このシリーズの好きなところ。小蔵屋の描写、コーヒーの薫りが漂ってきそう、目に浮かぶような器、お客がいる時いないときそれぞれの店内の描写、天候。私も小蔵屋ブレンドの試飲を楽しんで小蔵屋で豆を買いたい。お草さんの作る食事の描写。若者(久美と公介の恋愛の行く末)からお年寄り(老い、後継者問題)までそれぞれの世代が抱えるであろう悩み、街の開発などが上手く盛り込まれていていること。作者の社会問題、社会の状況に対する考えの描写。苦手なところ。所々の描写のくどさ、ミステリの肝心な部分で登場人物が混乱するような描写、今回だと”久”の女性とタカハシマートの社長と朔太郎の祖父、父の辺りが読みづらかった。そしてこれを書いてしまうとそもそもシリーズ成り立たないんじゃないかと言われそうだけど、なぜ草のところに問題が振ってくるのかわからない(要するに設定がちょっと)。今回ならなぜ草に無名の映画作品の作者をさがす依頼をするのか、フィルムコミッションには映画好きの人とつながっているだろうからいくらでもそちら方面で探せそうなのに。朔太郎の描写が幼すぎ。大学を卒業したとは思えない、高校生ぐらいにしか思えなかった。
とはいえここまでくると登場人物其々に愛着はあるし、何より久美と公介のことが気になっているので新作が出ると手に取ってしまう。なんだかんだ言いながらここまでシリーズコンプリート。
ところで、どうしてもわからなかったのが、p.114の表現。小蔵屋でFMからクラシックが流れる中常連に尋ねるシーン。
ー「あの、映画はお好きですか」 
 ドビュッシーを衝立がわりにした草の問いかけに、客の主婦が眉間を開いた。...
”衝立がわり”ってどういう意味だろう。辞書やネットで探してみたが出てこなかった。

2024年1月18日

読書状況 読み終わった [2024年1月18日]
カテゴリ 和書一般

2010年から2016年までの所謂文芸誌に掲載された短編集。川端康成賞受賞作の「給水塔と亀」を目当てに読んだが、正直この作品がわかるのにはもう少し年月を要する気がする。冒頭2作は読み進めるのに時間を要したが、「アイト-ル・ペラスコの新しい妻」から弾みがついた。ウルグアイのサッカー選手が再婚した女性と語り手の物語。何とうまくつながっていることかと感嘆。「運命」「地獄」の不思議な世界を堪能した後最後に表題作で大笑い。取りついた中で考えることやモノの見方が(この日と生きている時からこんなだったろうな)と思わせる。「運命」の登場人物じゃないけど三田さんが誰かにとりつくたびに(頑張れ)と思ってしまった。終わり方がまた良かった。

2022年9月2日

読書状況 読み終わった [2022年8月29日]
カテゴリ 和書一般

『群像』掲載の短編8作。掲載時期も、書かれている設定もバラバラ。読み進めても今までのように抜き書きしたい文章もなく、表題作を取ったと思われる3作目もあまり自分には合わないかなと少し残念に思っていたが、4作目で突然ツボに。ティボー(本作ではティボと表記)・ピノが出てきたのだ。ピノというのがなんとも絶妙。雑誌掲載時(2015)ならフルームやコンタドール、ニバリがいたろうに。これで興に乗って残りを一気に読了。良かったのは「メダカと猫と密室」と「フェリシティの面接」。津村さんは会社ネタの話が面白い。「フェリシティ...」はミステリっぽいところがよかった。事件が起きたわけではないけど『アンジェラとラファエル 文書係の事件録』のような世界観。

2022年8月16日

読書状況 読み終わった [2022年8月15日]
カテゴリ 和書一般

児童文学を殆ど読んでこなかったので指南を得たく手に取る。試験問題の解答に求められるような「作者は何を言いたいのか」ではなく、作品のテーマ、書かれた時代・社会背景、与えた影響などをから作品を位置付けていく。最後にタイトルの「冒険」の意味がわかりすとんと腑に落ちた気がした。これまでどちらかというと所謂”児童文学”が苦手だったのだが、この本のアプローチだと自分には読み易いなと思っていたら、「おわりに」で作者が書内に仕掛けたことの種明かしをされおっ、ともう一度立ち止まって最初からさっと眺め直した。第7章のコラムで英文学者でありながら英語によって得られるものと失うもの、母語で考察することの大切さに触れ、「おわりに」で言葉や文学の持つ力について念を押すように語っていることをきちんと受け止めたい。取り上げられた作品中特に『第九軍団のワシ』は読んでみたいと思っている。

