▼残り少ない、丸谷才一さんの未読小説。サスガ、という出来でした。ズシンと来ました。
▼舞台は1960年代(書かれた同時代なのかな)。戦後20年くらいかと。主人公の男性は40代。都内の、恐らくとある私立大学で事務職員をしている。課長補佐である。次期課長候補のひとりになっている。本人はギラついていないが、ギラギラした競争に巻き込まれ気味。繰り返しますが戦後20年くらいです。つまり、40代の男性は多くが戦争経験者。なんですが、主人公は「徴兵忌避者」という過去があります。
▼主人公はインテリ大学生だった。戦争に批判的だった。友人のやはりインテリ大学生が、入営していじめとしごきに耐えかねて自殺した事件があった。色々考えて、「この戦争は不毛だし、軍隊はいじめの構造だし・・・」。一念発起して、家族にも黙って、徴兵忌避。つまりは住所不定無職の逃亡者となって、名も身分もいつわり、行商者として日本各地を放浪して生きていきます。終戦まで、およそ5年くらい。
▼徴兵忌避逃亡は大罪です。官憲の目を逃れてサスペンスな歳月。不安で疲弊する日々。その上、「自分の代わりにたれかが入営して、戦争に臨み、殺したり死んだりするのか」という呵責。そして「家族は非国民と呼ばれて塗炭の苦しみなのでは」という苦悩。
▼ともあれ、無事に終戦まで逃げ切ったんです。そして恐る恐る東京の実家に戻る。就職活動をして働き始める。
▼当初は、「ちょっとヒーローと見られる」こともあった。ところが、戦後20年してくると、「あいつは徴兵忌避をした卑怯な裏切り者だ」的な後ろ指をさされるようになる・・・。このあたり、日本の戦後の「意識の歴史」が鋭く認識されています。流石。
▼この小説は、主人公の意識のままに、
A・今(1960年代)、徴兵忌避者だったことが後ろ指刺されて、出世にも関わってくる。それどころか職場に居られなくなりそう・・・
B・過去(1940年代)、徴兵忌避の日々の思い出。
このABが入り乱れて語られます。それでいて混乱はしない。これまたサスガ。
▼どんどんと、主題は「個人と国家」という関係に、熱く沸騰していきます。そういう主題が、主人公の現況と思い出、そして主人公の周囲の人々を通して描かれる。実によくできた小説。
▼最後、現在の主人公の開き直り的な「個人を貫こう」という決意とともに、過去回想は、「徴兵忌避を決意して家出した瞬間の思い出」がサンドイッチになっていきます。そのなんとも凄まじい高揚感といったら、舌を巻きました。すげえ・・・。
▼「戦争」というコトバがざらついた手触りで感じられる昨今、実はすごく現代的な、もっというと永遠に現代的な小説だなあ、、、、と思いました。
- 感想投稿日 : 2025年2月15日
- 読了日 : 2025年1月4日
- 本棚登録日 : 2025年1月4日
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