昔見て感動した映画なのですが、殺人の動機がどうにもすっきりこなくて、もやもやしてしまった映画でもあります。

本日、アマプラで再度見返したのですが、ちょうどネットで映画・音楽評論家の西村雄一郎氏の解釈を読んで、おおっとなりましたので↓引用です。

「和賀は、自分の暗い過去を思い出し、頭で抱くイメージの中で父に会っていた。そのイメージを大切にし、芸術的に昇華させて、『宿命』という作品を作っていた。ところが、その重要な創作の中途で、生きている父に会わされそうな立場に落とされたのだ。会えば、そのイメージは崩壊し、今まで構築してきた芸術作品は一気に崩れてしまう」
「自分は強引に父の前に引き立てられるに違いない。そう思った和賀は、被害者を殺さざるを得なかったのだ」


この指摘は目に鱗でした。

確かに、クリエイターという因果な人種にとって、矛盾・葛藤・屈折・満たされない思いが創造のエネルギー源であり、幸せは天敵…。

戸籍を詐称し、独り生きてきた和賀は音楽しかなかった。だからすべてを音楽に求めた。
父親に会いたくないはずがない。だから、今西が言うように、音楽の中で父親に会おうとしていた。

それなのに、思いがけず、本物の父親に会う機会が巡ってきた。
今あってしまえば、渇望は満たされ変貌してしまう。『父』と会えなくなってしまう。
彼がずっと抱えてきた、父への思慕や世間への怒りや人生の苦しさや、生きることの遣る瀬無さ、切なさや…、そんな自分一人ではもう抱えきれないほど募った思いの塊を、音楽という形で昇華できるチャンスがなくなってしまう。
これまで自分と父をつまはじきにしてきた世間に、自分を見せつけ、それを承認させることができる一世一代のチャンスでもあるのに。

恩人である三木を殺し、一途に自分を愛してくれた女性と我が子を見殺しにし、死期の迫っている本物の父に会うよりも、作曲を優先しなければならなかった、この芸術家の非情な業…。

そんな妄想をしながら、映画の冒頭で子供の頃の和賀が砂で器を作って遊んでいるシーンを思い起こすと、
ああ、この水を満たすこともできず、そしてすぐに脆く崩れてしまう『砂の器』を作り続けることが、彼の宿命なのか…と思えてきて、、、
そして、ふと、石を積んでも積んでも鬼に壊される、賽の河原の情景までもが何故か脳裏にオーバーラップしてきてぞくぞくっとなりました
(余談ですが、法華経の「童子の戯れに沙[すな]を聚[あつ]めて仏塔を作る」って表現がもとになっているとか)。

……なんだか、普段寝転がりながら見ているけど、映画の創り手さんたちの闇も垣間見たような気になって、創り出す側とそれを受け取る側の温度差に背筋がぞっとなりました。
ほんと、改めてすごい映画だなぁと思いました。

2022年1月8日

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読書状況 観終わった [2022年1月8日]
カテゴリ 1970年代の映画

H・G・ウェルズ原作、モンテ・ヘルマン監督、ということで視聴。
強盗4人組と山男が冬山で怪物と遭遇する話。強盗一味のヒロインと山男(その割にシティーボーイっぽい若者だけど)のロマンスでもある。
舞台はサウスダコタ州。
パッケージに描かれているお色気要素はほぼない。
怪物は蜘蛛系で、原作の『蜘蛛の谷』の名残か。

アメリカのホラーあるあるで、インディアン(ネイティブアメリカン)要素あり。
インディアンの家政婦や、インディアンの聖地ブッラクヒルだとか、山小屋の中のそれっぽいオブジェとか。
その設定はあまりいかされていないけど(これもあるある)。

写真撮影から入る最初のシーンはおっと期待させたが、その後は普通のサスペンス。徐々にホラー要素(怖くない)が入るが、どちらかというと強盗とヒロインと山男の間の駆け引きが主。
ラストの化け物退治の後のぶつ切り感、これは大人の都合でカットされているのか、もともとそういうラストなのか…。
ヒロインがギャングから足抜けするために昔の男を捨て山男に走るのと、化け物退治(ついでに化け物と強盗一味が互いに殺しあって両者とも死ぬ)がなんかちょっとパラレルな感じ…?

