雲のむこう、約束の場所

  • エンターブレイン (2005年12月26日発売)
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泣きながら北にはせゆく塔などのあるべき空のけはひならずや
 宮沢賢治

 2004年、新海誠監督のアニメーション映画「雲のむこう、約束の場所」が公開された。静ひつで、バイオリンの演奏が耳に残る美しい映像だった。その小説版では、巻頭に掲出歌が書かれている。「北」「塔」が、全編を通してのキーワードだ。
 舞台は青森県津軽半島の小さな町。浩紀と拓也は、中学生ながら、搭乗可能な小型飛行機を製作している。そこに、同級生のサユリが加わる。甘やかな三角関係をにおわせつつ、かれらの意識は北にそびえる高い塔に向いている。その塔が立つのは、海峡の向こう、「エゾ」と呼ばれる外国。そう、敗戦後、北海道が旧ソ連を中心とする「ユニオン圏」の占領下に置かれたという設定なのだ。
 津軽以南の日本を米軍が後押しし、1975年、完全に国交断絶となる。浩紀たちがアルバイトに通う製作所社長も、「エゾ」に住む妻と生き別れの状態だ。離散家族たちが遠い目をして望むユニオンの塔。その設計者は、サユリの祖父だった。
 数年後。塔を兵器だと主張する米軍は、ユニオンに宣戦布告し、「エゾ」に進軍しようとする。危機を回避できる鍵を握るのはサユリ。だが、サユリは今、原因不明の眠りにつき、特殊病棟のベッドにいる―。
 作品後半はSFふうの展開だが、宮沢賢治の詩「小岩井農場」の次の一節も引用されている「すべてさびしさと悲傷とを焚いて/ひとは透明な軌道をすすむ」。分断国家の「さびしさと悲傷」を思わせる内容で、大切な何かを指摘されたような読後感だ。

(2013年10月27日掲載)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2013年10月27日
読了日 : 2013年10月27日
本棚登録日 : 2013年10月27日

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