BRAIN VALLEY〈上〉 (角川文庫)

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レビュー : 38
著者 :
K@ZUさん 小説   読み終わった 

 瀬名秀明による第19回日本SF大賞受賞作。
 デビュー作『パラサイト・イヴ』でホラー界とSF界とその周辺に大きな反響を巻き起こし、そのリアクションの大きさに戸惑いを隠しきれなかった瀬名英明。そんな彼が日本のエンターテイメント小説界に問うた第二作が本書である。

 辺鄙な山奥の村、船笠村になぜか設置されている最新の脳科学研究所「ブレインテック」。アメリカのシリコンヴァレーをもじって「ブレインヴァレー」と呼ばれるこの地区に、脳科学者の孝岡護弘は赴任する。
 何か違和感を感じさせるこの施設で、孝岡は異常な体験をする。理論では説明のつかない現象を体験するにつれ、現実と幻の区別すら曖昧になっていく。一体、これは何だ?これは壮大な陰謀なのか?誰が、何を企んでいるのか?
 やがて明らかになる驚愕の計画「オメガ・プロジェクト」。それは人類の未来を左右する究極のプロジェクトだった。

 脳科学・分子生物学・霊長類学・人口生命といった最新科学の知見を総動員しつつ、UFO・エイリアンアブダクション・臨死体験そして神といったオカルト要素も取り込んで科学と文学が融合したエンターテイメントを作り上げた労作である。

 瀬名氏はマイクル・クライトンの『ジュラシック・パーク』のように、科学の面白さを伝える小説を目指したらしい。瀬名氏を嚆矢として、我が国の娯楽小説界に理系作家ブームが巻き起こったことを考えると、彼ならびにその作品の残した功績は非常に大きい。
 ともあれ、本書はなにぶん難解である。内容が観念的すぎるという意味の難解ではなく、頻出する科学用語が専門外の人間には理解できないのである。
 そんなこともあって、出版当時は途中でギブアップしてしまう読者も多かったという。もちろん瀬名氏はこれを狙ってやっている。つまり逆に言えば、専門の人間にも満足できるような娯楽小説を完成させたのだ。
 僕なんかには、主人公・孝岡による神経伝達物質の受容体(レセプター)に関する研究についての記述など、どこまでがハッタリでどこまでが事実なのかさっぱりわからなかった。(瀬名氏は「しっかりした科学的考証を基盤に、大きなウソをつく物語」が欲しかったと語っているが、その企ては成功であろう)

 その後、三作目、四作目と作品を発表するにつれ、瀬名氏の極端に専門科学寄りな作風は徐々に真ん中のほうへ修正されていっている感じがする。
 しかしこの頃の瀬名氏は執筆活動に異様なまでの情熱を秘めているように思え、それが生々しく行間に刻み込まれているようだ。瀬名氏は本書によって今度はSF界に対して確実に衝撃を与えた。そしてその影響は文学と科学という二つの世界に波及していった。
 一人の作家の覚醒が日本のSF界はじめ文学界に強烈なインパクトをもたらしたのだ。

 神と対峙するSF小説という意味では、山本弘の『神は沈黙せず』(2003年)と共通するが、物語の方向性はまったく違う。違うにもかかわらず、本書に収録されている口絵「キリストの変容」(ラファエロ)が、『神は沈黙せず』角川文庫版の表紙にも使われている、というリンクが楽しい。

 この小説を機に、小説に興味をもつ科学者や科学に興味を持つ文学者が増るといい。そうすれば、人間の持つ知識はきっともっと豊かなものになるに違いない。そんな意味でも記念碑的な作品。

レビュー投稿日
2011年10月30日
読了日
-
本棚登録日
2011年10月29日
0
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