サマータイム・ブルース〔新版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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本棚登録 : 159
レビュー : 19
制作 : 山本やよい 
koba-book2011さん 本:お楽しみ   読み終わった 

いわゆるハードボイルドミステリー。の、看板作品を読んでおこう、という個人的な試みの一つ。
サラ・パレツキーさんというアメリカの女性作家。V.I.ウォシャウスキーという名前の30代?の女性私立探偵が活躍するシリーズ、1作目。
未見ですが、キャスリーン・ターナーさんが主人公を演じた映画「私がウォシャウスキー」(1991)もあります。
キャスリーン・ターナーさんは好きなので、その内観たいものです。

面白かったです。
正直に言うと「ゴッドウルフの行方」とは段違いに面白かったです。

小説のアメリカでの発表は1982年だそうです。舞台はシカゴ。
私立探偵のウォシャウスキーさんが、大手組合活動家、大手銀行家、大手保険会社、マフィア、の4者が絡んだ陰謀に挑む。
あらすじは別として、なんで面白かったのか、と考えると。
主人公のキャラクター。主人公が「正義の味方活動」をするモチベーションというか、主人公の歪みというか、持ち味というか。
だと思います。

フィリップ・マーロウさんは、資本主義大国アメリカが独り勝ちに近い爛熟の時期に、
恐らく人類が初めて経験する欲望の集団マラソンのような大都会で、
「そこにいるべからざる、高貴な知性とモラル」と持ってしまっている人だったんだと思います。
そして、そこで生きていくべき撃たれ強さと俗なる人間関係への忍耐能力を持っていたんですね。
そして、大事なことは、予め自分が敗北と孤独に所属するべき流れを認める虚無さ、自虐趣味を持っている。
それが何故そうか、という具体的な理由が説明されなくても、それが一人称の文章の意識の根幹にある。と思うんです。
だから実は、欲望の集団マラソンたる資本主義都会生活を描写する、ある種のパサッージュというか、文明批評というか。
そういう香りが、エンターテイメントの装いの粗筋を流れながら一貫してあります。
それが最大の魅力なんだと思います。

そこンところのいちばんの魅力が、「ゴッドウルフの行方」のスペンサーさんには弱かったと思います。
「単独行動の正義の味方が世間のシステムの中に存在する悪事を懲らしめる」という枠組みは同じなんですけど、
スペンサーの視点、という味付けが、欠けている。コリコリした読みごたえがそこには少なかったと思います。
言ってみれば、歪みが足りないというか。マッチョすぎるかな、というか。
(でも、「そういう方が読み易いし好きだ」、という嗜好も、もちろん人それぞれ、あるいは読み手がその時に求めているモノによりけりで、大いにアリだと思いますが)

「サマータイム・ブルース」のウォシャウスキーさんは、やっぱり女性ですから。
女性だけどタフに暴力の街で自立を貫いていく。孤立を貫いていく。
それだけでもう、ここの言うところの「歪み」が作りやすいんでしょうね。
圧倒的に少数派であり、そこに無理がある。要するに、自虐があるんですね。
主人公が世間のマジョリティから対極の地点に居る、というかそこに居たい、という心情的な背景がはっきりするんですね。
やっぱりまだまだどうして、世の中の歯車を強引に回しているのは、男たちの世界。
人種差別と同じく性差別も、無くならない問題です。その問題がそこに在る、私たちの中にも、必ずある。という考え方が当たり前になっただけですからね。21世紀になっても。

だから、世の中の勝ち組システムに上手く乗じた形での暴力、という強者に対したときに。
当然、「正義の味方」たる主人公たちは、弱者の側に立つんですが、
ウォシャウスキーさんが弱者を守るときに、それは、見下して庇護・同情している、というだけでなく。
「そこで可哀そうな目にあっているのは、自分でもあるのだ」という感じ方をしているのが、判るんですね。感じられるというか。

