レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知 (平凡社ライブラリー)

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消息子さん 美術   読み終わった 

 フィレンツェのウフィツィ美術館。ボッティチェリの部屋では、まず『ヴィーナスの誕生』の存在感が大きい。これを正面に見ると、右手の壁面にはまた『ラ・プリマヴェーラ』が掛かっていて圧倒される。おかげで左手にある作品は何だか影が薄くなってしまうのだが、左手の壁面には『聖母の戴冠』などとともに『受胎告知』がある。私はこれに目を奪われた。ピサの斜塔どころではなく、極端に体をねじ曲げて、神の子の懐妊を受け止めかねているかのような聖母、その聖母に追いすがるのか、はたまた倒れんばかりの聖母から飛び退こうとしているのか、なんとも動的な姿勢をとる大天使ガブリエル。
 美術館の次の部屋に移ると、そこにはレオナルドの『受胎告知』がある。純血の徴の白い百合を持って、右手は二本の指を突き出す大天使といった細部に共通点はあるのに、これはまた対照的な『受胎告知』。ボッティチェリと違って平穏な情景は私にはつまらないものに見えた。ウフィツィにはさらに何点かの『受胎告知』があるし、フィレンツェ内の美術館や教会などにも同テーマが散見されるし、そのような名前の教会まである。

 「受胎告知」というテーマ、いくつかの常套的な表現がどうやら決まり事としてありそうな一方で、同じお題なのに画家ごとに違う点も多く、競作を楽しめる。だいたい神の御子を懐妊したなどと聖書の中だからいいようなものの、隣のお嬢さんが言いだしたらえらいことだ。天使が自分の前に現れたら、まず自分の正気を疑うかも知れないが、それを不問としても、神の子を宿すなどという大それたことを告げられた女性はとっても困るに違いない。ボッティチェリのマリアはとっても困っているようだ。レオナルドのマリアはどうしてそんなに平然と微笑んでいるの?

 さすれば「受胎告知」を勉強する本は、と探してみたら、どうやらこれがよさそうだ。2007年にレオナルドの『受胎告知』が日本公開されるのに合わせて企画された本だ。ふたりの西洋美術史学者の共作、というか、競作。前半は岡田氏によるルネサンスの受胎告知の総論。
 これはルネサンスに人気のあった画題で、どおりでフィレンツェに多いわけである。マリアと天使のやりとりは共観福音書ではルカのみに記載があり、そこにヤコブ原福音書やら、偽ボナヴェントゥラなどの伝承から、細部が肉づけられたようだ。
 当時発見された遠近法により奥行きが書き込まれる一方で、天使とマリアという水平の関係、神とマリアという垂直の関係にそれぞれ論点がある。受胎の科学的解明のなされていない当時、教会の公式見解は神の御言葉、すなわち聖霊がマリアの耳から入って妊娠したというもの。それで大天使の口から御言葉がマリアの耳に達するという絵もある。でもそれじゃあ、しっくり来なかったらしい、当時の人も。聖霊は鳩で示され、神から発せられた鳩がマリアの心臓に達するなど、ヴァリエーションが生まれる。さらにはホモンクルスばりの小さな御子が鳩の代わりに飛んでくるという、これは教会が誤りだと禁じたらしいが、そんな作例も多数残っている。これは一例で、受胎告知が非常に奥深いテーマなのがわかり、実に面白い。

 後半は池上氏による、レオナルドの『受胎告知』の考察である。私がつまらないと思ったレオナルド、実は当時の約束事をあれこれと破っている野心的な作品なのだ。しかもレオナルドの、いわば作品1。そこに後年の万能人の萌芽を読み取る過程が白眉か。非常に科学的なレオナルドにとって、ボッティチェリの感情表現はあまりにナンセンスなものだったらしく、この兄弟子への批判と思われるレオナルドの論述が残っている。
 下手な小説よりもよほどスリリングだったが、唯一の欠点は図版。口絵にカラーが数葉あるものの、本文中の小さなモノクロでは、言及される細部がわからないので、少なくともレオナルド作品の載った画集くらいは手元に置いて見比べないといけない。

レビュー投稿日
2016年2月9日
読了日
2016年2月9日
本棚登録日
2016年2月9日
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