林忠正:浮世絵を越えて日本美術のすべてを (ミネルヴァ日本評伝選)

著者 :
  • ミネルヴァ書房 (2009年4月10日発売)
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パリ在住二十五年。日本美術、特に浮世絵を海外に紹介し、
印象派を日本にもたらした、林忠正の生涯を克明に辿った評伝。
第一章 生い立ちから渡仏まで
第二章 一八七八年パリ万国博覧会
第三章 開店まで  第四章 美術店を開く
第五章 パリと浮世絵  第六章 浮世絵の時代
第七章 失われた時を求めて  第八章 印象派と日本
第九章 シカゴ・コロンビア世界博覧会と「十二の鷹」
第十章 エドモン・ド・ゴンクールとS・ビング
第十一章 一九〇〇年パリ万国博覧会  終章 別離と死
参考文献、林忠正関係年表、人名索引有り。
カラー口絵8ページ。文中にモノクロ画像有り。
著者は、林の親族である夫の元に残る膨大な資料や、
各方面での多くの資料を基に、評伝を書き上げています。
また、当時のパリ、日本美術を扱う美術商の変遷や、
浮世絵の扱いの変化についても、詳細に記載されています。
パリにおいてのコスモポリタンであった林忠正。
その足跡はパリのみならず、ヨーロッパやアメリカにも残る。
切磋琢磨し身につけた知識で、日本美術の専門家の地位を確立、
紹介や解説、販売を手掛ける。パリ美術誌へのエッセイの執筆や、
日本美術の専門誌や展覧会等にも関わっていた。
交流した人物は、モース、ビング、ゴンス、ゴンクール、
伊藤博文、西園寺公望、クレマンソー等の
美術商や蒐集家、日本美術愛好家、評論家、
政治家や高級官僚、学者、作家等、幅広いものだった。
特に印象派の画家たち、ドガ、マネ、モネ、ピサロ、
シスレー等の作品の購入や支援を行った。
しかし、日本とパリとの距離が遠かった時代。
低俗として蔑まれていた浮世絵が海外で持て囃されたことで、
多数が流出したことの張本人とされ、
また、一介の民間人がパリ万国博覧会の事務官長任命された
ことと、厳しい運営に対する批判と誹謗中傷が長年世間の
風評に曝されていたことは、悲劇でもある。
何よりも53歳での死と、その後の約500点の林コレクションの
散逸は、残念。もし美術館が出来ていたら、
現在、印象派の逸品を鑑賞出来ていたかもしれない。哀悼。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 人物伝
感想投稿日 : 2021年10月2日
読了日 : 2021年10月2日
本棚登録日 : 2021年9月20日

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