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『鳳仙花』
著者:中上健次
装幀:菊地信義
発行所:作品社
発行:1980年
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中上健次(1946〜1992年)

紀伊半島を舞台とした小説を数々と描いた
日本文学の歴史にその名を残す文豪。
「路地」と呼ばれる被差別部落を舞台に
独特で土着的な作品を世に残した。

中庸堂が最初に中上健次作品にふれたのは
『千年の愉楽』だったが難解に感じ、
あえなく挫折したことを覚えている。

数年ぶりに中上健次の作品に
再度手を伸ばしたのが本書『鳳仙花』である。
伊藤若冲「花丸図」を大胆にトリミングした
菊地信義の装幀が鮮やかな単行本だ。
そしていざ、
読みはじめてみて確信したし、
読み終えてもそれは揺らぐことはなかった。
本書は紛うことなき傑作である。

芥川賞受賞作の『岬』をはじめとする
『枯木灘』『地の果て 至上の時』の三部作の、
前史となる本書は、三部作の主人公である
秋幸の母であるフサの過酷な運命を
力強く生きた物語だ。

母と不倫相手との間に生まれたフサ。
やがて男と出会い子宝に恵まれるが
病で夫と死別してしまう。
その後ヤクザものの男と惹かれ合い
この男との間にも子を授かるが
この男は博打の際の喧嘩で逮捕されてしまう。

フサは死別した最初の夫やこのヤクザものの男、
そして、
この男との間に授かった秋幸との狭間で
様々な葛藤と試練に苛まれる。
奇しくもフサの母と全く同じ葛藤を
自らも受けることになったのだ。

だが、
裏木戸のそばに咲く鳳仙花だけは、
そっとフサを見守っていた。

卓越した語彙と描写力で
日本文学最高峰の作品として本書を推したい。
「日本のガルシア・マルケス」や
「日本のウィリアム・フォークナー」など
中上健次へ賛辞の声が挙げられているが
その形容が余計なくらいに
中上健次の作品は確固とした地位を確立した
日本独特の土着的な作風となっている。

昨今、
ノーベル文学賞候補に名が挙がるのが村上春樹だが、
川端康成、大江健三郎に次ぐ栄誉を
中上健次に与えなかったこの賞には
まるで価値はなく、
村上春樹を推す者たちに
まず中上健次作品を読んで、
その推す口を閉ざしたいと思った次第だ。

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2024年3月4日

読書状況 読み終わった [2024年3月4日]
カテゴリ 日文篇

『千夜千冊エディション 電子の社会』
松岡正剛
2022年
角川ソフィア文庫

広大な電子の大海『千夜千冊』。
読書人たちはその大海めがけてダイブし
「デジタルズ」となり膨大なデータに酔いしれる。

そんな『千夜千冊』から今回選定されたのは
文字通り「デジタル」。

20世紀後半から始まるコンピュータ、
そしてITやネット社会、ロボットから
人工知能まで網羅し、
人間と電子の過去から未来まで
セイゴオ先生のデジタル論を堪能していく。

「コンピュータの父」と呼ばれた
チャールズ・バベッジが設計し
150年後に復元された「階差エンジン」。
ここから本書ははじまる。
現代のデジタル社会は昔から予告されていたのだ。

第二章では、
ウィーナーの『サイバネティクス』からはじまり
個人的に興味をもった
ダナ・ハラウェイ『猿と女とサイボーグ』
アンディ・クラーク『生まれながらのサイボーグ』、
そして自身と瓜二つのアンドロイドをつくった
石黒浩まで登場する。

続く第三章では、
いよいよインターネットの世界へ没入していく。
ドミニク・チェン、ローレンス・シッシグらが登場し、
『グーグルでアマゾン化する社会』
『伽藍とバザール』など
気になるタイトルも目白押しだ。

ラストの第四章は、
いま注目を集めている人工知能、
そしてデジタルの未来まで見ていく。
果たして2045年頃にシンギュラリティは起こるのか?
人工知能は人類に福音をもたらすのか?それとも…。

とかく専門用語が飛びかうジャンルではあるが
それはそれで苦戦しつつも
他に楽しめる本がたくさん出てきたので
気がつけば読み終えていた。

個人的に全く知識のないサイバネティクスや
面白そうなアンドロイドや
人工知能について知れる本を、
本書で紹介されているもの含めて数十冊ほど
チェックできたのでそれだけでも
最大の収穫だった。
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⚫︎目次情報⚫︎