どう見るべき映画なのか、ちょっと考えてしまうが、まあ、ありのままに「ふーん」と見て、そう差支えはなさそう。

あと、どうでもいいが、ヒロインの名前がジプシーっというのはアメリカでは普通なのだろうか…。

2021年11月15日

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読書状況 観終わった [2021年11月15日]
カテゴリ 1950年代の映画

人が触って匂いのついた雛は、親に巣から落とされて死ぬ運命。屋台で掬った金魚は数日のうちに死ぬ運命。

よかれと思ってやった「ひとりよがり」の善意や正義の残酷さ。

主人公は何一つ成長せず、妻や子どもにおしつけて失敗し事と同じ事を虐待された女の子にもおしつけてゆく。
自分の為の贖罪の「散歩」を子どもの為だとすり替える醜さが、一貫していて、逆に私はこれでいいんじゃない、と思えてきました。

本当に相手を思いやるならこうするべきだ、と主張したところでそれが「ひとりよがり」でないなんてどうして分かるのか。

主人公の行為はエゴでしかないけれど、問題は女の子にとってどうだったか、である。
「散歩」は主人公にとって必要だった。そしてその「散歩」が女の子の魂にとっても必要だったのなら、それでいいじゃないか、と思う。
エゴとエゴとがぶつかりあい、科学反応を起こす。
それが良い結果を生むのか、悪い結果を生むのか、それは神のみぞ知る(逆説的に、だからこそ第三者視点の法律や行動規範が社会には絶対的に必要とされるのでしょうが)。

人の出会い、縁というのはそういうものかもしれない、とこの映画を見て思いました。


…監督さんの思っているのとは違う見方なのかもしれませんが。
それにしても。やけに刑事さん、説明・誘導的なキャラだなぁと思ったら、監督さんでしたか。。

2020年7月24日

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読書状況 観終わった [2020年7月23日]
カテゴリ 2000年代の映画

異形と美女もの。
八千草薫さんは美しいのですが、話し方が可愛いらしくて、情念というにはどろっとしたものはあまり感じられなかったです。さっぱりして、逆に映画は見やすかったかも。

個人的にはガス人間と美女のラブロマンスより、お嬢様とじいや、の関係がいいなぁと思いました。
牢屋でのやりとりとか。主従であり爺孫であり“母”子な関係。

じいやさん、妙に気になる俳優さんだと思って検索したら、左卜全さん、想像以上に「奇人」でびっくりしました。

2020年7月24日

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読書状況 観終わった [2020年7月22日]
カテゴリ 1960年代の映画

冷泉為恭、田中訥言、榊原文翠。
榊原文翠を主軸に作られている感じでしょうか。

もと旗本の絵師。絵の為に江戸から京都に移り住んだが、その後天皇が東京へ。そして置き去りにされた京都の文化人や職人たち。
西洋の文化に対する憧憬や劣等感。そんな時代だからこそ、より強く意識せずにはいられない自国の文化。

衰退する京都の経済、西洋の強烈なインパクトの中で、様々な工夫を試み奮戦する文翠の話はとても興味深かかったです。

2020年7月24日

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読書状況 読み終わった [2020年7月22日]
カテゴリ 2010年代の映画

英雄譚・・・かと思いきや、英雄が起こした奇跡の後の裏話となるような人間ドラマが主軸。

よく「英雄と●●は紙一重」という言われ方とするけれど、周囲からもそう扱われるとなると、自分がサリーの立場だったら、すぐおかしくなって引き籠りになるだろうなぁと思います。自分を信じ続けることは難しいです。

