紫の砂漠 (ハルキ文庫 ま 8-1)

著者 :
  • 角川春樹事務所 (2000年10月1日発売)
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本棚登録 : 152
感想 : 23
5

急に読みたくなって。あらすじだけを見ると、どうも胡散臭い気がして読めなかった。それに、工夫は凝らしたのだろうが、表紙にこの絵を採用したのは個人的にはいただけない。発言の仕方・口調、性別概念を慎重に配置しているからこそ、下手にイメージを固定化させてしまうからだ。
松村さんの作品はやっぱり短編よりも中・長編での方がとても味わえると感じた。
松村さんの思考実験を見ているような、今までの作品や人生の時間を通じて、松村さんが考え続けてきたことをそのまま実現したような、そんな気がした。よくジェンダーの話を松村さんの作品についていう人がいるが、そんなのを超えて、’ひと’であること、’ひと’として生まれてしまったことを見つめ、考え続ける松村さんの作品だからこそ、ひかれてやまないのだろう。そして何度もまた生まれなおすのだろう。
ファンタジーと言うけれど、歴史、性別、愛、神話、運命、誕生、鉱物的世界、科学…その世界観はとても地に足ついたもので、とても嫌悪したり、逃げたりできるものではなかった。
シェプシの後姿を見つめ、旅立っていったジェセルは散りゆく命の中で何を思ったのだろう。愛というものはいつも肝心なところがいつもうやむやで、失うその時まで存在に気付けない。一方は塩の村で、一方は幻の村で、なぜ運命は分かたれてしまったのだろうか。なぜふたりは出会ってしまったのだろうか。なぜ訪れるはずの至福の時に身を委ねられなかったのか。
それもまた運命だ、と抗えない運命がそこには横たわっているのかもしれない。あの時もしも…なんて後悔に溺れるかもしれない。そんな中にあっても自分を見つめる心だけは何よりも自由にその翼を広げている。
痛みを分かち合えた詩人はもうこの世にいない。たったひとりの愛するひともいない。孤独な眠りの中、一年の時を経て、シェプシはひととしての曙を迎え、再びこの世に生まれた。
誰よりも失うことを知っているから、誰よりも深く愛してしまったから、シェプシは誰よりも誇り高く、愛の詩を奏でることができる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 物語
感想投稿日 : 2014年4月20日
読了日 : 2014年4月19日
本棚登録日 : 2014年4月19日

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