桃尻娘 (ポプラ文庫 は 2-2)

著者 :
  • ポプラ社 (2010年6月4日発売)
3.78
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本棚登録 : 279
感想 : 20
5

お友達のおすすめで読んだ本です。
「吾輩は猫である」じゃなくて、「吾輩は女子高生/男子高生である」。なんだなあ、と読み終えてしばし考えて、思いました。

本の存在自体は、良く知っていたんです。「桃尻娘」という本自体は。
なにしろ、1978年の本です。
僕が本屋さんに通い始めたのは、多分1986年くらいからで、その頃にはとっくに文庫本になっていたんでしょう。
でも、なんとなく読まずに、30年近く。
買って読もうと思ったら、amazonでは新刊本が扱ってなかった(笑)。

読んでみたら、とっても面白かったです。読み易いし。
ほんとに、「吾輩は女子高生/男子高生である」なんだなあ、と。
夏目漱石は、猫からの目線で、マア文明批評、と言うととっつきにくいですが、「人間って、大人って、明治の社会って、インテリたちって、変だねえ」ということを描いたわけです。
それと同じだなあ、と。

ざっくり言うと、「1970年代の高校生の日常の物語」です。と言うとザックリすぎて、勿論いろんなことがあるんですが。
基本全て一人称小説なので、出来事よりも、その人の考えているコト自体が面白いか面白くないか、という文体というか世界観の勝負ですね。
(つまり、そういうところで、受け付けない人は、受け付けないんだろうな、と思います)

一応、三人くらいの高校生の一人称小説なんです。

それぞれに、親がうざかったり、セックスに挑んだり、ある種の暴力に出会ったり、世間の常識に外れて非難されたり、
進学に悩んだり、友人関係に辟易したり、オトナに吐き気がしたり、大人に憧れたり、妙に老成したり、学校が嫌になったり、
それでも相変わらないレールの上の明日と来月と来年がやってきたり。

色々あるんです。

そういうこと自体は、実に風俗的にかるーく書きながら、狙ったかのように30年経っても、あまり違和感がない。凄いですね。

で、実に素敵に深刻じゃないんですね。
軽くて、フザケてて、皮肉で、ある種無気力で、実際当然無力で、でもぶつくさ怒っていて、ずっと怒ってます(笑)

僕は、「新婚家庭のスノッブさに辟易する事件」とか、
「友人との交際を親にぐちゃぐちゃ言われて激怒する事件」とか、
「ホモがばれて親が大騒ぎする事件」とか、
いくつか、ほんとーに面白く楽しく、読ませてもらいました。

橋本治さんですから。
非常に戦略的に軽いんです。バカバカしいんです。猥雑なんです。
そうじゃないと描けない、キレイゴトじゃない生なところからの、キレイゴトへのロックンロールな反発感情なんですね。
ロックンロールだなあ、と思うのは、結局出口や解放なんてないし、それをもう、主人公たちは実に理性的に判っているんですね。
だから、恐らくは1970年くらいまでのオトナへの闘争の文学とか実にキレイに一線を画しています。
そんな中で、ある種、泥だらけの純情な青春、という紋切型への吐き気を覚えながら、実に見事に若者たちが泥まみれにもがく青春が描かれています。
これ、とっても素敵です。

そして、「若者たち」を描いた小説なんかではないんです。と僕は思いました。
描いているのは主人公格の4名だけです。
その子たちは、まるで橋本さんの分身かのような教養と理性を持ちつつも、小説家だったりはしないので、
世界にどうやっても負けていかざる得ない、怒りと不満とぼやきを、一人称でたたきつけてきます。
それは、確実にいつの時代でも、同年代の多数派とは全く世界が異なるんですね。
少数派なんです。だから、今の時代でも面白い。
感受性とアタマが良すぎる未成熟な10代の高校生たちの、暴走する自意識と美意識の泥沼の葛藤記録になっています。
どれだけスカしてカッコつけてても、結局はドロドロに汚れて傷ついて。
明日に向かって走るなんて恥ずかしいよね、という自意識を抱えながら、とぼとぼながら、やっぱりどこかへ行こうとしてるんですね。
ユーモアと自嘲とギャグとエッチをかき分けながら、10代の茨の道を、自分自身を冷静に俯瞰で観ながら、掻き分けていきます。
面白いですね。

