一首のものがたり 短歌が生まれるとき

  • 東京新聞出版部 (2016年4月22日発売)
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落日に歪む海見ゆ人はみな泣いて心の水位を保つ
 藤田幸江

 東京新聞文化面に連載されたコラム「一首のものがたり」が、この度、単行本となった。著者は、同紙の文化部長であり、歌人でもある加古陽治。短歌が内包する小宇宙のような物語性、奥深さを、熟知している書き手である。
27人の短歌と、その歌の生まれた背景が、綿密な取材によって活写され、関係者が明かすエピソードも濃厚だ。

 作者の実人生を反映した「署名入りの文学」として鑑賞されており、北海道ゆかりの人物では、藤田幸江と、文芸評論家の菱川善夫が紹介されている。2人ともすでに故人であり、在りし日の写真がまぶしい。

 藤田は、釧路文学賞や北海道新聞短歌賞佳作を受賞した歌人。直木賞作家の桜木紫乃と親しく、「幸江姐【ねえ】」と呼ばれ、慕われていたという。

 第1歌集で白血病の闘病を歌った藤田は、喫茶店を開業するほどに回復したが、数年後に思いがけず再発。2006年、45歳という若さで世を去った。その夭折【ようせつ】の悲しみを乗り越えるかのように、桜木は、翌年から次々と単行本を出し、現在の活躍に至っている。

 藤田から折々励まされたという桜木のコメントには思わず涙腺を刺激されるが、掲出歌のように、「心の水位を保つ」ために泣いてもいいんだよ、という声も耳元で聞こえてきそうである。

 たった31音の短歌にも、無数の物語がある。ゆっくり読み味わいたい著書と思う。
(2016年5月15日掲載)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年5月15日
読了日 : 2016年5月15日
本棚登録日 : 2016年5月15日

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