芥川龍之介全集〈1〉 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房 (1986年9月1日発売)
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本棚登録 : 434
感想 : 47

[老年]
 若い頃に遊んでいた老人の枯れ具合は、江戸文化の衰退にも見えた。
 男は武勇伝が好きで、老人の話を聞きたがる。だけど老人は一人の部屋で、猫に甘えた声を出していた。それを見た若い者は、そそくさと帰る。それは未来に対する気恥ずかしさか、記憶に残る思い出を消さないためか。
 若い頃の作品だけど、文章が上手い。当たり前だけどね。ゆっくりと噛み締めて読むと、香りを感じた。
[青年と死]
 透明なマントを着て、妃たちに夜這いを仕掛ける。最後はバレて殺されてしまう。
 ドラえもん的な話だけど、中国でこういう逸話が残っているのかな。
[ひょっとこ]
 ひょっとこを着た男が船で踊っていて、倒れて面を取ると顔がひょっとこみたいになっていた。
 呪いの面なのか。そういうわけでも無くて、酔っ払ってそうなったのか。
[仙人]
 鼠に芝居とさせる見世物をしている男は金が無い。ある日、自分よりボロボロの老人に会う。老人は仙人だと言って金をくれた。
 仙人は何にも不自由しないはずなのに、苦しい人間の生活をしている。結局、暇に苦しんでいるのではないか。金はあるし、なんでも出来るけど、やりたいことがないという人物に見えた。
[羅生門]
 名作と名高い羅生門。話の内容はよく分からない。
 男がいきなり老婆の着物を奪ったのは、人はすぐに悪に染まるということか。生きるための悪の肯定を感じた。
 男の心理状況を追っていくのが一番読みやすい気がする。テキスト以外の小物にも読み解く鍵があるので、何回か読んで解説書でも探そう。
[鼻]
 鼻が長くて笑われていた男が、鼻が短くなっても割られるので、長く戻ったことを喜ぶ。
 笑われていたのは鼻のせいだけではないし、自分でも鼻が短くなったことが気になって、周りを見ていただけかもしれない。
[孤独地獄]
 孤独地獄に落ちて興味が永続しない禅僧。そこら中に、こういう人はいるだろうけど、なんにしろ地獄と名のつくものには近寄りたくない。
[父]
 著者の中学生時代に、電車にいる客を見てあだ名をつけるのが上手い奴がいた。そいつが周りの級友に言われて、あだ名をつけたのがそいつの父だったと著者は気づく。
 どういう心持だったかは分からないが、照れ臭くもあったのか。当時でいうとおしゃれな感じの父だったのかな。
[虱]
 虱が大量発生して、懐で飼う男と食べる男。双方はお互いが気に入らなくて罵り合う。
 この話の面白いところは、虱が台風の目だということ。
[酒虫]
 大酒飲みが体の中にいた酒虫という虫を捕ってもらうと、酒は飲めなくなり富は無くなる。
 虫がいたから富があったの、富があったから虫がいたのか。
[野呂松人形]
 著者が人形劇を見に行く。その人形は古くて、そこまで動かないが品がある。
 著者が思ったことが面白くて、自分たちの芸術もこの人形のように古くなって消えて行くのだろうかと考える。
[芋粥]
 意気地が無くて誰からも相手にされていない五位の夢は、飽きるまで芋粥が食べたい。だが五位は、いざ食べるときになると、怖気付いて少ししか食べなかった。
 夢は夢のままが美しいという訓示だろうか。もう少し、何かありそうだけど。
[猿]
 船で盗みを働いた船員を追いかけて、いつの日か猿を追いかけたところを思い出す。
 人が悪いことをするには理由がある。間違っても猿を取るように気楽にやってはいけない。副長にはそれが分かっていたんだな。
[手巾]
 先生の家に生徒の母が尋ねてきて、息子は病気で亡くなったと話す。先生は母の不動さに不思議がるが、物を拾おうとして母が机の下ではハンカチを震えんばかりに握りしめていたと知る。体では泣いていたのだ。
 これは美しい話だ。傍目には気丈に振る舞っていても、実は泣いている場合がある。
[煙草と悪魔]
 悪魔が神父に化けて日本に来て、暇つぶしに煙草を植えた。農民との賭けて、名前を答えたら煙草をやろう。答えられなかったら魂を貰うと脅す。農民は煙草畑に牛をけしかけて、悪魔が怒鳴った時に煙草の名を聞いて、無事に畑を貰えた。
 ただ、日本には害を及ぼす煙草が広まったので、悪魔的にはそれもまた良しなのではないか。
[煙管]
 金持ちの武士は金の煙管を見せびらかすようにしている。僧侶たちはそれを羨ましがって、一人の僧侶が頂戴に行くと武士は喜んで煙管をやった。武士にとってはステイタスを表す物なので誇らしいのだ。部下たちは財政が圧迫しては困ると思い、煙管を真鍮に変えた。僧侶が真鍮に変えた煙管をもらってからは、もう二度と煙管をねだらなくなった。武士は以前と同じように煙草が美味く感じなかった。
 芥川はこういう話が多い。武士は煙草を飲んでいたのではなくて、ステイタスを飲んでいたんだな。
[MENSURA ZOILI]
 美術品を測定できる機械。芥川の作品も久米の作品もあまり良くない評価だ。夢の話だが、本当に見た夢なのかな。
 芸術を測定するなんて、絶対に無理なことだ。芥川を読んでいると芸術というものがよく出てくる。改めて、文学は芸術なんだと気づく。
[運]
 物質的な幸福だけを真の幸福と考える若侍と、精神の内部における幸福を最大視する翁と、この相対する二つの型の人間の会話を最後において、種類の異なった幸福感を示した。
 精神を病んでいた芥川らしい問題提起だ。
[尾形了斎覚え書]
 キリシタンを捕まえたとかの文書だが、昔の書き言葉なので読みにくい。
[道祖問答]
 男女の交合も万全の功徳とはものも言いようだ。口が上手い御坊だという印象。解釈していけばなんでもありになってしまう。
[忠義]
 人が狂って、城内で人を殺して、お家が潰れる。ホラー話だ。非常に怖い。
[貉]
 貉が歌を歌ったのは、女がついた嘘だったが、それが次第に村中で聞いたという声が上がって、見たという人も出る。ついには女も貉の歌を聞いてしまう。
 化かすという事と、化かすと信ぜられるということに、どれほどの相違があろう。妖怪や物の怪の話はだいたいこういう時スタートを切って広まって行く。
[世之介の話]
 3742人の女と戯れたという男。話を聞くと、手を触れた女も数えるとそれだけの数になったという。
 それでも結構な人数だけど。
[偸盗]
 100ページを超える中編。長めなので登場人物も多い。迫力があって、美しくて面白い。
 沙金という女の悪女っぷりが気持ち良い。阿漕の描写が美しかった。
[さまよえる猶太人]
 世界に伝承があるユダヤ人が日本にも来ていたのではないかという話。芥川は随分と、この話に執心らしい。キリスト教に心奪われているのはよく分かる。もしかしたら、自分のことのようにユダヤ人を見ているのではないか。
[二つの手紙]
 ドッペルゲンガーを見たのでどうにかしてほしいと警察署長に手紙を出す男。
 最初は本当に見たのだろうと思って読んでいるが、ページが進むごとに男が狂っているのだと分かって怖くなる。奥さんがいなくなったのは、自分から出て行ったのか、もしかすると男が手をかけたのかと疑いたくなる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年2月23日
読了日 : 2020年2月23日
本棚登録日 : 2020年2月23日

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