一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

4.09
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レビュー : 740
制作 : 高橋和久 
kazzu008さん 小説(純文学)   読み終わった 

本書はディストピア小説の古典的傑作として名高く、いま巷に出回っているディストピア小説の基礎を作った様な小説だ。ジョージ・オーウェルのもう一冊の傑作『動物農場』と同じように、本書も人々が全体主義社会に飲み込まれる様子が描かれる。
『動物農場』が、俯瞰的に全体主義社会が成立していく様子を描いているとすれば、本書は一個人の視点を通じて、全体主義社会で暮らす人々の生活をミクロ的に見た小説である。

本書は『動物農場』よりも、かなり難解で深く、そして救いが無い…。
ここまで小説を読んでいて不快になったのは久しぶりだが、絶対に目をそらしてはいけないテーマだ。間違いなく全人類が一度は読むべき本のなかの1冊である。

1950年代に起こった核戦争後の世界を舞台とした「1984年」。世界は南北アメリカ、旧イギリスを中心とした国『オセアニア』、イギリス以外の旧ヨーロッパが統合された『ユーラシア』、そして旧日本、旧中国が中心となった『イースタシア』の3つの超大国に支配され、その3国は常に三つ巴で戦争を繰り返している。
作品の舞台となる『オセアニア』のロンドンでは『ビッグ・ブラザー』と呼ばれる指導者により、市民はあらゆる生活に統制が加えられ『思考警察』と呼ばれる警察に反体制的な市民が摘発されている状況だ。
市民は常に『テレスクリーン』と呼ばれるテレビとインターネットを合体させたような機器により監視され、町なかでは盗聴マイクによって行動が当局によって把握されている。

ロンドンに住む39歳の主人公ウィンストン・スミスは、当局の命令により歴史記録の改ざん作業を仕事として行っていたが、記録が絶えず改竄されるため、真実の歴史を確かめるすべは無い。
ウィンストンは『ビッグ・ブラザー』の支配する国家に疑問を抱いていたが、そこへ体制に従順なふりをしながらウィンストンと同じく反体制的な考えを持つ若き女性ジュリアに出会い、恋に落ちた二人は当局の監視をかいくぐりながら逢瀬を重ねる。しかし、彼らの行動は『思考警察』の知るところとなり、二人は逮捕され、想像を絶する過酷な尋問を受けることとなるのだった…。

まず、この本を読んでいて、この小説が本当に1949年に書かれたのか?というのが最初に浮かんだ疑問だ。それほどこの本が描く未来は、現在の世界のありようを精確に描写している。
本書は全体主義の恐怖を描いているが、オーウェルが想像した市民を監視する体制作りが非常にリアル。
『テレスクリーン』は今で言えばまさに「監視カメラ」であり「スマートフォン」だ。『テレスクリーン』と「盗聴マイク」により、市民の頭の中の考え方を含め、市民の全ての行動が当局の監視下にある。

当局は、市民を統制するため『歴史』を改ざんしていく。『オセアニア』の歴史は、常時当局の都合の良いように改ざんされている。例えば、指導者的な幹部が裏切り行為を行った場合、その当人が逮捕されるには当然のこと、過去の名簿やリスト、歴史上関わった事項からも全てその名前が削除される。
つまり、最初から存在しなかったこととなるのだ。
市民は自分の記憶と違っていることでも、それを確かめる方法がない。もし、自分でメモをとって、それを隠し持っていれば反逆者として逮捕されるし、そもそも、紙とペンが簡単に手に入らない。

次は『子供の教育』だ。子供は物心がつくと、すぐに『学校』に入れられ、徹底的に体制的教育を受ける。自分の親が反体制的な思想を持っていると判断すれば、嬉々として親を当局に密告し、その子供は『英雄』として表彰されるのだ。

そして最後は『拷問』だ。この本を読んで、どんな屈強な人間でもこのような拷問に耐えられる人間はいないだろうとあらためて思った。
苦痛と恐怖を繰り返し与え、相手の肉体と精神を壊していく。これが何日も、何週間も、何か月も絶え間なく繰り返されれば、人間は信じている事実や愛する者のことなど簡単に忘れ、裏切ることができる。そこには友情も、親子の情も、恋愛感情も、愛すらも何の意味も持たない。
誰もが「何でもする!何でもするから!もう止めてくれ!もう殺してくれ!」と恥も外聞もなく、地べたに這いつくばって、泣き叫ぶことになる。

人間は弱い。
弱いからこそ、絶対にやってはいけないことがある。

ナチスのホロコースト、スターリン政権下での大粛正、カンボジア・ポルポト政権下での大虐殺など、数を上げればきりが無いが、人類は数多くの過ちを犯してきた。いずれの虐殺も支配体制が被支配体制の人間を虫けらのように殺している。
この『1984年』には『大虐殺に至るであろうという世界』の成立過程が詳細に描かれる。この本どおりのことをやれば、誰でもこのディストピア社会で描かれる支配体制側の人間になれるかもしれない。

だからこそ我々は『究極の反面教師』としてこの本を読み、自分たちの世界の行く末を真剣に考えなくてはならないのだ。
そういった意味において本書が「全人類必読の書」であることは間違いない。

レビュー投稿日
2019年7月16日
読了日
2019年7月12日
本棚登録日
2019年7月16日
12
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