永遠の0 (ゼロ)

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本棚登録 : 1888
レビュー : 417
著者 :
高森誠治さん 現代小説   読み終わった 

さて、『永遠の0』である(ネタバレあり)。映画を見に行く予定ではあったものの、待ちきれないのとこれに1500円も払いたくなかったため、本を読むことにした。しかし、わざわざ買うのも癪だし、本棚においておきたい類の本ではない。しかし、この本は売れると踏んでいるのか、古本屋も安売りしようとしないし、Amazonの中古も高い(500円も払いたくない)。そこで、ツタヤの貸本で、借りてきて、ザーッと読んだ。100円だった。
端的に結論を述べると以下の⑥点
①宮﨑駿の言うとおり嘘八百のゼロ戦神話
②別段新しい読み物というわけでもない
③今までの軍事系の作品を鑑賞したほうがマシ
④ぼくのかんがえたさいきょうのれいせん
⑤後知恵で上層部批判すんなよ
⑥ニワカに受けただけ
こういう書き方をしている以上、僕がどんな評価しているかわかるだろう。宮﨑駿は「神話の捏造」と評価したが、僕も大筋は変わらない。まさに巷間に出回っているゼロ戦(僕は敢えてゼロ戦と呼ぶ)物語の集大成とでも言うべき内容だからだ。取り立てて新しいことは何も書いていないし、特段新しい視点も、解釈も、何もない。ゼロ戦に関しても人口に膾炙される内容である。長大な航続距離、優秀な格闘性能、低防御力。しかし・・・そんなに格闘性能推しするんだったら、ゼロ戦よりも96式戦の方が強いだろうし、複葉機のほうがもっと強い。旋回半径はゼロ戦よりもずっと小さい。とある軍オタに「ゼロ戦ってのはね、まともに飛行機を作れないと思われていた日本がそれなりに使い物になるものを作れたっていう評価が妥当なのよ」と言われたが、もっともだと思う。別の例えをするなら、数学者の議論をしている時に、小学生がやってきて、数学者に「1たす1は?」と聞いて、数学者が「2」と答えると、「ぶぶー!田んぼの田だよー!数学者のくせに分かんないのー?」といったもので、ガラパゴス化した日本の極致をいった戦闘機なのだ。イギリスで言うんだったら複葉雷撃機ソードフィッシュ(急降下攻撃も可能でレーダーも積めるすごい複葉機、もちろん大好き)みたいなものか。世界では一撃離脱の高速戦闘が進む中で、日本は複葉機のような格闘重視の戦闘機を投入したから、当初連合国は対応に手間取ったというわけである。イタリア空軍といい勝負なのではないかとも思ったが、イタリア空軍に失礼である。
この本のテーマは「臆病者と揶揄された自分の命を大切にするパイロットがなぜ特攻に志願したのか」である。特攻隊を扱った作品は多い。古くは『紫電改のタカ』から『ザ・コクピットシリーズ』、映画では『連合艦隊』がある。大体どの作品も「お前だけ逝かせはしない」という実に日本人らしい動機(海外の戦争映画を見ても、戦史を紐解いてもそんなワケノワカラナイ動機で決死の作戦を行うことは無く、日本人特有の現象なのではないか、と考えている。)で特攻を決意するのであるが、その感情あるいは価値観をつきはなして考えた、あるいは、描写したような作品はいまだ見たことがない。そういうわけで、今回『永遠の0』ではどうなのか期待して読んだが、相変わらずの動機で呆れた。
僕が感じたのは、わざわざこの作品を書く必要がどこにあったのか、という点である。そんなに特攻隊の物語を鑑賞したければ『紫電改のタカ』や『連合艦隊』を見ればいい。特に『連合艦隊』については、レイテ沖海戦の少年兵が整備兵に挨拶するシーン、慣れない手つきで発艦するシーンは涙なしには見られない(その少年兵は特攻するのだが・・・そこも泣いてしまう)。より極論するならば、『連合艦隊』を限りなく薄めたような内容だった。そういっても『連合艦隊』に失礼だとすら思う。ちなみに、現代人がルーツを辿ろうとして、「おじいちゃん」の話を聞くというプロットは『男たちの大和』しかり、『真夏のオリオン』しかり、使い古されている。
 同時に僕はズルいとも思った。というのは、百田尚樹は自分の考え、あるいは評価を太平洋戦争に参加した兵士の回想に混ぜ込んで語らせている点である。この証言おかしいだろ、とツッコミをいれても「いや、生き残った人が語らせている内容だから」という口実を与えているのである。新聞記者高木もひどい。ぼくのかんがえたわるいさよくと、ぼくのかんがえたさいきょうのれいせんを書いているようにしか見えない。リアルではない。まるで国士病をこじらせた中学生の軍オタが好きそうな内容。
以下、僕がうーんと思った箇所を挙げていく。あ、軍オタ的なツッコミなので、無視して読み飛ばしてもいいよ。
・もし「バトル・オブ・ブリテン」でゼロ戦があったらイギリスは大変なことになっていた(愛蔵版53頁)
→ゼロ戦がスピットファイアMk.IXに勝てるとは到底思えない。メッサーシュミットもフォッケウルフも相当苦戦していたし。