そしてこの映画、あまり感情的表現が多用されず、淡々と進行してゆくので、その分、ラストの感動はひとしおです。

おまけ。
wikiの実話との相違点で、
「劇中ではまるで容疑者のように扱われ、事故調査委員会から厳しい取り調べを受けたと描かれているが、実際は、事件は瞬く間にアメリカ全土に広がり、英雄視されている。ブッシュ大統領から直接連絡があったり、オバマ大統領から晩餐会に招待され、地元では歓迎式典が行われており、事故調査委員会での取り調べは型通りのものでしかなかった。

とあったのが面白い。
フィクションのほうがリアリティがあるとは…。

2020年7月24日

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最初、どんな風に鑑賞すればよいのか分からず、惰性で見続けていたら、途中からノリが漫画やアニメのホラーっぽく感じて、頭の中でアニメだとこんなんかなぁと変換しながら見てました。
そして最後の、俺たちの戦いはこれからだ発言。

…なんというか、見終わった後、けっこう楽しんでいた自分に気がついてしまいました。
ある意味不思議な作品。

2020年7月24日

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読書状況 観終わった [2020年7月17日]

う~ん、個人的に気になるポジションが同僚のマユなので、もう少しそこが自分好みに描かれていたなー、とそこばかり気になってしまいました。

役に立たないデクノボー(宮沢賢治的な)。
誰からも侮られ、利用され、でも無垢で一生懸命に人の役に立とうとする。そして報われない。

こういった登場人物に妙な憧憬というか変に特定のイメージを持ってしまっているので、こう、もうちょっと透明感とか、あと彼女が自殺する理由にしても、こうもうちょっとどうにかならないかなぁ、とか、どうでもいいことを考えていたら本編終了してました(汗)。

2020年7月24日

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読書状況 観終わった [2020年7月14日]
カテゴリ 2010年代の映画

『盗まれた街』系、ドッペルゲンガーと聞いて視聴。






実は自分が入れ替わった偽物で、息子もどさくさに紛れて入れ替わっているようだけど、ま、いっか…という感じでしょうか(息子に関しては他にも解釈できそうですが)。

個人的にはこのぎりぎりまで追い詰められて追い詰められた先のふっとぬける「ま、いっか」という感じは好きです。

偽物があがいてあがいて本物になろう(超えよう)というストーリーは、レプリカントはどうあがいてもオリジナルにはなれないとかバッサリやられるよりよっぽど受け容れられます。

下克上ウェルカム、勝てば官軍の実力主義の世界は、自分のような怠惰な弱者には恐ろしい世界ですが、本物とか偽物とか、自分が「何」であるのか、究極的には意味をなさない、というのはある意味救いなのかな、とも思います。

2020年7月11日

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読書状況 観終わった [2020年7月11日]
カテゴリ 2010年代の映画

心霊現象と水はやっぱ親和性高いよねー、と題名で視聴を決定。
あと映像はデジタルではなくやっぱフィルムだよねー、とホラーお約束にうきうき。
どうとでも理由がつきそうな曖昧な心霊現象、自分の感じる恐怖を誰にも理解してもらえない・信じてもらえない不条理さ。そして自分で自分を信じられない絶望感。
やっぱ“場所”がキーなんだよね、子供や赤ん坊は“かわいい”けど、胎児や出産はグロテスクだよねー、死と生は表裏一体だよねー、と、最近のはっきりくっきりヒーロー在中のアメリカホラーに飽いていたので、うんうん頷きながら観ておりました。

・・・・のはずなんですが、見終わって総合的に振り返ると、うん? と首をひねらずにはいられない。
全体的に薄味? あんまり怖くない? いや、ちゃんとホラーだったよね・・・?
うーん、なんというか、ポイントを押さえすぎるのもイマイチよくないなのかな、と思った映画でした。