なんていうか。
70年安保などの時代が終わって、シラケや享楽と呼ばれる時代になりつつあるなかで。
それまでの紋切型の若者像が、もはやギャグか憧憬にしかならないという、
前例なき豊かさの時代のしたたかで諧謔な精神って言いますか。
それは、恐らく現代思想とか構造主義とかといっしょで、明文化されていなくても、2014年現在はアタリマエの精神として根付いているものなんですが。
それが、どういう風に頭をもたげてきたのか。
という非常に現代な精神史を垣間見た気がして。そういう意味でも面白かったです。

この、不真面目を装うことでしか発砲できない怒りというか。

「桃尻娘」が1978年の本なんですけど。
作者の橋本治さんが、1948年生まれ。
実は、ふっと思ったのは、つかこうへいさんの世界観なんですね。
つかこうへいさんの世界観は、実は恐ろしく80年代以降の物事の考え方を先読みして提示している、と僕は思っているんですが。
この、つかこうへいさんが、同年1948年の生まれ。
そして、「熱海殺人事件」で岸田戯曲賞を受賞したのが1974年なんですね。25歳。
やっぱり、つかこうへいさんの影響、あるんじゃないかなあーって…。
そう考えると、どこかまだ「思想」や「革命」や「反権力という権威」とか「政治」に引きずられていた、アングラや文士文学の時代に、
裂け目を切り裂くように出てきた、つかこうへいさんの存在がすごいなあ、と改めて思いました。
つかこうへいさんは、戯曲、演劇というフィールドでまず、磁場を固める訳ですけど。
橋本治さんの場合は小説・本ですから。
これ、2014年現在でもそうですけど、1978年当時とか、1980年代は、いわゆる権威筋の評価は無理だったでしょうね…。
何しろ、戦略的に不真面目で風俗的に挑発的で、下品で猥雑で浅いんです。戦略的に。
その証拠に、零れ落ちる独り語りの心象風景や文明批評は、鋭いッたらありません。困ったもンでしょうね。
堅い大人からすると、一見、校則違反や非行やセックスを奨励しているとしか思えないでしょうから。

なんとなく、つかこうへいさんがいて、橋本治さんがいて。
別線の安全地帯に丸谷才一さんがいたり。SFという限定フィールドで筒井康隆さんが生息していたり。
そういう土壌に、小林信彦さんとか嵐山光三郎さんとか椎名誠さんとかが出て来たんじゃないかなあ、と思いました。
(もちろん、別役実さんがいたりとか、江戸川乱歩さんがいたりとか、色々な振れ幅があるでしょうし。
 また別に、村上春樹さんが1979年に本を出し始めたりする訳ですが)

でも、この小説で主人公たちが一貫してぶつぶつと怒りを叩きつける、
「大人の常識」やら「望ましい青少年像」やら「幸せの定義」やら「大人へのレール」やら「集団の社会」と言った相手は、
2014年現在でも、頑として健在。だから、古くありません。面白い。パチパチ。

そして、処女作なんですけど、実に巧みな小説だと思いました。
「あとがき」にいろいろ書かれていますが、とにかく一人称の利点をぶん回して、ぐいぐい飽きさせない。
会話体の乱用、描写の極小。暴走する10代の心理で没頭していくという、日本語の振り回し方。
リズム、テンポ。スカして、スネて、ワルぶって。
そんな果てに、ふっと夕日が目に染みるような、ぐっと泣けちゃう青春小説。
おすすめですし、ちくま文庫あたりで復刻すべき名作だ、と強く思います。


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全部で5章。若干のネタバレですが備忘録。

①「桃尻娘」
高校1年生の榊原玲奈さんのお話。とにかく、何事も面白くないんです。ぶつくさ言います。
つかみとして、「処女を卒業した」ということが語られます。
そして、事件で言うと、お友達のオカマ男子高校生・木川田君が、中年のおじさんにまとわりつかれている、という事件があります。
これを解決しようとするけど、母親にうざく立ちふさがれて、プチ家出をして海を見に行くぜ、というところで終わります。

②「無花果少年」
高校2年生の磯村薫くんのお話。この子は、美少年なんです。
そして、中学の頃(だったかな?)、不良の女子高生三人に、よってたかって玩具にされて、逆レイプされちゃった、という思い出があります。
そして、大学生の兄がいます。
この大学生の兄が連れてきた恋人さんが、なんとその三人組の1人だった、ということに愕然。
なんとも言えない他愛もない復讐心で、その女の子と付き合うけど…というオハナシ。