2022年6月20日

読書状況 読み終わった [2022年6月20日]
カテゴリ 新書

中島京子氏初読み。評判の高いことが納得できる筆力を堪能、素晴らしい物語だった。旧帝国図書館、通称上野図書館の歴史と一人の女性の人生が交互に語られていく。是非物語の最後までじっくり味わって欲しい。喜和子さんの人生はとても数奇なものだったけど幸せだったと思いたい。最後の一節を読んで読み手自身が幸せな気持ちになれたのだから。旧帝国図書館の数奇な歴史は全く知らなかった。日本の歩みが語られているようでこちらも面白い。
文中「人生初の『たけくらべ』」について喜和子さんと「わたし」が語るくだりがある。「わたし」の出会いは『魔法使いサリー』だったというが私の出会いは『ガラスの仮面』。しかも文語調への苦手意識からいまだに作品をちゃんと読んでいないありさま。

2022年6月6日

読書状況 読み終わった [2022年6月6日]
カテゴリ 和書一般

紅雲町は日本社会の縮図のような町だ。今回の謎の中心にいる親子のありよう、中学校の生徒たち、校長...。自身の過去との葛藤を抱きながら現代社会に向かって物申すお草さん。これまでと同様スッキリとは終わらずもやもやとしたところが残るが、そこは読者に投げられたボールとして考えていくべきところなのだろう。百瀬家の人々それぞれの幸せを祈る。聖ちゃんはいいキャラだな。続けて登場して欲しい。中学校~写真~コーヒーがつながっていく展開が良かった。校長に対抗した町の人々あっぱれ。久実ちゃんは以前から感じていたけど発想や行動に子どもっぽさを感じる。もう少し肩の力を抜いたらどうだろう。一ノ瀬への気遣いがかえって逆効果になってる。
この著者はこれほどはっきり社会への見方を綴る人であったのだな。この部分は溜飲が下がった。シリーズを追ってきてよかったと思った。
さてこの作品でもう一つ気に入っているバクサン(ポンヌフアン)、今回は登場がなかったので次回に期待。

2022年5月27日

読書状況 読み終わった [2022年5月25日]
カテゴリ 和書一般

毎日クルコフ氏のSNSを見て無事を確認している。この本とは発売当時に出会い、私を新潮クレスト・ブックスへ導いていくれたうちの1冊(もう1冊は『朗読者』)。今手元にないので応援の気持ちを込めて購入。当時はペンギンと暮らすという設定に魅かれて読んだ。新聞の追悼記事を匿名で書く作家のヴィクトルとうつ病のペンギンのミーシャと妙な縁で預かることになった少女ソーニャとその子守として雇った娘ニーナの疑似家族的4人暮らし。私もペンギンに胸を膝に当てて甘えて欲しい。ヴィクトルに常に付きまとう死の影が作品全体にも不穏な影を落とす。当時はソ連崩壊直後の混乱と暗さを表現していると思って読んだが、今またウクライナはロシアの暴力下に。頁を繰り始めてすぐにキエフ、ハリコフ、オデッサと最近馴染みになってしまった地名が並ぶ。こんなに連日ニュースで見るようなことになるとは。そしてキエフ市内の大通りも。今どうなっているのだろう。クルコフ氏はペットの猫とハムスターと国内避難。キエフでは動物園に食料を持参したり、動物を引き取る市民が(それにしても豹って!)。クルコフ氏のツイッターに爆弾が降り注ぐ下にペンギンがいる絵が。一日も早く戦争が終わるよう祈る。

2022年3月9日

読書状況 読み終わった [2022年3月8日]