前口上

第一章 デジタルただいま準備中
新戸雅章 『バベッジのコンピュータ』
フリードリヒ・キットラー 『グラモフォン・フィルム・タイプライター』
ポール・レヴィンソン 『デジタル・マクルーハン』
ハーバート・A・サイモン 『システムの科学』
ジェームズ・カッツマーク・オークス編 『絶え間なき交信の時代』
ドン・タプスコット 『デジタルチルドレン』
土屋大洋 『ネット・ポリティックス』
小川晃通 『アカマイ』
坂内正夫監修 『ビッグデータを開拓せよ』

第二章 サイボーグ化する
ノーバート・ウィーナー 『サイバネティックス』
トマス・リッド 『サイバネティクス全史』
ジェームズ・サクラ・アルバス 『ロボティクス』
ロドニー・ブルックス 『ブルックスの知能ロボット論』
ダナ・ハラウェイ 『猿と女とサイボーグ』
アンディ・クラーク 『生まれながらのサイボーグ』
石黒浩 『アンドロイドサイエンス』

第三章 インターネット全盛
アレクサンダー・R・ギャロウェイ 『プロトコル』
ドミニク・チェン 『インターネットを生命化する プロクロニズムの思想と実践』
ローレンス・レッシグ 『コモンズ』
ヤコブ・ニールセン 『ウェブ・ユーザビリティ』
ダン・ギルモア 『ブログ』
森健 『グーグル・アマゾン化する社会』
マイケル・ファーティック+デビッド・トンプソン『勝手に選別される世界』
エリック・スティーブン・レイモンド 『伽藍とバザール』
武田隆 『ソーシャルメディア進化論』

第四章 文明/電子機関/人工知能
池田純一 『ウェブ文明論』
ジ...

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2024年2月27日

読書状況 読み終わった [2024年2月27日]
カテゴリ 千夜千冊

『ゴリラ裁判の日』
須藤古都離
2023年
講談社

小説を最後に読んだのは、
宮部みゆき『火車』以来、20冊ぶりとなった。
結構なあいだ小説から遠ざかっていたから、
今回からしばらくは積読の中から
小説を引っ張りだし、三昧していきたい。

「人権は全ての人間に付与されます。
しかし、その人権が付与されるところの
人間とは一体なんなのか、法律の世界では
答えがないのです。私たちはゴリラが人間じゃないと
簡単に考えてしまいますが、実は私たちが
人間であると証明することもできないのです。
私たちホモサピエンスが人間であるとするのは、
ただの慣習でしかないのです。
もちろん、みなさんもご存じのように同じ
ホモサピエンスでありながら、肌の色の違いなどで
人権が与えられなかった人々も過去にはいました。
有色人種には人権が与えられない、その考えも
当時の慣習だったのです。慣習に盲従することが
どれほど愚かなことか、お分かりいただけましたか?」

言葉を理解し、人間と会話できる
ゴリラのローズ。
動物園のゴリラパーク内に入ってしまった
人間の子どもを助けるためという理由で
夫であるゴリラが射殺される。

本書は熱い法廷バトル小説でもあり
人間と動物の垣根を揺らす生態系小説であり、
今なお根づく人種差別問題を取り上げた
ヒューマンドラマである。

田渕正敏の装画と鈴木成一の装丁が目を引く表紙、
そしてインパクトのあるタイトルと題材、
いま世界的なムーブメントを巻きおこす
人種問題を織り交ぜ、
見事なエンタメ作品へと仕上げた
構成と手腕はお見事。

特に終盤の法廷バトルは、
読者の誰もがローズと同じ印象を、
彼女の弁護士であるダニエルに抱くことであろうが
そこから堪らないワクワクを与えてくれる。

読了後、
清々しい気分にさせてくれる
素晴らしい作品だった。

2024年2月28日

読書状況 読み終わった [2024年2月28日]
カテゴリ 日文篇

『師弟百景』
井上理津子
2023年
辰巳出版

職人とは気難しく寡黙で
「師の背中を見て仕事を覚える」
といった一昔前のイメージは全くなく、
気さくで大らかな師匠と、
仕事に真剣で夢中な弟子たちの姿を
丁寧に取材した大変読みやすい本だった。

本書で取り上げられた
庭師や仏師、佐官に文化財修理装潢(こう)師、
刀匠に英国靴職人など、
16組の師弟たちそれぞれの人物の人生が
どれも興味深かった。

個人的に興味のある分野、
仏師の項目では、
鎌倉時代の仏師、運慶・快慶の流れをくむ
「慶派」唯一の継承者であり
仏師の最高位、大佛師の称号を持つ
松本明慶(みょうけい)氏の言葉が印象的だった。