あ、でも、浮気をしたのは妻なのに(特にDV等の過失はないのに)、周囲はそれを容認するどころか応援さえしてて、妻が死んだときも浮気相手のほうが同情されているという、あの夫の立場のなさは、けっこうぞっとしました。
なので、ラスト、子供もホラーハウスに引き込まれてしまったけど、そこにいるはずの母親はどうなんだろう、と思ったり。死後生まれた子供も浮気相手の子だろうし・・・。
きっと永遠と殺人が繰り返されるのだろうな、と思いました。

2020年6月25日

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読書状況 読み終わった [2020年6月25日]
カテゴリ 2010年代の映画

うーん、健全なホラー映画といった感じです。

2020年6月25日

読書状況 観終わった [2020年6月18日]
カテゴリ 2010年代の映画

あの人面の壺、古代アンデス展とかで似たような壺が展示されてたような気がするのは自分だけだろうか。
すごくリアルな肖像で、ひとつひとつ異なり、実際にこんな顔の人たちがいたのだろうな、と思うような人面壺。
壺の用途は解説されていなかったけど、もしかしたらこの映画のように生け贄の儀式に使われていたのかも、と思わせられました。

アメリカのホラーってよく原住民の聖地やパワースポットが古層にあることが多いので(アメリカ建国の歴史を鑑みればホラーの舞台に選ばれるのもある意味当然か)、あの生々しい血肉を求める穴神さまもそんな感じの存在なのかな、と思いました。

2020年6月19日

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読書状況 読み終わった [2020年6月18日]
カテゴリ 2010年代の映画

怖い、というよりもやもやしながらラストまで視聴。

ようは「ひとりかくれんぼ」の交霊術(?)呪術(?)はマクガフィン的な仕掛けであって特に意味はなく、単に「人形が遊び相手を探している」系のホラー、とシンプルに考えればよいということですかね…。

「ひとがた」「かたしろ」は取り扱い要注意で、ネットや噂話のいい加減な知識で片足つっこむと底なし沼に引きずり込まれるよ、そんでもってそういう危険な沼は日常生活のあちこちにたくさん潜んでいるよ、ってことでしょうか…。

個人的には主人公の死後、主人公の彼氏と親友の女の子がラスト仲良さげに待ち合わせをしている描写のシーンが一番怖かったです。
もしかして親友の女の子も実は主人公の彼氏が好きで、親身なふりをしつつ影で主人公を呪い殺し、彼女の場を奪ったのでは…と、うがった見方ができてしまう気がして…(そういえば視聴覚室(図書館?)で親友と悪霊が重なりながら主人公の肩を叩くシーンがあったような…)。

身近で親しい人間が、裏では呪い呪われる。
そして、その写し身である人形もまた、そんな人間の真似(ごっこ遊び)をする。
ホラーなのは「人形」か「人間」か…。

ともあれ、もやもや感が後に残るので、つい色々と妄想してしまう映画だな、と思いました。

2018年9月6日

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読書状況 観終わった [2018年9月5日]
カテゴリ 2010年代の映画

結婚なんて夫婦なんてこういうものでしょ、と言わんばかりの映画だな…、というのが観終わった後の感想です。

とびきりの悪女がでてくると聞いて期待すると、ちょっと肩すかしかもです。
悪女と言うには隙が多いし、色々と詰めが甘いので、「あー、いるよね、こういうめんどくさいワガママ金持ち娘。自尊心が無駄に高くて、少しでも傷つけられると過剰反応して手に負えないの」とそんな感じ。
この映画が「悪女」ではなく「夫婦関係」に重きを置いているならあえてそうしているのかもしれませんが、もう少し、こう…人生の重みとか人間の業の深さとかが欲しかったです。

あと、個人的には旦那の双子の妹の設定が何となく不思議で面白かったです。
小さな嘘はあるけれど、互いに自分を偽らず曝け出してどんな悲惨な状況下でも助け合い愛し合うという、まさに理想的な関係を築いていて、対比なんだか皮肉なんだか何なんだか。

