夜明けの縁をさ迷う人々

著者 :
  • 角川書店 (2007年9月1日発売)
3.49
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本棚登録 : 733
感想 : 144
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タイトルが印象的な9つの短編集です。
金色のタイトル文字がとてもきれい。
エッチングのような装画/挿画は磯良一さん。

9作とも”夜明けの縁をさ迷う人々”、現実では生きてないような不思議な人々のお話です。

『曲芸と野球』
右利きの野球少年は三塁側で曲芸の練習をしている女性に球が当たらないように流し打ちが得意になった、という告白から始まります。曲芸師と野球少年の交流が淡々と語られ、生涯唯一のヒットはしみじみとしています。

『教授宅の留守番』
海外赴任の教授宅に住むことになった大学食堂のおばさん。そのお家を訪問する私は、家やおばさんに奇妙な感じを受けます。少しミステリー要素が入っていて、怖くて、面白いです。

『イービーのかなわぬ望み』
イービーはエレベーターボーイ(E.B.)のことで、中華料理屋のエレベーターで生まれて、そのエレベーターで暮らす男の子です。育てのおばあさんが亡くなり、途中で成長が止まり、大人になってもエレベーター仕様の体です。ある日、中華料理屋が取り壊されることになり。。悲しい結末は胸が痛みます。生きる世界が決まっている、ここでしか生きられない、という幸せと不幸せに共感する人は多いと思います。

『お探しの物件』
人が求めている物件を紹介するのではなく、物件が求めている人を探す不動産屋さんの話です。たとえば、瓢簞アーティストが住んでいた瓢簞屋敷は、瓢簞の手入れを怠らないことが条件とか。瓢簞アーティストが受粉させる描写が艶かしく描写されています。江戸川乱歩の人間椅子のような好きな雰囲気です。

『涙売り』
自分の流した涙を塗ると楽器の音がよくなるという「涙売り」の女性のお話。女性は関節を使って音を出す関節カスタネットの男性に恋をして、彼の楽団の専属になります。彼の関節に涙を塗り込む描写がエロティックです。結末はグロテスクな方向に進みます。アンデルセンの履くと踊り続ける「赤い靴」みたいな怖さがありました。

『パラソルチョコレート』
パラソルチョコレートが好きな女の子のお話。弟とともにシッターの女性に預けられるのですが、チェスをひとりで打っている過去のあるシッターさんが魅力的です。女の子の裏側の世界に住むおじいさんが出てくるのもユーモラスです。

『ラ・ヴェール嬢』
あからさまにエロティシズムが漂う作品です。ラ・ヴェール嬢って貴族みたいですが、実はラ・ヴェールというアパートに住むばあさんの話です。そこに週1で通う足裏指圧師は、遺品としてラ・ヴェール嬢の所有していた作家M氏の全集を譲り受けます。肉欲を追求し続けたM氏の孫であるというラ・ヴェール嬢は、M氏の倒錯したファンにより彼女が体験したグロテスクな性体験を指圧師に語り聞かせます。結末に嘘か誠かという、狐につままれた雰囲気が漂います。

『銀山の狩猟小屋』
この中で一番気になった、好きなお話かも知れません。銀山の狩猟小屋を見に行った作家と秘書が、そこを管理しているという隣に住む奇形の男性(ロートレックのような人を想像)に出会います。男性はサンバカツギという謎の動物の話をします。サンバカツギの名前の由来は、死ぬときに赤ちゃんの泣き声を発するため、産婆をかつぐ(だます)から。小屋に閉じ込められた二人は赤ちゃんの泣き声を聞きながら、血のにおいがする部屋で密着します。最後、どう解釈したらよいのかよくわかりませんでした。。狩猟小屋が子宮の中ということなのか・・・。
『注文の多い料理店』みたいな怖さもあります。

『再試合』
76年ぶりに甲子園に出場する高校に通う女生徒のお話です。いつもレフトの彼を切り株から見守っていた女生徒は、甲子園でも高校の応援席をはずれてレフトで応援します。彼女はレフトのすばらしさを克明に描写します。そして、レフトが相手チームのヒットを差したことで、再試合が永遠に続く・・・という彼女の幻惑のような物語に変貌し、現実と非現実の曖昧さが描かれています。
最後に「もし彼が世界の縁からこぼれ落ちそうになったら、私が受け止める」という描写があります。世界の縁からこぼれ落ちていたのは当の本人なのに・・・。

読んでない人に説明するのが難しい話ばかりでしたが、文章も世界もものすごく心地よかったです。世界に入り込まないと読みづらいので集中力がいりましたが、とっても満足。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小川洋子
感想投稿日 : 2015年12月26日
読了日 : 2015年12月26日
本棚登録日 : 2015年12月26日

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