1946年、戦後の傷跡残るロンドンで結婚相談所を開設した二人の女性が顧客が巻き込まれた殺人事件の謎解きをするミステリ。時代設定も雰囲気も軽い方の京極と言った感じ。軽いタッチであっという間に頁が進んだ。シリーズ化を見込んでの第1作という感じで、本作は謎解きよりも主人公の女性二人の過去に絡む話や登場人物の人となりの記述が多め。階級の話がそこかしこに出てきてクスリ・ニヤリ。戦後のロンドンの雰囲気がとても良く伝わってくる。犯人はさほど意外性もなく、周辺の出来事をごちゃごちゃ描き過ぎている感あり。この世界観に入ってシリーズを楽しむ作品だろう。邦題の付け方もそんな感じ。既に4冊(3冊?1作がシリーズと書かれていないけど登場人物はこの二人)出版されているらしい。是非続けて翻訳をお願いします、東京創元社さま。283ページ、「女王とふたりの王女たち」とあるが、これは現女王エリザベス2世とマーガレット王女とエリザベス皇太后のことだから女王のところは王妃の方がわかりやすいのでは。もちろん女王でも間違いではないけど。訳者が後書きで著者の顔写真もHPもブログもないと書いているが、顔写真付きプロフィールを載せたサイトもある。あの写真はフェイク?この頃のことを書かれた記述を読むといつも思うのだけど、ストッキングってそんなにしてまで手に入れたいほどのものなんだろうか。

2022年3月4日

読書状況 読み終わった [2022年3月3日]
カテゴリ ミステリ

犬神家をベースに日本の戸籍制度の変遷について学べる一冊。横溝・角川・市川崑監督シリーズを楽しんできたものとしては手に取らずにいられなかった。2章目までが読み進め辛かったのは著者が「映画では犬神家の複雑な家族関係がわからない」と色々と説明を試みるが、76年の映画では全く問題なく血縁関係などわかったのでまどろっこしかったためだろう。犬神家の事件の設定と日本の戸籍制度の変革が絶妙なタイミングであることは面白い。76年の映画でその複雑な部分、特に青沼菊乃・静馬親子に関する部分は改変されてしまっているが。また犬神家よりも横溝正史自身の家族関係の方が事実なだけに興味を惹かれた。戸籍から読み解ける男尊女卑、家族内の序列・差別、日本の家制度のありようについて考えさせてくれる一冊。
著者がこの経歴で非正規雇用という事で日本の大学事情についても考えてしまった。

2022年2月14日

読書状況 読み終わった [2022年2月14日]
カテゴリ 和書一般

初めての中谷宇吉郎。北大に赴任し、雪を見て結晶の研究をしようと思ってしまうところが研究者なのだなぁと納得。恩師の寺田寅彦に示唆された線香花火の研究の下りも面白い。中谷の中でも知られたエッセイを集めている一冊なのだろう。研究から行政、子どものと思い出まで様々な内容が読めて面白かった。ただ初出がなかったのは残念。全八巻の全集に当たるしかないのか。

2022年2月6日

読書状況 読み終わった [2022年2月5日]

三部作最終話、クレムの成長物語。彼から見たラングストンやライモンとの日々も描かれる。2人に比べたら家庭や学校生活がきちんとしていて、実は小学校では飛び級で進学しているほど優秀なクレム。でも家では戦争時の任務遂行中に死亡した父親の不在が母と二人の姉とそしてクレム本人にも影を落としている。母が学がありながら事務職につけず白人家庭の家政婦になるしかなかったのは当時の黒人の状況を表している。物語がとてもゆっくりと進んでややもどかしさも感じたが、クレムが自我を獲得していくまでにここまでの歩みが必要だったと最後は納得。三部作を通して20世紀前半の米国の黒人に関する諸々を学べたのも収穫だった。

2022年2月6日

読書状況 読み終わった [2022年2月5日]