2018年8月9日

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読書状況 観終わった [2018年8月9日]
カテゴリ 2010年代の映画

前作も今作も、見ていると某詐欺師の台詞がどうしても心にちらつきます。

本物とそれと全く同じ、区別のつかないような偽物と本物、どちらの方が価値があるのか?
「偽物の方が圧倒的に価値がある。そこに本物になろうという意志があるだけ、偽物の方が本物より本物だ」

世は無情なので本物と贋物の線引きは残酷なまでにはっきりしているけれど、自分が心を動かされるのはこの「本物になろうとあがく偽物」だな、と主人公のラストシーンを見ながらしみじみ思いました。

レプリカントの子供についてのエピソードは…うーん、正直ちょっとどう消化していいのかわかりませんでした。
続編があるのでしょうか…??

2018年4月25日

読書状況 観終わった [2018年4月25日]
カテゴリ 2010年代の映画

物語が終結に向かうにつれ、それまでの映像の意味が一点に集束し、同時に反転してゆく様が、なんとも気持ちが良い映画でした。
けれどもその爽快感とうらはらに、これらから起こる未来を既に体験として知りながらも、それを受け入れる主人公の静けさが、自分には消化できずにいるため、とても余韻の残る映画でもあります。

過去も未来もなく「今」しかない人間が、過去や未来の時制を持つ文明に出会い、時という概念を知り変容してしまったように、三次元的ありかたから時間を超越した四次元のそれへと意識革命をしてしまったら…。

単に未来が分かるというものではない。過去も未来も現在も同時に体験し、またそれらを俯瞰しなければならない意識というのは、想像するだけでも怖ろしいような、羨ましいような、なんとも不思議な気持ちになりました。

2018年4月25日

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読書状況 観終わった [2018年4月22日]
カテゴリ 2010年代の映画

文句なくかっこいいですね。
チャック・イェーガー や宇宙飛行士たちは語るまでもなく、女性たちもとてもよい。

男のロマンは女の不満とは良く言ったものだけど、不満なんてかわいいものではない。
夫が仕事から帰らぬ確率が4度に1度という恐怖に耐える妻たちにも、“資質”が容赦なく試される。

そんな彼女たちのなかでもかっこよすぎるのがイェーガーの奥さんのグラマラス・グレニス。万が一のことがあっても子供と自分にには給料二カ月ぶんだけというのに、「でもいいの」とさらりと告げる彼女の肝の座り具合がすごい。

「でもいいの、力の限界に挑戦する男、私には魅力よ。でも昔話を生きがいにする男は我慢ができない。過去にすがりひがみを言う男たち。そうなったら私は家を出ていくわ」

世間は宇宙開発ばかりがもてはやされ、所属するエドワーズ空軍基地も予算が削られ寂れるなか、イェーガーに発破をかける妻。
ある種、男の理想像っぽくてリアリティがないのだけど、それでも(それゆえに)かっこよくてしびれます。

2018年4月14日

読書状況 観終わった [2018年4月14日]
カテゴリ 1980年代の映画

追悼も兼ねて視聴。

自分のようなヒッキー&ニート傾向のある人間には、泣けるというより心に痛い映画だな、と思いました。

戦時下のような厳しい環境であればあるほど、また弱く無力な存在であればある程、人は社会に帰属しないでは生きてはいられないのだと…、多分に絶望的な気分になります。

社会でうまく立ち回ることができず、耳に痛い正論や面倒な人間関係から逃げ、好きなものだけで構成された世界に閉じこもる。残酷で煩わしいだけの社会と隔絶して生きられれば、それはとても幸せかもしれないけれど、その代償はあまりに重い。

