一度きりの大泉の話

  • 河出書房新社 (2021年4月22日発売)
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本棚登録 : 1163
感想 : 137
5

シガー&シュガーさんによる手厚い感想に完全同意するので、あまりくだくだしく書かないようにするが。

本書刊行で界隈は俄かに熱くなり、その余波によるラジオやレビューなどでいわゆる「ネタバレ」をチラ見しつつも、可能な限り萩尾全作品祭りを行ったあとで読もう、と自制していた。
のを、祭り終盤を迎えたこのたび、読んだ。
もちろん竹宮惠子「少年の名はジルベール」は予習済み。
ところで萩尾祭りの最中に増山法恵さんご逝去の報せを竹宮惠子ブログで知り、その後に「変奏曲」を読めたのは、云い方は悪いがタイミングがよかったという他ない。

本書、感想を一言で言うなら「凄い」。
何が凄いかといえば二方向ある。
まずは証言そのものの鮮烈さ。
次に、この本で開陳された証言によって関係者・読者・ファンに齎された磁場の強烈さ。
磁石実験を図示したときのように、ぐにゃりと歪み、言論が次々投げ込まれる……。

折りしもなのか、萩尾望都の戦略なのか、城章子や編集者の策略なのか、知らないが、竹宮惠子が「扉はひらく いくたびもー時代の証言者」(2021.03.20)という本を刊行した直後に本書が登場(2021.04.21)。
皮肉にも「いくたびも? いや一度きり! バタンッッ!!」という凄まじい音響を残して、「扉」は一切動かなくなった、のではないか。
下種の勘繰りだが、萩尾望都が主に描いている小学館で「少年の名はジルベール」が出版され(裏切られた感)、「扉はひらく いくたびも」は中央公論新社、本書は河出書房新社、と、両者の手を引っ張る編集者の「真っ黒い手」を幻視してしまう。

本書を読み始めたとき、
萩尾age、竹宮増山sage、と見做したり、
萩尾=天才=モーツァルト=現役=正義、竹宮=秀才=サリエリ=学長=悪、増山=ワナビー、とキャラ付けしたり、
「天才を前にした竹宮先生の気持ちのほうが判る」といった安易な連想や感想を抱いてしまったりした自分は、
正直、いる。
が、それだけではないだろう、そんな安直なものではないだろう、軽々しく整理してはいけない、と自戒しながら読み進めた。

全然関係ない連想だけど、太宰治が「冬の花火」で「劇界、文学界に原子バクダンを投ずる意気込み」と書いていたのを思い出した。
発表は1946年だから、直後にバクダンと書いたときの、上擦った口調を想像できる。
じゃあ萩尾望都も、ジル本やマスコミからの取材にビビッドに反応して、投げますATOMIC BOMB!! と炸裂させたのかと言ったら、決してそうではなさそう。
むしろ、徐々に、静かに、沸々と湧き上がってきた怒りが、ブクブクブク……ついに沸点! という本なのだと思う。
しかも怒りをあからさまには開陳せず、極力押し込めて提出する……今まで大泉やら24年組といったフレーズを取材者が出してきたときに、やんわりと応対していた大人な延長線に態度を置いて、大変クレバー。
もちろん「お付き合いがありません」「知りませんが」、「あちら」「OSマンションのほう」、といった突き放した言葉づかいをすることで、冷たい怒りといったものを実現する、言語センスの高さ。
また言語センスといえば、後半でドドド……と披露される「死体」「永久凍土」「排他的独占愛」といったフレーズの、ポエジーと的確さの両立。
で、本書刊行の理由はただ一言、「無用な取材は今後一切受けません」という機能的な宣言。
……いや凄い本だ。
凡人が書けば嫌味や拒絶一色になりかねないところを、詩的言語を用いてやんわりと、しかし絶妙かつ端的に、相手を刺す!

一言で表した「凄い」は「怖い」でもある。
本書終盤で萩尾望都は、
「考えの足りない人間だからこそ、不用意に人を傷つけるようなことをしないようにと用心します。
私は人を傷つけたくない優しい人間なのではありません。
意識的に人を傷つけることもできます。
意識的な時は、覚悟を決めて傷つけます」
と、言う。
この怖さ。
これをそのまま「宣戦布告!」と見做すのは早計だが、「私を物語の登場人物として消費しないで!」という鮮烈な訴えで、本書は成り立っていると思う。
竹宮惠子が「少年の名はジルベール」においてたった一行で済ませた記述を、引っ繰り返すため。
そして全体を通して、花の24年組、大泉サロン、少女漫画版トキワ荘、少女漫画革命、などなどなどの神話化=歴史化=物語化に、圧倒的な「ノン」を突き付ける、強烈さ。
このノンの一言で、50年付いてきた読者(萩尾も好きだし竹宮も好きだし)が、どんなふうに戸惑っても、半世紀続いてきた夢うつつの幸福がどれほどズタズタになろうと、どうでもいい、私は私の漫画を描く、という強烈な宣言でもある、と思う。
私は傀儡じゃない、傀儡の操り手を信じて私を犯さないで! と、新参者として物語に参入してしまった者への強烈な平手打ちを、喰らわせる。……やはり怖い。

そして本書が凄いのは、遥か上空で繰り広げられる神々の遊びだと、別世界のように思えない、対人関係に懊悩した経験のある人なら全員感じ入るものがある記述に満ちているということでもある、と思う。
コンセプチュアルでエッジの効いた証言こそが、対人関係の真実を浮き彫りにする、という、やはりATOMIC BOMB!! のような本。
こんな本、あまりない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 漫画
感想投稿日 : 2021年11月10日
読了日 : 2021年11月10日
本棚登録日 : 2021年10月31日

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