科学エッセイを読む参考にしたいと手に取る。が、結局チェックしたのは4冊のみ。映画も「はじめに」で「スローターハウス5」が紹介されていたので(これは)と期待したが数も少ない上「スターウォーズ」のような大作だったりとやや期待外れ(「ガタカ」を期待していたのよね)。エッセーもさらさらっと書かれていて話のさわりは聞いたことがあるものが多かったが、今一つ頭に残りにくいのは当方の浅学故か。あちこちに書いたものを集めたというけど筆致のトーンは統一感あり。後書きが2020年師走なので、メアリー・アニングを取り上げていても丁度そのころ海外で公開された映画(アンモナイトの目覚め)が紹介されてないのはやむを得ないのか。注は単に出版、映画公開のものが大部分だったので頁末より文末に各章で取り上げた本、映画それぞれをまとめて載せたほうが分かりやすいのではと思う。
山本美希さんのイラストがいい。装丁の明るいレモンイエローと青いトーンのゴジラらしき着ぐるみを着てガリガリ君?を食べる人のイラストの色調があってる。装丁の大倉真一郎氏は最近表紙を見て(おっ)と思う本を手掛けている人だった(例えば『南極探検とペンギン』)。これから要チェックだわ。

2022年1月17日

読書状況 読み終わった [2022年1月14日]
カテゴリ 和書一般

ラングストンにとっては乱暴ないじめっ子しかなかったライモンにも彼自身の事情があった。生まれてすぐに母が去り、父は収監されて悪名高き農場で働かされ、祖父母に育てられたライモン。音楽を教えてくれた祖父を失い、ミシシッピーの故郷から叔母夫婦のいるミルウォーキーに祖母と移るが、病気が地の祖母の世話のため貧しい生活のでろくに勉強もできない。そんな生活の中で知り合った床屋のユージーンが心の支えとなるが、祖母の病気が悪化しシカゴにいる母が迎えに来る。夢にまでみた母との生活だったが、母の結婚相手に家庭内暴力を受け、祖父の大切なギターも壊される。何より悲しかったのは、祖母が言った通り母は母になるべきではなかった人だったこと。ライモンがロバートにベルトで撃たれている時に母が寝室から出てくるが声をかけるのは「ロバート?」。”Not Lymon?"(ライモンじゃないの?)というモノローグが悲しい。読みながら何回涙ぐんだろう。何度も会いに来てもすぐどこかへ行ってしまう父には、会えてもまたいなくなってしまうのではとの不安がつきまとう。乱暴ないじめっ子のライモンはとても孤独な少年で、彼の支えは祖父との思い出と共に過ごした生活の中で養われた音楽のある時間だった。声高に語られるわけではないが著者は後書きで特に黒人への取り締まりの差別についての思いを述べており、Prchman Farm、サッチモの曲、Arthur J Audy Homeなど実在する人物や事物が出てきて黒人やマイノリティの環境を知ることができる。さぁ次は思慮深そうなクレムの物語を手に取ろう。

2022年1月7日

読書状況 読み終わった [2022年1月7日]
カテゴリ 洋書

「病、市に出せ」ということばは鷲田清一氏が『折々のことば』で紹介されたときにとても気に入り、今も新聞の切り抜きをメモ帳に挟んでいる。その際参照されたのが本書。自殺予防因子をつきとめると同時に多発地域での比較と原因解明も行いフィードバックしていく。調査を通じ著者はどうやったら自殺が減らせるかということでなく、どんな世界で生きたいか、より「生き心地」がよくなるかを考えていくことで答えが見いだせるのではないか(p.173-174)と説く。まさにその通りだと思う。本書は自殺予防を考えることから一歩進めて日々の暮らしやすさ、コミュニティの在り方なども考えさせられた(「絆」の連呼とかどうもね)。お堅い論文の内容のものと思っていたのだが、研究のとっかかりから手法、途中経過、自身の経験も含め、非常にかみ砕いて書かれていた。大学の教科書や同分野を研究したい人にも入門書として最適だと思う。
著者が見つけた5つの自殺予防因子「いろんな人がいてもよい、いろんなひとがいたほうがよい」、「人物本位主義をつらぬく」、「どうせ自分なんて、と考えない」、「「病」は市に出せ」、「ゆるやかにつながる」(第2章より)。旧海部町の方々はよそから来た人には「賢い」と映るようだが、生き様がさばさばしていて大人(mature)だと思う。

2021年12月29日

読書状況 読み終わった [2021年12月29日]

