暴力のオントロギー

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レビュー : 4
著者 :
keisukekuさん 哲学   読み終わった 

私は自分が暴力的だという自覚がある。言葉や行為によって幾度も誰かを傷つけてきたという思いがあるからだ。そんな私は、学習や人格の陶冶によって暴力的な部分を自分の中から除去することができないものかと思い悩んでいた。

しかし、そもそも暴力は人間存在の根源にとりついていて、それを引き剥がすことはできないらしい。そして暴力と闘争は社会形成の根源的な要素である。社会は人間と人間の関係から生じる。そのため、社会形成の原理はそのまま人間関係の原理ともなる。

しかも暴力は暴力によってしか封印できないようで、今村さんが提唱されるのは「第三項排除の論理」である。人類はこの論理に従って血で血を洗う暴力による闘争を封じ込めてきたそうである。

A、B、Cの三者から成る共同体があるとする。そこでAとBとCがいて互いが闘争し合う。そのままであれば三者とも傷つき、最後にはみなが死に絶え共同体としては滅びるより他ない。それを避けるためにAとBが心をひとつにしてCを排除する。報復されないくらいに痛めつけ共同体の周辺に存命させるか場合によっては殺害する。こうすることによってAとBは互いを認め合い秩序を形成し共同体存亡の危機を回避する。

まったくいじめの原理である。人間から暴力を消し去ることができないように暴力に根ざすいじめも消し去ることはできない。せいぜい暴力の発現形態をもう少しましなものにずらす他ない。

平和を目指すためには暴力と闘争の渦巻く地獄のような社会の深層を見据えることを避けられないようだ。まだまだ勉強しなければならない。でも、何となくこれは男の論理のような気がするな…女の人はたぶん違うように考えて答えをだす。


Mahalo

レビュー投稿日
2013年8月4日
読了日
2013年8月4日
本棚登録日
2013年7月29日
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