「私は仏さんをつくろうと思って彫っていくのではなく、
木から要らないところを削り落としていくと、
そこに仏さんがいはるんですね」

これはルネサンス期を代表する
彫刻家ミケランジェロの

「すべて大理石の塊の中にはあらかじめ
像が内包されているのだ。
彫刻家の仕事はそれを発見する事」

と共通している思考だし、
夏目漱石が『夢十夜』で
運慶を登場させた際に出てくる言葉とも
共通している。
それを踏まえた上で松本明慶氏は
伝説的な「慶派」の長に倣った
言い回しをしたのかもしれない。

もう一つ印象に残った言葉に、
文化財修理装潢(こう)師の半田昌規氏の

「我々がおこなっているのは、
九十歳のおばあさんを二十歳に戻すのでなくて、
九十歳のままの姿を保ってもらうことなんですね」

がある。
偉大な作品の歴史をつなぐという
重大な仕事であり、
気が遠くなるような地道な作業であり、
繊細な技術が求められる世界において
大らかで説得力のある言葉だと感じた。

閉鎖的で師匠の檄が飛ぶような光景を
イメージしがちな職人という世界において、
深刻な人手不足が叫ばれる昨今、
師匠と弟子の関係も柔軟に変化してきた。
これからも本書で紹介された師弟関係、
そして職人という仕事が
後世に伝えられていくことを願ってやまない。

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⚫︎目次情報⚫︎

はじめに

1 庭師

2 釜師

3 仏師

4 染織家

5 左官

6 刀匠

7 江戸切子職人

8 文化財修理装潢師

9 江戸小紋染織人

10 宮大工

11 江戸木版画彫師

12 洋傘職人

13 英国靴職人

14 硯職人

15 宮絵師

16 茅葺き職人

あとがき
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2024年2月4日

読書状況 読み終わった [2024年2月4日]
カテゴリ 意匠篇

『売春島』
高木瑞穂
2020年
彩図社

漫画『無限の住人』『波よ聞いてくれ』で知られる
沙村広明による痛快アクション劇
『ベアゲルター』の舞台。
そのモデルとなったのが
三重県志摩市東部の入り組んだ的矢湾に浮かぶ
人口わずか200人ほどの離島、
渡鹿野島(わたかのじま)だ。

そこは1980年代に隆盛を極めた
売春斡旋所が立ち並ぶ「売春島」だった。
本書はその島の隆盛と衰退を追ったルポルタージュで、
9万部を超えるベストセラーとなった。

渡鹿野島の対岸、
鵜方のスナックで働いていた
四国から来たの四人の女は
「売春で潤っている」という噂を聞きつけ
1960年代後半、海を渡った。
その内の一人、岡田雅子は売春婦から
置屋経営に乗り出し大成功し
大型ホテル「つたや」のオーナーにまでなった。
「つたや」は巨大な売春宿として君臨し続けた。

その岡田雅子の旦那は元警察官の芥川という男で、
芥川は警察官時代、岡田雅子と親しくなり
免職処分を受けそのまま渡鹿野島に住みつき、
大型ホテル「つたや」の旦那となったのだった。

渡鹿野島での売春は、
1970〜1990年代の間、盛り上がりをみせ、
特に全盛期は1980年代だったと言われている。
90年代〜00年代には家出した少女たちに
売春させたとして置屋の経営者らが
逮捕されたニュースも出ているが、
借金のかたに売られたり、
無理矢理連れてこられた女性もいたが、
自ら渡鹿野島を訪れた者もいたようだ。

そして、
2016年5月26日-27日
売春島から目と鼻の先の賢島で
各国首相が一堂に会する
「伊勢志摩サミット(G7首脳会議)」が開催された。
開催数ヶ月前から警察官が島を巡回するなど
警備を強化したことにより、
徐々に衰退していた島の景気が
さらにサミットで厳しくなった。

文庫版あとがきによると、
2019年当時の渡鹿野島での娼婦の数は4人。
煌びやかなネオンが輝いていた小さな離島の桃源郷、
当時を知る人たちへのインタビューや
丹念な取材により
その隆盛から衰退までを追っていく。
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⚫︎目次情報⚫︎

プロローグ

第一章 脱出するには泳ぐしかなかった

第二章 人身売買ブローカーの告白

第三章 “売春島”と山本次郎さん

第四章 “売春島”を作った四人のオンナと行政の思惑

第五章 元置屋経営者の告白

第六章 A組姐さんの告白

第七章 島民たちの本音

第八章 “Kさんの嫁”を訪ねて

第九章 消えゆく“売春島”