兄妹の二人だけの蜜月が純粋で美しいほど、その蛍のような儚さが胸に刺さりました。

2018年4月13日

読書状況 観終わった [2018年4月13日]
カテゴリ 1980年代の映画

父にも母にも愛されず、愛する主治医にも求める愛が得られなかった青年。
愛していた娘を失って破局し、心に空洞を抱えた院長のと看護師のもと夫婦が、その青年に翻弄され様々な感情をさらけ出し、最後には彼の死を通して救われる…というお話なんでしょうか。

ストーリーだけを振り返ると、マイケルはどちらかというと狂言回し、もしくはトリックスター的存在で、本当の主役は院長と看護師長な気がします。

マイケルが自分のことを「ホワイトエレファント(無用の長物)」と呼んでいたのが印象的でした。
世の中には「無用の用」という言葉もあるので…。

2017年11月14日

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読書状況 観終わった [2017年11月14日]
カテゴリ 2010年代の映画

ようはB級臭さを楽しめるかどうか評価が分かれる作品なのかな、と思いました。

田舎の店主しかり、パンケーキしかり、ポールの豹変しかり、いかれた保安官補しかり…。

自分としては、全然コメディではないはずなのだけど、こうストーリーを反芻するとどうにもコメディにしかならない、そんな絶妙なキワどさが好みです。

2017年11月12日

読書状況 観終わった [2017年11月12日]
カテゴリ 2000年代の映画

最初の人形のシーンと、若手女優が落ちたシーンが怖かったです。
リメイクよりかは良かったと思います。

2017年11月4日

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読書状況 観終わった [2017年11月3日]
カテゴリ 1990年代の映画
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ベルギーのホラー、ということで借りてみましたが、あまり異国っぽさはなく、舞台はどこてもOKな感じのホラーでした。

いじめと過去に虐待を受けていたいわゆる“問題児”が、森の中で狼少年と交流し、殺人鬼と出会って彼らと殺し合ううちに“彼ら側”になるお話。

2017年10月26日

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読書状況 観終わった [2017年10月26日]
カテゴリ 2010年代の映画

砂漠化と遊牧民のアイデンティティの喪失、民族の消失というとても重い背景ながら、近景は互いに両親の愛情を独り占めしている思って嫉妬し合うどこにでもある兄弟の風景。
その幼い子供たちの他愛のないやりとりに少しほっこりしていたのですが、さすがに飲み水が乏しくなりラクダも衰弱死したあたりでの喧嘩のシーンはドキッとしました。
映画には描かれていないけれど、水の争いで苛烈な諍いがあるのだろうと思うと、日本の街中でおもちゃを取りあってする喧嘩とは、次元が違うので…。

親の愛情(=大地・水)、それを奪い合う子供たち。
ただ求めるのでなく、感謝をして、恩を返すのだと諭すのが僧侶。
ちょっと説教くさく、またストレートすぎるなぁと思いつつ、馬蹄寺石窟の幻想的な風景にうっとり。
そして日上がっていない本物の川が出現してほっとひといきついていたら、ラストのラストで厳しい現実を持ってくられて、冷や水を浴びせられた気分になりました。


個人的に、風船のラジオゾンデやラクダ、白馬、石窟寺院、河西回廊の風景等、好きなものが多くみられる映画でした。
あと、「学校は嫌い。学校に行くより羊の放牧をしたい。学校じゃ僕が羊だ」という、幼い弟の台詞が面白かったです。

2017年10月25日

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読書状況 観終わった [2017年10月24日]
カテゴリ 2010年代の映画

すごく丁寧な映画だなぁと思いました。
ひとつひとつの表情、動き、時代、背景、登場人物たち…、他愛のない日常エピソード、世界的一大事、有象無象の人生、そのどれも同じくらいの比重で丁寧に大切に描かれていて…とてもこころに染みました。
こころに染みて、それゆえに、とても衝撃的でした。

2017年10月16日

読書状況 観終わった [2017年10月16日]
カテゴリ 2010年代の映画
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