・珊瑚海海戦でアメリカは空母1隻大破、1隻沈没だったのに対して日本の被害は空母「翔鶴」が大破しただけで日本海軍に軍配が上がった(愛蔵版75頁)
→日本も空母「祥鳳」を失っているはず・・・。
・無傷だったにも関わらず、瀬戸内海でのんびり休養していた「瑞鶴」(愛蔵版87頁)
→第五航空戦隊は「翔鶴」「瑞鶴」の2隻で成っていて、「翔鶴」は損傷していたはず。「瑞鶴」にしても、珊瑚海海戦の補充は済んでいたのか?
・退避してよい場合として「ゼロに遭遇した場合」(愛蔵版114-115頁)
→これ、よく聞く話だけど、出処はどこよ
・ガダルカナルに日本軍が滑走路を完成させるまで待っていた(愛蔵版135頁)
→別に待つ必要は・・・米軍はその後僅か数日でもう1つ作ってるし。
・アリューシャンに不時着したゼロ戦を鹵獲してアメリカはビビった(愛蔵版165-166頁)
→ビビっただろうけど、それは大した技術を使っていなかったからで、すでにその頃には対ゼロ対策は打たれてた。
・ハルトマンらドイツ空軍のエースが200機以上撃墜できたのはドイツ上空で戦っていたから(愛蔵版167頁)
→ドイツ空軍のトップエースが活躍してたのはロシア上空ですが。
・ゼロ戦のエンジン『栄』は日本製。この優れた発動機を作ったのは日本人(愛蔵版209頁)
→アメリカのワスプエンジンを独自に改良しただけだった気が。
・日本が戦後復興できたのは、宮部ら兵士たちが尊い血を流したから
→そう思いたいんだろうけど、論理的な因果関係は存在しません。
・昔の日本人は暖かい心を持って、人助けをしていたが、今の日本人は民主主義と繁栄によって「道徳」を奪われた(愛蔵版275頁)。
→こういう話がある。
戦時中の日本の電車の中はひどいものだ。つり革でも椅子のクッションもみんななくなっていった。盗みが横行しているのであろう。先日も銭湯で私も靴を盗まれた。こういう盗難の話は最近非常に多い。(清沢洌『暗黒日記』よりうろ覚え)
温かい心、ねえ・・・。
・真珠湾攻撃のだましうちは大使館の連中のミスのせいで云々(愛蔵版287-288頁)
→そもそもイギリスに宣戦布告しようとしてたっけ?
・特攻隊と自爆テロは違う!(愛蔵版328頁)
→確かに、教信者でない、といういみでは違うけど、やり方的には同じじゃない。
・高オクタンのガソリンを入れると四式戦闘機はP51よりも高い性能を・・・(愛蔵版338頁)
→稼働率50%以下の四式戦闘機、大東亜決戦機(笑)が何を言う。
・ゼロ戦の悲劇は、後継機が育たなかったこと(愛蔵版341頁)
→著者が大したこと無いと言っているスピットファイアは改良に改良を重ねてMk.XXIVでは戦後も運用されているが。発展性のなさも原因では?
・「大和」の特攻云々(愛蔵版377頁)
→ええ、犬死にだと思います。本土への穀物輸送船団の燃料を抜き取った上に犬死にとか。
等々あげていくときりがない。
さらに、百田自身の作戦の評価もひどい。なぜ真珠湾で第三次攻撃を行わなかったのか、なぜ栗田艦隊は反転したのか、なぜ第八艦隊はソロモン海戦の後にガダルカナルに突入しなかったのか、みな弱腰じゃないか、と。それは、どう考えても後知恵である。百田が考えているほど当時の軍エリートは馬鹿ではない(愚かである側面はあるけど、それは百田の考えているバカとは違う)。などなど、挙げていけばきりがない。
では、なぜこのような本が売れたのかという疑問がある。実際近年右傾化しているという問題はあるわけで、右傾化と親和性の高い日本軍神話がもてはやされる下地はできている。加えて言うならば、そもそもミリタリーモノは市民権を得ておらず、注目を引くことが少なかった。それが右傾化に伴って市民権を得始めたために、取り立てて優れたものでもない本がたまたま売れただけにすぎない。要は本を書いたタイミングが良かっただけである。
以上の理由により、僕は高い評価をつけることが出来ない。かといって手を触れたくないほどイヤかというとそうでもない。こういうのがウケている背景を考察する一助にはなった。

レビュー投稿日
2014年1月13日
読了日
2014年1月13日
本棚登録日
2014年1月13日
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