③「まんごおHOUSE」
高校2年生になった、桃尻娘こと榊原玲奈さんのお話です。
事件としては、
「女友達がいる。この女友達の兄が社会人で新婚。その新婚家庭に遊びに来い、と言われた。女友達とふたりで行く。
 新婚家庭のスノッブな幸せ自慢と、俗物具合に気分が悪くなる」
「行きつけの喫茶店のマスターがけがをして、自宅まで送る。
 マスターの奥さんの、しゅっとした素敵な大人ぶりに、なんとなく失恋気分になる」
という二つの事件です。

④「瓜売小僧」
高校2年生の、オカマ、ホモ、同性愛者の、木川田源一くんのお話です。
バスケット部の素敵な先輩に片想いしつつ、なんだか行きずりで美少年と関係したり、オジサンと関係したりと、ハードな日々。
なんだけど、ホモであることが親バレして精神科に連れていかれたり、つきまとうオジサンとばったり会ったりします。
それでも心では、先輩への純愛を貫きます。

⑤「温州蜜柑娘」
高校3年生になった、桃尻娘こと、榊原玲奈さんと、お友達になったお嬢様の醒井涼子さんのふたりのお話です。
メインとしては、大学受験へのうざったさと、最後の文化祭で、なんだか判んないけど「お化け屋敷」をやることになってしまうオハナシ。
お化け屋敷準備で、お嬢様で交流のなかった涼子さんとお友達になる。

という5編。②と④にも、脇役として玲奈さんは出てくるので、まあ、全体を貫いて真ん中は桃尻娘・玲奈さんです。
最後は、大学受験に失敗して浪人して終わります。

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(僕としては、実はやっぱり②③④⑤、と面白くなりました。
 ①も、終盤は物凄く面白かった。
 出だしでなんとなくつまづいても、チョットがまん、我慢です!

 ①の終わり方とか、ホモ少年の④の終わり方、実は恥ずかしながら、グっと来ちゃいました)




で、これが、「吾輩は猫である」だなあ、と思ったのは。
読みながら、面白いんですけど、ひっかかってたのは。

「1978年の高校生のことは判らないけど、こんなに教養深い訳ないよなあ」

ということなんです。

主人公・榊原玲奈さんを筆頭に、しゃべる高校生たちが、実に教養あるんですよ。
コトバの選び方、大人社会への皮肉の言い方。
サブカルチャーの趣味など。

執筆当時、東大出身で、卒論が鶴屋南北で、歌舞伎からフランス文学まで網羅して、イラストレーターなどやっておられた橋本治さん。
文系の教養で言えば、日本で3%くらいに入るくらいの、当時30歳。

なんていうか、主人公の浮遊した気分とか、閉塞した感情とか、あっけらかん度合いとか、気まぐれ具合とかは、高校生っぽい気がするんですが、
教養で言うと、東大文学部卒エリート30歳、という感じ(笑)

ということが気になってたんですが、でも、それは、だからと言って面白くない、ということではありません。
十分に面白いんです。
漱石の「猫」について、「猫」がそんなに教養あるわけないじゃん、といちゃもんつけてもしょうがないですよね。
それと同じだなあ、と。
別段社会現象のジャーナリズム的なリアリズムだったら、小説である必要ないですから。週刊誌の記事読んでれば良い訳で。

しかしまあ、30歳にして、これだけの博覧狂気、いや博覧強記ですが。
そして、ダンコたる言葉づかいへのアプローチ。
やっぱり、オソロシイ文筆家だなあ、と改めて。
橋本治さん、古典翻訳シリーズも気になるし。
まだまだご健在、ゆっくり今後も楽しませてもらいます。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本:お楽しみ
感想投稿日 : 2014年8月29日
読了日 : 2014年8月29日
本棚登録日 : 2014年8月29日

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コメント 2件

りまのさんのコメント
2021/01/21

koba_book2011さん
このレビュー、凄く好きです!
桃尻娘、、、ああ、懐かしい作品です。この本に、ハマってしまって、その後の、続き作品も皆読みましたが、ある時本棚整理して、古書店送りにしてしまいました。後悔です。
橋本治氏がお亡くなりになった事を知った時は、とても哀しく思いました。氏のご冥福を、お祈りします。
素晴らしいレビューを、ありがとうございました。

koba-book2011さんのコメント
2021/02/05

りまのさん。コメントありがとうございます。橋本治さんはこの先まだまだ読みたい本が多くて楽しみです。

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