賢治の鉱物的な光の世界を描くなら、きっと東さんの右に出るひとはいないと思う。
何度読んでも、銀河鉄道の夜からはほんとうを考え続ける賢治のひたむきな情熱が聞こえてくる。最近の編集では、第四次稿をひとつの完成形として収録するようだ。未完という状態、印刷やページの都合もろもろあると思うが、やはり、第三次稿までの流れを汲まれた1961年の新潮文庫版が一番あたたかい。博士の励ましとジョバンニの力強い決意がないのはやっぱりどこかぽっかり穴が開いたみたいにものさびしい。
最も印象的な挿絵はカムパネルラとジョバンニが向かい合うあの絵。ぼんやりとした車内がふたりの存在と窓の外、天の川をみせてくれる。ふたりのニュートラルでどことなくアンニュイな表情が、賢治の独特な平仮名の邪魔をしない。かといって、賢治の描く色彩あふれる世界に劣らない、光加減。描くというよりは、浮かんでいる感じ。そして、やわらかい曲線が支配する画面がニュートラルな人物の表情に関わらず、つつみこまれるような世界のあたたかさを教えてくれる。

2015年10月18日

読書状況 読み終わった [2015年10月18日]
カテゴリ 物語

学者アラムハラドの底本のタイトルだった気がする。
静謐で冷たい鉱物質な世界。なのに光と色、躍動的な時間の変動が木霊する不思議なツェラ高原。彼の心の景色。心象。
彼の心はもう地上から羽ばたき宇宙の中へ飛び込んでいた。インドラの網――そうとしか彼は表現しようがなかった。そこから立ち戻ってきた彼の願いを描く銀河鉄道とは違い、そこを見てしまった彼の心の叫びが静かな高原に響き渡っている。

2014年9月29日

読書状況 読み終わった [2014年9月29日]
カテゴリ 物語
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アラムハラドを読んで、これは宮沢賢治をもう一回読み直さなければ、彼を誤解したままに終わってしまう、そうと思って。
やはり、彼は「わかって」しまった人なのだと思う。そして、すべての人を善くするために、理性が彼を突き動かした。どんなつらくても。しかし、彼の身体はそれほど丈夫ではなかった。そこが彼の弱みであったのかもしれない。善く生きるためには、まずは生きねばならない。死んでは善く生きられない。
たとえ理解されなくても、粘り強く、何度も。彼は農民と語り続け、死ぬその時まで書き続けた。それが、彼の善く生きた証となって、今も生きている。
はじめの作品は彼の生の声が、物語のように加工されることなく語りつけられている。しかし、年が下るにつれ、それは徐々に洗練され、文語詩に至ってはとても格調高いすばらしいものに仕上がっていると感じる。
自己犠牲や日蓮宗、妹との関係など彼を語る上では欠かせないように、あるいは彼の行動の原因のように語られるが、決してそれらが原因ではない。彼の行動は、彼の善く生きる結果であることを強く感じた。

2014年8月1日

見事なまでに未完なため、今まで宮沢賢治の作品だと知らなかった。
よく彼の理念は法華経だとか、自己犠牲的だとかいわれるけれど、そんな小さなものではないということに気付かされる。
彼は確かに法華経に帰依していたし、自己犠牲の物語も残している。けれどもそれを美として、賞賛しているのではない。そうせざるを得なかったから、そうしてしまった。それは彼が善く生きるために。あくまでも、善く生きるための手段に過ぎない。自己犠牲や法華経が目的ではなかったはずだ。
感じる心の豊かな彼にとって、そこに気付くまで、ずいぶんと苦労を重ねたはずだ。ある時は農民とともに貧しい暮らしに自ら身を置き、ある時はたったひとりの理解者を亡くし…
この作品がいったいどういう過程で生まれたものかはわからない。真理の前にはわかる必要もない。それでも、彼が未完にしてしまったのは、ひとえに存在の謎、真理がことばという論理で描き出せないという深淵をのぞいてしまったからのように感じる。これをひとつの作品として完成させるには、彼の生きた時間はあまりに短すぎた。

2014年7月19日

読書状況 読み終わった [2014年7月19日]
カテゴリ 物語
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先行研究を知るため手にとった。
主に4次稿を場面ごとに区切って分析していく。
著者がお医者様ということもあって、分析の観点が違っていて面白かった。
だが、双子のお宮をハレー彗星では?というのはあまりにナンセンス。
それに精読の著者にも言えるが、あまりにも宗教と強く結び付け過ぎていると思う。
法華経うんぬんを言うのに、ジョバンニやカンパネルラを用意するとは到底思えない。

2013年8月20日

読書状況 読み終わった [2013年8月20日]
カテゴリ 心理学・科学
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先行研究をしるため図書館で発見。
主にジョバンニの孤独に視点をあてて、四回の改訂の変化を追う。
巻末には一次~四次全てが掲載されていて、大変参考になる。
本書では、ジョバンニの孤独を際立たせるために、ブルカニロ博士の消滅は必要だったとあるが、どうも納得できない。それは、自分が読み、慣れ親しんだ銀河鉄道が三次と四次を合わせたものだったからなのかもしれない。
いずれにしても、作者自身が推敲段階のまま終わらせているので、真実はわからない。

2013年8月13日

読書状況 読み終わった [2013年8月13日]
カテゴリ 心理学・科学
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今回読んだのは昭和五十三年の第三十八版。
他出版社の表紙をみると、時代の流れにあわせていろんなジョバンニやカムパネルラがいて面白い。
未完の表題作ほか、「虔十公園林」「よだかの星」「やまなし」「雪渡り」「グスコーブドリの伝記」など、宮沢賢治を代表する短編が八つと、賢治オリジナルの戯曲が三つ収録されている。
「銀河鉄道の夜」で問題となるのは、未完というだけあって、賢治による推敲が完全になされていないというところにある。よって改訂者によってさまざまな改変がなされてしまうのだ。
今回の第三十八版では、午後の授業があって、ブルカニロ博士が出てきて、カムパネルラが川に落ちる、第三次稿と第四次稿をうまくつなげた構成となっている。
哀しみはいつの世も消えないものだというのなら、ただうつむいてばかりいないで笑っていよう。そんな強さは、静かに笑う月、またたく星、そよぐ木々、冷たい雨雪、巡る地球の生命の営みが持つ美しさに似ている。

2013年7月3日

読書状況 読み終わった [2013年7月3日]
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