ロジャーズクライエント中心療法 (有斐閣新書 古典入門)

制作 : 佐治守夫  飯長喜一郎 
  • 有斐閣 (1983年1月1日発売)
3.47
  • (3)
  • (2)
  • (9)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 67
感想 : 9

カールロジャースとはカウンセリングという単語から連想される人物の中では、恐らくは圧倒的な地位を占めるのだろう。彼は患者を患者と呼ぶことを嫌い、クライエントと呼んでいる。一方的に病人扱いすることには、何か違うという思いがあったのかもしれない。彼の基本的な姿勢は、治療者が、クライエントを受け容れること。そして、受け容れるために治療者は自己一致していなければならず、また、受容的かつ非指示的でありながらも、積極的な関心を見せなければならない、とした。この彼の基本姿勢は、彼が含まれる、人間性心理学、あるいは、彼自身が提唱した「PCA(パーソンセンタードアプローチ)」「クライアント中心療法」「非指示的療法」などの基本軸となるだけではなくて、いわゆる精神分析や行動療法などの、他のアプローチにおいても重用されているのである。この意味において、ロジャースの基本姿勢がどれほど普遍的性格を持つのかが明らかとなろう。

ちなみにロジャースは科学史観が強かったようだ。すなわち自らの研究を客観的に実証しようと努めたらしい。とはいえ、これは主観の介入が防げないということを前提とした上でのことのようだ。現象学的立場に立たずとも、人間は自らの主観でしか物事を解釈できない以上、客観すら主観に含まれてしまうことは言うまでもない。ロジャースはその部分を積極的に肯定した上での実証を試みたようなので、このあたりは科学者とは立場を異とするところだろうと思われる。まあ、科学だって主観入るはずなんだけどね。だって、主観によって解釈が入らなければそれはただのデータでしかないわけだもの。まー、いいんだけれどね。ともかく、ロジャースはそうして壁にぶち当たる。その最たるところは分裂症患者だったようだ。結局のところ、純粋に治療を求めているような人だとかは、初めから治療者との関わりを望んでいるわけだけれど、分裂勝者みたいに比較的症状のレベルが重くて不安定な人からすれば、それだけ非情に敏感でもあるし、いわゆるロジャースが掲げた原則が、建前だけのものとなりかねないのであろう。無論、治療者は本気なのだろうが、かといって、その本気は主観によって裏打ちされており、客観的性格は持ち得ないものなのかもしれないのである。まあ、認めたくはないんだろうけれど。しかし、相手が繊細で敏感であればわずかな欺瞞にすら気付かれてしまう。その意味で、自己一致が分裂病者にとっては大切であるらしい。ロジャースは最終的にはエンカウンターグループなどといった集団セラピーや、戦争や文化などへの積極的関わりなどを見せ始める。彼の治療法の名前も、「非支持的療法」→「暗い円と中心療法」→「PCA」と変遷していくようだ。とはいえ、本著は少々、「紙片の都合上」みたいな決まり文句が非情に多かったり、どうにも読みにくい箇所が見られる。執筆陣は今では教授助教授が多いようだが、当時は博士か、博士を出て数年くらいの人たちが執筆した模様。多分、教授の下のゼミ生みたいな感じで独学がゼミか知らないけれど勉強会でもして、ロジャースを勉強した人たちなんだろうとは思うけれど、読みやすい人もいれば、角ばってて読みにくい人もいましたね。これは心理学に限ったことじゃないんだけれど、博士とか博士出たばかりの人とかは、こう、すごい角ばった感じの文章を書くので読みにくいよね。文学的に角ばっててくれたら、迎合するけどね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 臨床心理、精神分析、精神病理
感想投稿日 : 2011年8月16日
読了日 : 2011年8月16日
本棚登録日 : 2011年8月16日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする