これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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レビュー : 317
制作 : Michael J. Sandel  鬼澤 忍 
kenichi-hasegawaさん  未設定  読み終わった 

○われわれの権利を規定する正義の原則は、美徳、あるいは最善の生き方についてのいかなる特定の考えをも土台にすべきではない。正義にかなう社会とは、各人が善き生に関するみずからの考えを選ぶ自由を尊重するもの。
○正義について考えるなら、われわれは否が応でも最善の生き方について考えざるをえない。
○道徳的な難問に遭遇すると、道徳をめぐる考察が自然に浮かび上がってくると知ることだ。
○道徳をめぐる考察は孤独な作業ではなく、社会全体で取り組むべき試みなのである。それには対話者―友人、隣人、同僚、同郷の市民などーが必要になる。
○ミルの『自由論』(1859年)は、英語圏における個人的自由の擁護論の古典となっている。『自由論』の中心原理は、人間は他人に危害をおよぼさないかぎり、自分の望むいかなる行動をしようとも自由であるべきだ。
○道徳は経験から生まれるのではない。道徳は世界からある程度の距離を置いたところに存在し、世界に対して判断を下す。科学の力と洞察によって、道徳的な問いに答えることはできない。科学は感性界でしか機能しないからだ。
○ゲームのルールによって、自分の才能から利益を得る資格が与えられているからと言って、自分の得意分野が評価してもらえる社会にいるということを当然と思うのは誤りであり、思いあがりでもあるのだ。
○難しいのは、適切なことを「適切な人に、適切な度合いで、適切なときに、適切な動機から、適切な方法で」することなのだ。
○選択の自由はー公平な条件の下での選択の自由でさえー正義にかなう社会に適した基盤ではない。
○人間に本来つきものの自然的義務と、合意の上で受け入れる自発的責務である。
道徳的責任の三つのカテゴリー
1 自然的義務:普遍的。合意を必要としない。
2 自発的責務:個別的。合意を必要とする。
3 連帯の責務:個別的。合意を必要としない。
○家族の責務 私は自分の親を選んでいない。親を持つことさえ、選んでいない。
○社会的慣行を市場にゆだねると、其の慣行を定義する基準の崩壊や低下を招きかねない。
○貧富の差があまりに大きいと、民主的な市民生活が必要とする連帯が損なわれる。富裕層は公共の場所やサービスを離れ、それらはほかのものには手が出ない人々に残される。
○言説の貧困化とは、一つのニュースから次のニュースへと渡り歩きながら、スキャンダラスでセンセーショナルで些細な事柄にもっぱら気を取られるようになることだ。

レビュー投稿日
2019年3月9日
読了日
2016年12月7日
本棚登録日
2016年12月7日
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