NOVA 1---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫 お 20-1 書き下ろし日本SFコレクション)

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本棚登録 : 588
レビュー : 87
消息子さん サイエンス・フィクション   読み終わった 

 気が向いたときだけ買っている『NOVA』である。

 1970年代、「SF」といったら「SM」に間違えられて、という自虐ネタがよくあった。
 では、SFとは何か、というのも昔から問われてきた難問である。村上春樹からしてSF的設定で小説を書き、それがベストセラーとなっている昨今、かつての筒井康隆会長の日本SF大会のテーマ「SFの浸透と拡散」はすでに現実のものとなった。ところが逆にコアなSF短編の発表舞台が乏しくなったと考えた大森望が、アメリカでは昔からあるが、日本にはさっぱりないオリジナルSFアンソロジーを編んだのが本書『NOVA1』。10まで続くらしい。

 北野勇作「社員たち」、田中哲弥「隣人」は不条理ものと括れそうだが、これがコアなSFといっていいのか? 藤田雅矢「エンゼルフレンチ」は宇宙を舞台にしたラヴ・ストーリー、田中啓文「ガラスの地球を救え!」は馬鹿馬鹿しいパロディ、斎藤直子「ゴルコンダ」はほのぼのとしたアイディア・ストーリー、面白いけれどSFとしては傍流だなあ。

 月は遠くて近いSFの古典的舞台。しかし、月面で起きた初の殺人事件を扱う本格推理小説というのはありそうでなかったかも。山本弘「七歩跳んだ男」。しっかり、「と学会」ネタが使われている。
 SFはセンス・オヴ・ワンダーだといったのは誰だっけ? その意味では小林泰三には唸らされた。「忘却の侵略」は遭遇しても記憶に決して残らない宇宙生物(か何か)と戦う、量子論的SF。

 すでに発表された傑作を集めたアンソロジーではなく、編集者の求めで書いてもらったアンソロジーだから、まあ、レベルはこんなものかと思っていたら、後半ぐっと密度が高まり、一般誌には載せがたいだろうという、しかも今日的なSFが並ぶ。小説をメタ・レベルにもっていくというアイディアは昔からあるけれど、次の3作はいずれも記述すること、語ることが世界を作るという、いわば言語中心主義的SFであり、しかも三様に違っている。
 既知外生命体にテキスト改編という攻撃方法で挑む戦隊ものというとんでもないのが、牧野修「黎明コンビニ血祭り実話SP」。しかもテクストで相手を攻撃するというのはすなわちスプラッター描写。円城塔「Beaver Weaver」は数学的フレーヴァーを振りかけた、スペース・オペラの語り/騙り。飛浩隆「自生の夢」はGoogle時代のサイバーパンクの如きもの。語ることと読むことが問題となる。
 最後に伊藤計劃の未完の長編『屍者の帝国』の残された冒頭部分で、このアンソロジーはいまだ語られていない世界に開かれる。もっともその後、円城塔によって語られてしまったが。

 とりわけ語り口の個性と洗練、そしてある種の強さを感じさせたのは円城塔と伊藤計劃であった。

レビュー投稿日
2016年2月8日
読了日
2016年2月8日
本棚登録日
2016年2月8日
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