告白

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著者 :
kansasさん  未設定  読み終わった 

「告白」
我が子を校内で亡くした女性教師が、終業式のHRで犯人である少年を指し示す。


正義とは主観でどのようにも変わる。果たして、一体誰が悪なのか。悪とは、どこからどこまでを言うのだろうか。人間は性悪説で染まっているのか、それとも性善説を見出せる存在なのか。


聖職者:教師の告白。
殉職者:同級生の告白。
慈愛者:母の告白。
求道者:少年Bの告白。
信奉者:少年Aの告白。
伝道者:教師の告白。


1つの事件に対する様々な立場の人間から発せられるその多くは「正義」ではないでしょうか。娘を失った人間が娘を殺した人間に復讐することは正義である。殺人を犯した人間に制裁を加えるのは正義である。自分の息子をここまで貶めた人間を憎むのは正義である。自分の才能を認めてくれない人間を弄ぶのは正義であるetc


彼らは決して正義という言葉を口にしてはいないけど、憎むべき対象や個人の目的に向かう為に、自分の後ろに正義という絶対的に正しいものがあることを確認していたのではないかと感じました。


しかし、正義とは常に主観の上に成り立っています。この事件において、娘を失った教師は被害者であり、娘を殺した少年に復讐することは正義に見えます。しかし、事件に関係ない人間からすれば、それが事件から離れる人間であればあるほど、彼らには彼女の復讐は正義と思えなくなります。きっと、「気持ちは分かるけど、犯罪は犯罪でしょう」という反応が大半でしょう。


これは大切なことだと思います。自分が思った正義を周りが判断し、過ちであれば正し、批判し、諭す、これは必要だと思います。皆が思う正義を行えば、それこそ、世界は終わり、人間は地球上で最も醜い生物となります。そもそも、生き残る為以外に殺人を行う生物は人間だけだから、人間こそが地球で最も劣等だ、とも言えますが。


と堅い話はここで置き、感情的に読んだ感想を言うならば、「なんだ、このぞわっとする、感覚は」です。正直、正義は主観の上で成り立っているなどと言いましたが、私(事件から離れている、そもそも現実世界にいる私)は、復讐をしようとするこの女性教師を責めることは少し難しいです。


なぜならば、人を殺すことは絶対に許されないからです。その人間がたとえ未成年であろうとも変わらないし、今で言えば、現在の少年法を見直すべきだと思います。「未成年だからこそ、更生する権利を!」などと言う意見には、いち人間として真っ向から論議をお願いしたいところ。更生を願うからこそ、少年法を改正し、より罪を認識させるべきではないだろうか・・・、などとどうしても考えてしまいます。


そんな娘を亡くした教師への思いに加え、様々な立場の人間から発せられる苦悩にも大きな衝撃を感じました。ぞわっとする感覚はこっちの方により強く感じたかも知れません。例えば、「失敗」という言葉で一気に砕けてしまった少年Bが抱えていた、加害者であり、共犯者であり、被害者であり、弱い人間でありの苦悩には、ぞわっとした怖さと悲しみを感じました。また、少年Aにも様々な思いがありますが、うーーーん、それでもクソッタレでしょうか。これはぞわっとする怒りです。


ちなみに、最後の結末には驚きました。ここまで、徹底する復讐には、正義を感じてしまいます。


読むと、多くを感じる作品。映画が見たくなる。

レビュー投稿日
2012年11月25日
読了日
2012年11月25日
本棚登録日
2012年11月25日
4
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