悪意 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2001年1月17日発売)
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感想 : 1954
5

【感想】
10年ほど前に読んだ1冊。
大まかな内容しか覚えてなかったがとても面白かった記憶があったので、再読した。
オチや伏線はある程度覚えていたが、それでも尚、読んでいてすごく楽しめた「名作」である。

物語は、終始「容疑者の手記」と「刑事の記録」によって編纂されている。
刑事である加賀と、容疑者野々口のお互いの主観が入っているため、そういう意味では筆者によるナレーションが殆どなく、そのあたりが本作品の魅力と驚きを引き立てていた。
相次いで出てくる巧みなフェイク情報と、見事なミスリード・ミスディレクション。
それらがもたらすどんでん返しの連続に、舌を巻くどころか寒気すらした。
あとがきに、「叙述というものは、最初から呪術的な力を持っているのである。」という文面があったが、まさにそうだと合点がいった。

また、東野圭吾の作品で、どの作品にも共通して目を見張るのはやはり「タイトル」そのものだろう。
他作品と同様、「悪意」というタイトルはシンプルだけどとても適格かつディープで、これ以上ないセンスを感じた。
容疑者・野々口の自分勝手で残虐性あふれる「悪意」そのものが、この作品には溢れていた。

勿論本作品はフィクションだけど、人は人に対して、さしたるマイナスな理由がなくてもこれほど悪意を持つ可能性があるということを、自分自身しっかりと胸に秘めておかなくてはいけない。


※追記
「あらすじ」に記載してある「ホワイダニット」って何?と思ったので調べてみた。以下引用
ホワイダニットとは、「Why done it = なぜ犯行を行ったか」という意味のミステリー用語。
ホワイダニットタイプでは犯行の動機が丁寧に描かれることが多く、物語に厚みが生まれるのが特徴。
他に、犯人当てをするフーダニット(Who done it=誰が犯行を行ったか)というジャンルがある。


【あらすじ】
人はなぜ人を殺すのか。
東野文学の最高峰。
人気作家が仕事場で殺された。第一発見者は、その妻と昔からの友人だった。
逮捕された犯人が決して語らない「動機」とはなんなのか。
超一級のホワイダニット。
加賀恭一郎シリーズ


【引用】
p34
加賀教諭は、私がかつて教鞭をとっていた中学へ、新卒で赴任してきた社会科の教師だった。
彼もまた多くの新任教師と同様、気迫と熱意に溢れて見えた。

そんな彼がたったの二年で教職を捨てることになったのには、様々な事情が絡んでいる。
彼自身には何も責任がないが、人にはそれぞれ向き不向きというものがある。
教師という仕事が彼に向いていたかどうかということになると、首を傾げざるをえない。
もちろんこれには、そのときの世の流れというものも深く関わっている。


p86
野々口修は作家になったが、教師という職業について彼がどう思っていたかはわからない。
「教師と生徒の関係なんてのはね、錯覚の上で成り立っているんだ。
教師は何かを教えていると錯覚し、生徒は何かを教えられていると錯覚している。
そして大事なことは、そうやって錯覚しているのがお互いにとって幸せだということだ。
真実を見たって、いいことなんか何もないからね。
我々のしていることは、教育ごっこにすぎないんだ。」


p89
しかし私としては、この一時間ほどの経験は、書き足すに足るものだと思う。
印象深い経験を記録したいというのも、作家の本能だろう。
たとえ自らの破滅の記録であっても。


p272
私にしても、もうこれ以上調べることはないと思っていた。
野々口が工作した偽アリバイを崩し、日高との確執を明らかにすることにも成功した。
正直なところ、自分の仕事ぶりに自惚れさえ感じ始めていたのだ。

私の心に疑念が生じたのは、病室で野々口の調書をとっている時であった。
何気なく彼の指先に目を向けた時、ある考えが突然芽生えたのだ。
無視し続けられていたのも、長い時間ではなかった。
その奇怪な想像が脳裏から離れなかった。
実を言うと私は、最初に彼を逮捕した時から、間違った道に入り込んでしまったような不安を抱いていた。
それが今はさらに明確になっている。

私は自分の感覚を納得させられないまま、今回の事件に終止符を打ちたくはないのだ。


p276
・「禁猟区」の一節
『彼が恐ろしいと思ったのは、暴力そのものではなく、自分を嫌う者たちが発する負のエネルギーだった。彼は今まで、世の中にこれほどの悪意が存在するとは、想像もしていなかったのだ』


p340
いえいえ、あれは衝動的な犯行などでは断じてありません。
長い時間をかけて下拵えがなされた、恐るべき計画的犯行だったのです。

端的にいえばこういうことです。
野々口さん、あなたは長い時間と手間をかけて、動機を作ったのです。
日高邦彦さんを殺害するにふさわしい動機をね。


p355
あなたとしては日高さんを殺すにふさわしい動機を作り上げる必要があった。
しかしどんな動機でもいいというわけではない。
それが公表された時、世間の同情はすべて自分に集まり、逆に被害者である日高さんの人間性は地に堕ちるという性質のものを考えなければならなかった。
そうして考案したのが、日高初美さんとの不倫から、ゴーストライターを強いられるに至るまでのストーリーです。
うまくいけば、日高さんが発表した作品の真の作者という名誉さえ手に入れることができます。

あなたが執念を傾けて組み上げたプログラムは、日高さんが築き上げてきたものすべてを破壊するためのものだったのです。
そして殺人自体もまた、そのプログラムの一部に過ぎなかった。


p358
死を覚悟した時、あなたの心の中の封印が解かれたことを私は確信します。
あなたは日高さんへの悪意を抱いたまま、この世を去ることは我慢できなかったのです。
そしてその悪意を後押ししたのが、過去の秘密を日高さんに握られているという事実でした。



あとがき
p360
叙述というものは、最初から呪術的な力を持っているのである。
人間の「記録したい」欲望、また「記録されたもの」を真実と思い込む欲望とを幾層にも塗りこめた奇妙な味わいがある。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2019年3月28日
読了日 : 2019年3月28日
本棚登録日 : 2019年3月28日

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