糸井重里が「自伝」とか「半生記」なんてものは
書くとは思わなかった。
僕の知る、糸井重里という人はこれまで独自の嗅覚で
自身が熱中できるものを見つけ、ブームを巻き起こす
❛現役❜の人。それだけに自身を振り返り、我が半生を
語る、そのことに驚き、積読本を脇に追いやり、
ネットで購入し、即本を開いた。
さて本書。映画1本を観るぐらいの時間で
読めてしまう薄い文庫本ながら内容は中々濃い。
重里という名の由来、
学生運動の蹉跌と中退、
突然あらわれていきなり凄腕コピーライターの誕生、
あの名作「おいしい生活」秘話、
矢沢永吉「成り上がり」の執筆経緯、
ジュリーのTOKIOの作詞で一躍時代の寵児の頃、
ゲーム「MOTHER」の開発、
インターネットとの出会い、
ほぼ日の開設、
ほぼ日手帳の大ヒット、
3.11ショック、
ジャスダック市場に上場…までを
丁寧に真摯に語る。
その半生を実に上手くまとめ上げたのが、
ライターの古賀史健氏。
何と言っても感心したのはその「文体」「語彙」
「表記」。いずれをとっても、糸井重里がほぼ日に、
1日も休まず書いているブログの文体と見まごう文体、
用いる言葉、漢字を使わず平仮名で表記する、
糸井重里自らが筆を執ったと思うぐらい文章の癖も
取り入れ、読者にストレスを与えないゆき届いた
配慮には恐れ入る。
読みながら頭に浮かんだのは糸井重里の
「人たらしの才」。
例えば、美味しそうに食べる人、
屈託なく笑う人の周りに自然と人が集うように、
糸井重里という人は自分では意識してないだろうけど、
何かに熱中している時の放射熱って
それこそ尋常じゃないんだろうな。
それを眺めていた人が、
「ちょっとそこ、僕にも手伝わせて〜」って言わせて
しまい、気がつけばお互いを認め合う関係にまで
昇華している、おそらくそのような関係がこれまでも
たくさんあったんだろうな。
その代表的なエピソードとして、セゾングループ総帥
堤清二を激昂させた新聞広告のキャッチコピー。
任天堂の元社長 故岩田氏との交流と変わらぬ思慕。
この話しに共通する「仕事を超えた濃密な関係」。
この大きな果実を生んだのは、人たらしの才だと思う。
いまだ語り継がれる伝説の広告キャンペーンの
プロデューサーは堤清二であり、
上場にまで成長したほぼ日の基盤システムを
デスクの下にもぐりこみPCの配線から
ひとりでやってのけた岩田氏。
本書には糸井重里がこれまでの人生の折々で
なにを見て、なにを考え、どう動いてきたのかが
書かれている。そう、半生記だからすべて過去
のことが書かれている。ただし、キムタクとの
バスフィッシング・徳川埋蔵金は除く。
糸井重里の過去を通史的に読みながら、
強く感じたのは、過去を振り返るということ。
ついついネガティブなことに取られがちだけど、
「人は過去からできている。自分の振りまいた過去が
今を作り、しでかした過去があるから今がある」。
そんなごくごく当たり前のことをしみじみと感じ
させてくれる滋味深い一冊であった。
- 感想投稿日 : 2018年7月10日
- 読了日 : 2018年7月10日
- 本棚登録日 : 2018年7月10日
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