-「僕がどうして機嫌よくしていられるんだ。僕の人生の延長線上に親父が立ちふさがって、お前もやがてこうなるんだぞと威嚇してるんだぜ。こうやって親父を身近に眺めていると僕の体から蟇の油が滲み出るような気がする。やりきれない。実にやりきれない。」(P128 信利)
この作品は有吉佐和子が書いた介護文学の古典的名作です。初版は1972年に刊行されましたが、発売された当時はベストセラーとなり、後の高齢者福祉政策にまで影響を与えました。
この作品では認知症の舅を介護する嫁の姿を通して、認知症高齢者の実態や家族介護での苦労や葛藤が描かれています。特に、介護する家族の気持ちが克明に描かれていおり、読者が容易に追体験できる内容になっています。
例えば、冒頭の引用は夫(舅の息子)信利のセリフです。父親の変わり果てた姿を受け入れる事ができず、父親と自分を重ね合わせ、血の繋がりと老いから逃れられない恐怖を感じています。また、介護負担を強いている妻に対して負い目も感じているのでしょう。最後の「やりきれない」というのセリフは、これらの複雑な心境を表す端的な一言だと思われます。
この作品が出た当時はまだ介護保険制度がまだ施行されておらず、認知症も痴呆症と言われて理解されていなかった時代です。しかし制度や名称が異なっている他には、現代の認知症にまつわる話と何ら変わりありません。言い換えれば、老人性認知症の核心が描かれているということです。また、今でも解決されていない問題もあります。是非この本を読んで昔と今を比較してみてください。
- 感想投稿日 : 2011年10月22日
- 読了日 : 2011年10月22日
- 本棚登録日 : 2011年4月8日
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