大日本史 (文春新書)

3.82
  • (10)
  • (16)
  • (10)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 180
レビュー : 16
きのPさん お勉強   読み終わった 

【感想】
幕末から戦後まで、日本史をよりミクロな点で解剖したような内容の1冊。
佐藤優と山内昌之の対談形式で展開されており、二人の歴史観の深さには舌を巻いた。
ただ、ミクロだから仕方がないとはいえ、かなりマイナーな事柄や人物にスポットが当てられている描写も多く。正直とても読みにくくて難しい内容でした・・・・
だが、「西郷・大久保の対立軸」や、「アメリカ南北戦争勃発の経緯」、「第一次世界大戦勃発の原因が何故サラエボ銃殺だったのか」等、今まで知っていそうで知らなかった詳細も各所に見られ、その点は非常に勉強になった。

個人的に、明治末期から昭和史あたりが特に苦手な気がする。。。
政治と経済が豊かになって、またそれらが密接に絡み合うようになってきて、より複雑度を増しているからかもしれない。
政治と経済について、もう少し初歩的な学習が必要かも。
新聞の政治欄を読んでもあまりピンと来ないからなぁ。

また、当たり前かもしれないが。。。戦争や侵略は「資源」と「資産」を求めるが故に勃発するのだなとしみじみ感じた。
人類史のほぼ初期から、奪い合いの歴史は続いている。
その長い歴史を経た中で、今更「相手のことを考えましょう」「結果より過程を」等々、資本主義に反するような生ぬるい事は言ってられない・・・・

「歴史を学ぶことで深みと教養を与える」という点は非常に納得できるが、奥が深すぎるし細かすぎるので、ある程度は線引きする必要もあるのかも。


【内容まとめ】
1.ペリーの力ずくの対日外交の背景には、イギリスとの国際的海運競争という重圧があった。
アジアの市場を目指そうにも、当時は太平洋やインド洋には石炭の供給地がなかった。
そこでアメリカが目をつけたのは、日本の石炭だったのです。

2.アメリカ南北戦争について
リンカーンが歴代アメリカ大統領でも最も偉大な点は、リンカーンによってアメリカがひとつの国家として統合された点にある。
南部は綿花貿易で利益を得るために自由貿易に賛成し、北部はイギリスと競争する急速な工業化によって貿易保護を求めていた。
リンカーンは自ら最高指揮官として北軍の作戦を指導し、相手の軍隊ではなく生産拠点や居住空間を焼き払い、大衆の厭戦(えんせん)気分を誘う戦略手法を取った。
これは第二次世界大戦の都市大空襲に通じるものがある。

一方で奴隷解放宣言を出し、国際的に正義は北軍にあると印象付けた。
これは現代の国際PR戦争の先駆でもある。

3.征韓論 真の対立軸とは「富国」と「強兵」の対立。
国が富み、工業生産力を高めなければ、軍隊の強化ができない。
「とても外に攻めていける状況でない」という判断の元、「富国」を「強兵」よりも優先するというのが大久保の立場であった。
それに対して西郷は、廃藩置県で職を失った武士の雇用の問題をベースに主張。
不満を募らせた武装集団が暴動を起こしたら、どうやって収めるのか?西郷の答えは、その力を「外」に向けるしかないという「外征論」だった。

4.地中海で戦った日本海軍
第一次世界大戦において、陸軍はイギリスとともに東洋艦隊の拠点だった山東省の青島要塞を攻略する。
一方、海軍は南洋諸島だけでなく、地中海まで艦隊を派遣した。
この地中海派遣によって、戦後のパリ講和会議などでの発言力を増すことにつながった。

5.シベリア出兵
総計7.3万人を派遣し、約3千人の死者と2万人の負傷者を出した。
しかし当時の日本にとって、これは領土・利権・軍事につながる重要な問題だった。
樺太、満州、シベリアは、鉄道や石油という利権があり、それがアメリカとの対立を深めていった。