「世の中のシステムから切り離された独立独歩の地点に居て、完全自分裁量の経済活動をして、心理的にも自立して。
個としての能力とコネクションと尊厳に満ちて、誰にも見下されず、そして媚びず。
最高の距離感の仲間と友人がありながら、独り巨悪に立ち向かい、困難があっても最後には知恵と精神力とストレス解消な自衛暴力の反撃で勝利する。
そして誰の賞賛も浴びずに背中を見せて去っていく」
というのが、恐らくハードボイルド・ミステリーの、物語としての疑似体験の甘い美味しい、究極のポイントだと思うんです。

そうすると、そもそも、そういうスタート地点に居る、説得力とリアリティのある理由、が大人としては欲しい訳ですが、
それがこの物語には、あった気がしました。
お話としても、まだまだ60年代-70年代のアンチ権力運動の香りが残る中で、
●組合=なんとなく反体制左翼イメージ
●銀行家=なんとなく体制側右翼イメージ
●保険会社=なんとなく中立的な「大人の難しいシステム」イメージ
が、実はグルになっている、という「理想無き欲望の街」世界観が作られて、
それに、アンチ権力運動の中で自家中毒を起こしているのんきな大学生たちが絡む。
そのどれにも、(どの家族イメージにも)はみ出している主人公と、ベタながらそこに絡むワトソン的な女性下町医師という相棒。

既存の探偵冒険物語を、なんていうか、ポストモダンな価値観の時代に、男女を裏返しに焼きこむ工夫を積み上げて、
新鮮な世界観が作れていると思いました。
起承転結で言うと、ちょっと「承」あたりでダレたんですが。相棒的な女医ロディさんが出てきた辺りで俄然、世界観がハッキリした感じがありました。
それまではやや、主人公が男性社会に無理矢理肘鉄を打ちまくっている感が、ちと胃にもたれたんですが。
信頼して依存する相棒が出てきたことで、対比的に小説世界全体が豊穣になった気がします。

このシリーズは今も健在なようですね。
その代り、年1作のような多作ペースではないようですが。
近作では携帯パソコンの時代背景になっているようで、
そのあたり、また読んでみても良いな、と思わせてくれました。

新訳らしく、読み易かったです。
(新訳ではないのか?「新版」?)
でも、表紙のデザインは、全然好きじゃないですが(笑)。


##########以下、個人的な備忘録としてのあらすじ############

①大学生男子の息子を探して欲しい、と銀行家からの依頼。
 (実はきっかけは、依頼者が主人公の父=元警官(もう死亡)を知っているからという理由あり)

②調査したら、大学生男子は射殺体で発見。同棲していた女子大生は行方不明。
 その女子大生は、大手組合活動家の娘。

③大学生のアルバイト先の保険会社を主人公が取材。
 さらに大学を取材。主人公が銀行家の息子なんだけど、左翼志向だったこと。

④主人公をギャングが、手を引けと脅して暴力。

⑤死んだ大学生男子の妹、の情報。
 そして、逆算思考で、組合活動家と銀行家がつるんでいるのでは、という仮説。
 男子大学生の父=銀行家、が殺害される。

⑥大学生男子の部屋の捜索から、「架空保険請求の不正」が殺人の理由では、と思う。

⑦組合活動家、銀行家、保険会社の上役、がつるんでいるという状況証拠を得る。

⑧大学生への取材と呼びかけから、行方不明の同棲女子大生と接触。

⑨男子大学生の妹の、内部情報。そして女子大生の語りから、
 「男子大学生の父=銀行家」そして「女子大生の父=組合活動家」そして「男子大学生のバイト先=保険会社重役」の三者の、
 架空保険金請求による不正収入、という犯罪全貌が判る。無論そこにマフィアが関係している。

⑤主人公が取材途中で恋愛関係になっている、保険会社の平社員男性。この人が捜査に協力していたが、主人公を信じ切れずに、上役=悪者、に情報を言っちゃう。

⑥平社員男性の自宅で、殺しに来た悪者たちと主人公のアクション、主人公、勝つ。おしまい。

という流れなんですね。
まあ、「粗筋は、いちばんのお楽しみどころではない。主人公が迷走する身振りと、その間ににじむ生活感や思考過程がいちばんの味わい」
というのは、他のハードボイルド・ミステリーと変わらないんですけどね。

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レビュー投稿日
2014年5月11日
読了日
2014年5月11日
本棚登録日
2014年5月11日
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