朝ドラでとりあげられていたので。ドラマ内では「善女のパン」。出だしでほぼ落ちは見えたのでどこかで読んだか聞いたことがある話だったんだろう。ドラマではこの物語をどう使ってくるのか楽しみ。

2021年12月27日

読書状況 読み終わった [2021年12月27日]
カテゴリ 青空文庫

科学エッセイ、著者の言葉を借りれば科学奇譚集。知的刺激に浸りながら読了。といっても前段の「天空篇」「原始篇」「数理社会篇」はどこまで理解できたやら。「倫理篇」の夢や言語、奴隷制社会、「生命篇」の遺伝子に関する逸話、蟻の社会の仕組みと知能への驚き、蝶の翅、渡鳥の逸話などで(数式が出てこなくなったおかげか)やっと少しは追いつけてるかなと言ったところ。文章が平易で読み易く、装丁も挿絵も素敵で、棚に置いて繰り返し読みたくなる一冊。

2021年12月22日

読書状況 読み終わった [2021年12月21日]

クイーンの日本での様子がわかると手に取った。セットリスト、使用機材、ポスター、チケットの写真情報は充実。ライブの写真はほとんど武道館。写真が大切とはいえコメントの文字が小さくて往年のクイーンファンは老眼で読むのが大変w 2019年出版なのにコメントでやたら足の長さに言及しているのも昭和っぽい。そういう編集部なのか、シンコーミュージック。

2021年12月20日

読書状況 読み終わった [2021年12月20日]

『たかが殺人じゃないか』の時も思ったけど、作者はこの昭和の戦前、戦中の日を書き残したかったのではないか。原題に対して警鐘を鳴らしたいのではないか。それをミステリという形をとって送り出したのではないだろうか。謎解きよりも、作者が綴る当時の世相・情景・空気感を読むことを楽しんだ。一つ悔いたのは出版順に読みべきだったということ。こちらを先に読んでいたら『たかが...』での那可一兵、別宮操にもっと驚愕しただろう。
もう文庫本になってしまっているので遅いが、登場人物名は冒頭の一覧でルビ付きにして欲しかった。語尾のカタカナ表記はやっぱり苦手。そして『たかが...』同様当節使われなくなった熟語のオンパレードで、1ページで10回くらい辞書を引いたことも(堀江敏幸の著作をよりも辞書を引く回数が多かった)。

2021年12月20日

読書状況 読み終わった [2021年12月19日]
カテゴリ ミステリ

セメント工場で起きた悲劇的な事故に関連してこの作品に言及している人がいたのを見て。内容は現実の事故とは異なり、幻想ともホラーともいえるような内容。主人公が語る男性なのか、手紙を書いた女性なのか。二人ともなのか。それとも不条理な世の中なのか。短い中に不思議な世界が凝縮されている。

2021年12月15日

読書状況 読み終わった [2021年12月14日]
カテゴリ 青空文庫

いつものごとく、著者が書物や絵画などのちょっとしたきっかけから思わぬ方向へと連想をし、膨らませてくれるあれこれ、あるいは他で聞けないような体験談に浸る。それらは著者が身体内で湯煎(bain-marie)させ、聖女バン・マリーへあてた手紙のように紡いだエッセイ群。この著書の姿勢からくる文体がこれまで以上に肌に合ったのか本書はこれまでにも増して再読を繰り返したくなる一冊。微温状態の、どこか不吉な塊を残したそれらを牛乳を噛んで飲むように読み進めた。著者がこの先もバン・マリーへの手紙を書き続けてくれるのを読者として追いかけていく。デスモスチルスに関する一編は日本で一番喜んだ読者であろうことをここに宣言しておきたい。

