫人は心配して長い手紙を寄越した。元彼のエイドリアンは知らないうちにインドで結婚もして妻子有りらしいと途中で知れたのだ。それを知った著者も具体的には触れることができずに、ただジョーを応援する手紙を書く。
が、エイドリアンはふいに姿を消し、ウェスト夫人の小切手帳が持ち出されていた。
ジョーも消息が知れなくなってしまう。
「人間には、どこまでも巻き込まれていこうと意志する権利もあるのよ」と彼女なら言いそうだと思う著者。

「王様になったアダ」はナイジェリアのファミリーに困った話。
わがままで傲然としていて、お礼も言わない。
身分が高く、後に一家の父親アダは本当に王様になったのだった。
どこへ行くにもお付きがぞろぞろついてきて、まるで囚人のようだと本人はウェスト夫人に情けない顔で語ったとか。
それまでのことも「名誉に思うべきです」という態度だったらしい。

「ボヴァリー夫人は誰?」は近所に越してきた脚本家の女性ハイディが、うっかりした発言で反感を買う。
反核運動が盛んな頃で、著者も近所の人と共に参加したりしていた。
大人しそうに見える老婦人も驚くほど活発にアムネスティの活動をしたりしていて、知的で公共心の強い人が多い。
そういう土地柄なのに、ボヴァリー夫人の現代性を語るときに、「地元の女性のほとんどが専業主婦で有り余る時間をもてあまし幼稚化している」と書いてしまったのだ。
反論されて、その後すっかり大人しくなったハイディを気の毒に思って、ウェスト夫人はさりげなく和解の場を設ける。

「子ども部屋」は一人で旅行中の出来事と、その時々に思い出した出会いの話。
ウェスト夫人の元夫のナニーの話が印象深い。
元夫はヨークシャの裕福な地主の家柄。
ドリスという女性は子守りとして8歳から奉公に来て、家事一切をするナニーとして88歳まで独身でその家に仕えた。
ウェスト夫人はお茶も入れられない若妻として、家事を教わったのだ。
字も読めないが、忠義者で、家事のエキスパート。
離婚後もウェスト夫人は老いていくドリスを訪ね続け、著者も同行して一度会う。

ウェスト夫人は、もとはアメリカ生まれ。
3人の子をもうけた後に、夫とは離婚。
親がクエーカー教徒だったわけではないが、途中で共感して自らそうなった。
ウェスト夫人の父親は、戦争で銃を持つことを最後まで拒否した人だったという。
夫人の3人の子はインド人のグルに傾倒して、グルに付き従ってアメリカへ渡ってしまう。ある意味、親に似たのでしょうか。
その数年後に出会った著者。
空いていた子ども部屋には、児童文学の蔵書がみごとに揃っていた。
他に出会った人たちも個性豊かで、いきいきしています。

2001年末のウェスト夫人からの手紙で締めくくられています。
春になったら苺を摘みに行きましょう、と。
著者は1959年生まれ。
映画化された「西の魔女が死んだ」など、作品多数。

レビュー投稿日
2012年5月10日
読了日
2012年5月10日
本棚登録日
2012年5月10日
6
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『春になったら莓を摘みに (新潮文庫)』のレビューへのコメント

九月猫さん (2013年2月8日)

sanaさん、こんにちは。
コメントでは「はじめまして」です。九月猫と申します。

この本、読みかけで置いてます。
電車でお出かけのときに車内で読んでいたのですが、40分ほど経ってから
「あれ?ここどこだ?!」
間違えて反対方向に乗っていた上、本に夢中になっていてそのことに40分も気付かなかったという…(本来の所要時間は1時間)
そんな苦い経験を思い出すので、大好きな梨木作品にも関わらず読みかけのまま封印中です。
そもそも反対方向に乗った自分が悪いのであって、本に罪はないのですけど(^_^;)

しかーし!このsanaさんのレビューを読んで、俄然読みたい気持ちが急浮上♪
近いうちに封印を解こうと思います。

sanaさんのレビューには他にも好きな作家さんの未読の作品やら海外のコージーものやら参考になるレビューがたくさんありそうなので、またちょこちょこ見に来させていただきますね♪

sanaさん (2013年2月9日)

九月猫さん、
初めまして~!
コメント、ありがとうございます☆

あ、この本、読みかけでしたか。
ええ、40分読みふけり?それはそれは~確かに、ぐぐっと引き込まれますもんねえぇ‥

でも、それだけ面白いんですもの♪
レビューであらすじ的なことを詳しく書きすぎかなとも思ったんですが、エッセイとしては稀に見る濃さなので、ほんとの魅力はこんなもんじゃないですから。

梨木さんの、たくさんお読みですよね。私がまだ読んでないのも!恩田さんのとかも‥面白そうなので~いずれ読もうと楽しみです。
参考にさせていただきますね。
よろしくお願いします♪

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