釈迢空全歌集 (角川ソフィア文庫)

著者 :
制作 : 岡野弘彦 
  • KADOKAWA/角川学芸出版 (2016年6月18日発売)
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いまははた 老いかゞまりて、誰よりもかれよりも 低き しはぶきをする
釈 迢空

 1953年8月、折口信夫(釈迢空)は、箱根山荘で掲出歌などを作っていた。衰弱が激しく、幻視も起こったため、下山。だが、翌月ついに永眠。掲出歌は遺影となった。享年66であった。

 国文学者・民俗学者として数々の業績を残し、優秀な弟子たちに看取【みと】られた人物が、なぜ、誰よりも低く切ない「しはぶき(咳)」をしながら世を去ったのか。そこには、太平洋戦争のなまなましい傷跡が横たわっていた。

 戦争末期の43年、最愛の弟子で、同居していた藤井春洋【はるみ】が応召した。藤井は国学院大学の教授として、研究も脂ののった時期であり、2度目の応召に緊張が走った。折口信夫は、万感の思いを歌に託すよりほかはなかった。

かたくなに 子を愛【メ】で痴【シ】れて、みどり子の如くするなり。歩兵士官を

 立派な軍人たる春洋の頭を、赤子をかわいがるようになでたり、身体をさすったりして、祈る。

 大君の伴の荒夫の髄【スネ】こぶら
 つかみ摩【ナ】でつゝ 涕ながれぬ

 引き締まった足の「髄こぶら(ふくらはぎ)」をなでさすり、顔を押し当てて「涕【なみだ】」をも流したのだ。

 翌年、激戦地の硫黄島に着任した春洋を折口は養子にし、帰りを待った。だがついに春洋は帰らなかった。享年38。今なお、折口父子の「しはぶき」が聞こえそうだ。(2019年8月18日掲載)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2019年8月18日
読了日 : 2019年8月18日
本棚登録日 : 2019年8月18日

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