2021年12月13日

読書状況 読み終わった [2021年12月9日]
カテゴリ 和書一般

コンサートホールも楽器なのだ。音響設計家という職業を初めて知った。世界各地の名だたるホールで音響設計を担当する一人の日本人についての一冊。多くのマエストロや建築家とのやりとりはさすが新聞記者だけあって読ませる。ゲルギエフの「東京、札幌とウラジオストクの間に、音楽の橋をかける」(p.86)構想が実現されて欲しい。hitaruがバレエ団とオペラ・カンパニーを持つことができたらすばらしい。コロナ禍でクラシック音楽の演奏を取り巻く環境も変わったが、そこでも試行錯誤についても記されており、時宜を得た一冊にもなっている。後年文庫化など版を変える際は現時点で構想段階のものやコロナ後の状況などを増補して欲しい。ただ前半はサクサク読み進めたが後半、特に第6章辺りは前半と同じ内容が繰り返されたり「響き」に拘り過ぎてか同じ内容を言い方を変えた文章が並んでいて読み進めにくかった。勿論響きも大切だろうけど、自分はここではどちらかというと音響が決して良くない例で挙がっているバービカンや名前は上がってないがRAHのPromsなどでも忘れられない感動を得てきた。その場で、その日でしか得られない感動というのはある。こればかりはバレンボイムの例えではないけど晴れの日もあれば雨の日もある。

2021年11月30日

読書状況 読み終わった [2021年11月29日]

宮本輝『いのちの姿』で取り上げられていたので読んでみたが、既視感のようなものを感じ、(これは堀江敏幸氏が『傍らの人』で取り上げていてもおかしくないんじゃ)と思って確認したら取り上げられていた。堀江氏の本で読んだ気になってしまっていた。あらためて読むと20代で書いたとは思えない他者を見る目の豊かさを感じる一方で最後の一文が落語のサゲのようでフッと笑いを漏らしてしまう一作。

2021年11月24日

読書状況 読み終わった [2021年11月24日]

先日単行本で読んだが未収録作品を読みたく早々に手に取る。うん、この未収録分は読まなければ。著者の子どもの頃の様々な体験の中でもまた特異な出来事が記されている(「トンネル長屋」)。またこの未収録分を読んで一層なぜ本作のタイトルに『いのち』とあるかがよりわかる。既読分も改めて堪能。知り合いの発行する無料配布誌に頁の制限もなく書いたとあって素の死の姿が出ていると思う。単行本に挿し挟まれていた加藤静允氏のイラストが履いてないのは残念。

2021年11月24日

読書状況 読み終わった [2021年11月24日]
カテゴリ 和書一般

タイトルからイヤミスかと思ったがそこは津村記久子。と言ってすごく温かい気持ちで読了という訳にもいかないけど。この作者にこそ「世界の片隅で」という言葉が似合うのではないか。日本のどこにもありそうな、都会ではないけど田舎すぎるところでもない市井の人々を描かせたら今一番ではないのか。どの家の家族(独り者も含めて)の描写も、(いるよなぁ、こんな感じの人)と言った人が集まっているとある路地に起こった数日間の出来事。過去とも絡みながらそれぞれの暮らしや関係にもたらす変化。上手い構成だった。悪意のある人もいるけど完全な悪人としては出てこないのでそこはホッとする。ただ途中までは読みづらくて何度も最初の各家の配置図と最初の各家のあらましが書かれたパートに戻って苗字と名前と置かれた状況を確認した。文庫化する時には登場人物一覧をつけたほうがいいと思う。名前が漢字で書かれていることに逆に違和感を感じたところも。カタカナでもいいです、津村先生。名前の表記の規則は読み取れなかったけど(例えば恵一がノジマだったり恵一だったりするのは何故なのかわからなかった)。
津村作品にはほぼ必ず笑ってしまう表現があるんだけど、本作で一番笑った箇所は、洗濯物が盗まれたことを尋ねる山崎正美の描写を丸川明が例える箇所ー「病院で働いている男の人が着てるような、医療用の白いユニフォームの上下とかは届いてませんでしょうか?」「いえ、いや、来てないですよ」山崎さんの指定はとても具体的で、まるで「元号が変わったことをご存知でしょうか?」とでも言っているようで、自分がそんなものの行方を一切知らないことに疎外感を覚えるほどだった。(p.193)
津村作品では登場人物にタイトルを言わせるのがお約束なんだろうか。「…つまらない住宅地のすべての家の人がここに訪れた様な気がした。」(p.201)。ところでこういう路地って町内って言わないのかな。自治会という描写は出てきたけど。

2021年11月22日

読書状況 読み終わった [2021年11月21日]
カテゴリ 和書一般
ツイートする