旅の前は興奮と緊張で胃がきゅーっと縮む。/この興奮は、食べ物とか風景とかへの数々の期待。これまでの楽しかった旅の記憶があれこれ浮かんで、眠れない。緊張は、この旅を本当に楽しむことができるのかどうか。この抜かり無く計画した旅行がうまくいかなかったらどうしよう、旅先での人との楽しいふれ合いがなかったらどうしよう、と強迫観念のように思ってしまう。というのも以前父に、姉は出不精だけど旅先では俄然元気になって楽しむタイプ、私は行く前は大興奮しているけど行くと疲れてしゅーんとしちゃうよね、と言われたことをねに持っているから。/もちろん万事がそうなわけじゃないし、それはなんというか家族の中で繰り返されるいつもの冗談だったのに、私ってすごくソンな性格じゃない? と不安に思ってしまった。旅に出てしまえばすっかり忘れてしまうけど、旅先でしゅーんとなってしまう自分というのはちょっとした恐怖だ。だから、山田稔「旅のなかの旅」を読んだ時は、びっくりした。「日程も組まず、宿も定めずにある日ふらりと旅にでかける。その自由さと不安な気分とが、おそらくわたしにとって旅の魅力の大半を占めているのだろう」と、冒頭からいきなり「不安」という文字が出てくる。しかもそれが魅力だと。それってなるべく味わいたくない、避けたいことなのに。確かにこの人の旅は緊張の連続で、読んでいるこちらの胃がきゅーっとなってしまう。実際にはモロッコやギリシアで緊張したり、くよくよしたり、恥ずかしがったり、結構つらそう。なのに、それを魅力といってしまう筆者の大らかな姿勢やユーモアが面白い。読んでいるうちに、そうだよなあ楽しいばかりの旅なんてあじけないじゃんという気になってくる。まだ自分から求める域まではいかないけど、後で話のたねになるという余裕ぐらいは持てるかもしれない。/(かさねvol.06「旅のなかの緊張」いね)
- 感想投稿日 : 2007年10月29日
- 本棚登録日 : 2007年10月29日
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