【引用】
p7
歴史が必要なのは、経営力や企画力の基盤と根拠を豊かにする上で大事なことであり、歴史を学ぶことで人間に深みと教養を与える。


p9
ルイ14世の寵臣、外交官フランソワ・カリエールの言葉
「事実や歴史に詳しいということは、交渉家が敏腕であるために大切な素養の一つである。何故ならば、理屈というものはしばしば不確かであるから、大抵の人間は前例に従って行動し、同じような場合にどうであったかを規準にして、決心するものであるから」


p28
・ペリーの力ずくの対日外交の背景には、イギリスとの国際的海運競争という重圧があった。
アジアの市場を目指そうにも、当時は太平洋やインド洋には石炭の供給地がなかった。
そこでアメリカが目をつけたのは、日本の石炭だったのです。


p41
・1861年 アメリカ南北戦争勃発
日本ではリンカーンというと、「人民の人民による人民のための政治」という言葉と奴隷解放で知られていますが、それだけではあまりに不十分です。
彼が歴代アメリカ大統領でも最も偉大な点は、リンカーンによってアメリカがひとつの国家として統合された点にあるのです。

南部は綿花貿易で利益を得るために自由貿易に賛成し、北部はイギリスと競争する急速な工業化によって貿易保護を求めていた。
リンカーンは自ら最高指揮官として北軍の作戦を指導し、相手の軍隊ではなく生産拠点や居住空間を焼き払い、大衆の厭戦(えんせん)気分を誘う戦略手法を取った。
これは第二次世界大戦の都市大空襲に通じるものがある。

その一方で奴隷解放宣言を出し、国際的に正義は北軍にあると印象付けた。
これは現代の国際PR戦争の先駆でもある。


p75
・征韓論 真の対立軸とは「富国」と「強兵」の対立だった。
国が富み、工業生産力を高めなければ、軍隊の強化ができない。「富国」が「強兵」に優先するというのが大久保の立場であった。
当時、新政府ができ海外列強と対峙するという重要な節目にも関わらず、それを支える財力がなく、ぜいせいども確立されていないので税収も乏しい。
とても外に攻めていける状況でないという判断だった。

それに対して西郷は、廃藩置県で職を失った武士の雇用の問題をベースに主張。
不満を募らせた武装集団が暴動を起こしたら、どうやって収めるのか?
西郷の答えは、その力を「外」に向けるしかないという「外征論」でした。


p82
明治3年、小松帯刀は34歳という若さで早世してしまう。
彼は旧幕藩体制でも家老というスーパーエリートでありながら、同時に革命家へと自己変革を遂げて、国と時代を変えた逸材です。

幕末において薩摩の藩論をリードし、島津久光をリーダーとしながら、藩政改革、倒幕運動、また武器商人のグラバーや英国公使ハリー・パークスとも交流するなど八面六臂の活躍を見せる。


p106
・ロシアのバルチック艦隊発見に関するエピソード
宮古島の漁師が北上する船団を発見、役所に駆け込んだが島には無線がない。
そこで無線のある石垣島まで170キロも舟を漕ぎ、電報を打った。
この逸話が示すのは、国民国家としての一体感の高さです。一介の漁師さえも、日露戦争を自分たちの運命を決するものだと理解し、コミットしていた。
顧みて現在の日本は、国民に一体感を与えられているのか?国民のコミットなしに、法律だけを作っても本当の安全保障は実現しないでしょう。


p121
・地中海で戦った日本海軍
第一次世界大戦において、陸軍はイギリスとともに東洋艦隊の拠点だった山東省の青島要塞を攻略する。
一方、海軍は南洋諸島だけでなく、地中海まで艦隊を派遣した。
この地中海派遣によって、戦後のパリ講和会議などでの発言力を増すことにつながった。


p129
・シベリア出兵
総計7.3万人を派遣し、約3千人の死者と2万人の負傷者を出した。
しかし当時の日本にとって、これは領土・利権・軍事につながる重要な問題だった。
樺太、満州、シベリアは、鉄道や石油という利権があり、それがアメリカとの対立を深めていった。


p137
第一次世界大戦の発端は、オーストリアのフランツ・フェルディナント皇太子がボスニアのサラエボで殺害されたところから始まる。
それがなぜ欧州、そしてロシアをも巻き込むことになったのか?
実はこの皇太子はロシアがバックに控えるスラブ民族運動に頭を悩ませながらも、スラブ人を含めた多民族国家に対して宥和的な考えを持っていた。
しかし、テロリストの論理として、あるグループの主張に対して許容の姿勢を見せ、穏健な立場をとればテロのターゲットにならないのではなく、むしろ穏健な立場の人間を叩くことで対立を煽るという構図もある。

レビュー投稿日
2019年6月28日
読了日
2019年6月28日
本棚登録日
2019年6月28日
5
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『大日本史 (文春新書)』のレビューをもっとみる

『大日本史 (文春新書)』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。

いいね!してくれた人

ツイートする