エピローグ

文庫版あとがき
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2024年2月26日

読書状況 読み終わった [2024年2月26日]
カテゴリ 裏側篇

『ファスト&スロー』
ダニエル・カーネマン 
2014年
ハヤカワ文庫

心理学者にしてノーベル経済学賞受賞の
ダニエル・カーネマンによる
行動経済学の世界的ベストセラー本。

まず、
タイトルの『ファスト&スロー』について説明すると、
速い思考─直感的思考─システム1
遅い思考─熟慮熟考──システム2
という二つのシステムのことだ。

システム1が行うことの例として
・2+2の答を言う
・怖い写真を見せられて顔をしかめる
・大きな看板に書かれた言葉を読む、などがあり、
システム2の働きに共通する特徴は
注意力を要することであり、例として
・大勢の人がいるうるさい部屋で
特定の人の声に耳を澄ます
・あるページにAの文字が何回出てくるか数える
などがある。

本書にはこのシステム1とシステム2、
二つのシステムが一貫して登場する。
解説を担当した明治大学教授の友野典男は
本書の一貫したテーマは「認知的錯覚」だと言う。
認知的錯覚とは自分自身が直感的に信じてしまう
認識の誤りのことであり、
それは判断・決定の誤りにつながる。
本書には誰もが犯してしまう認知的錯覚の
実例や分類が多数紹介されている。
例えば、次の問題に答えてほしい。

バットとボールは合わせて1ドル10セントです。
バットはボールより1ドル高いです。
ボールはいくらでしょう?

同じ行動経済学の名著
ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』にもあった
バットとボールの問題だ。
誰もがここで10セントだと答える。
しかしそれは誤りで正解は5セント。

その他、行動経済学などの分野でよく聞くワードや、
本書で初めて知ったものを列挙する。

⬛︎プライミング効果
「ピザ」って10回言ってみて!などの10回クイズが
まさにそれ。【プライム=先行刺激】

⬛︎モーゼの錯覚
「モーゼは何組の動物をはこぶねさに乗せたか」
モーゼは動物を一匹も箱船に乗せていない。
乗せたのはノア。
無意識のうちに「モーゼ」「箱船」を結びつける関連性を
探し意気込んで質問に答えてしまう。

⬛︎確証バイアス
自分の思い込みや願望を強化する情報ばかりに
目が行き、そうではない情報は軽視してしまう
傾向のこと
例) 政治に疎くてテレビ好きの有権者は政治に詳しくて
テレビをあまり見ない有権者の三倍も
「顔の印象に基づく能力」に影響されやすい。

⬛︎ハロー効果
ある対象を評価するとき、その一部の特徴的な印象に
引きずられて、全体の評価をしてしまう効果のこと。
例)大統領の政治手法を好ましく思っているとしたら、
大統領の容姿や声も好きになる可能性が高い。

⬛︎ アンカリング効果
はじめに提示された情報を基準点(アンカー)とし、
ほかの情報を評価・判断すること
例)オークションにおける「予想落札価格」も
札入れ価格に影響を与える。

⬛︎ 利用可能性カスケード
些細な出来事をメディアが報道したり、
世間の評判にのって大事となり、
一般市民のパニックや大規模な政府介入に
発展すること。
例) 「○○が不足し、店頭から無くなっている」という
報道を繰り返し見るうちに買わないと困ると焦り、
お店に殺到すること。

⬛︎ コントロールの錯覚
自分が選択したものに対してそれがたとえ
自身のコントロールの及ばないものだとしても、
コントロールできているかのように感じること。
例) 宝くじなど自分でわざわざ数字を選ぶという
行為によって、人は当選確率が高くなるように感じる。

⬛︎ フレーミング効果
同じ意味を持つ情報であっても、
焦点の当て方...

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2024年2月25日

読書状況 読み終わった [2024年2月25日]
カテゴリ 政経篇

『ファスト&スロー』
ダニエル・カーネマン 
2014年
ハヤカワ文庫

心理学者にしてノーベル経済学賞受賞の
ダニエル・カーネマンによる
行動経済学の世界的ベストセラー本。

まず、
タイトルの『ファスト&スロー』について説明すると、
速い思考─直感的思考─システム1
遅い思考─熟慮熟考──システム2
という二つのシステムのことだ。

システム1が行うことの例として
・2+2の答を言う
・怖い写真を見せられて顔をしかめる
・大きな看板に書かれた言葉を読む、などがあり、
システム2の働きに共通する特徴は
注意力を要することであり、例として
・大勢の人がいるうるさい部屋で
特定の人の声に耳を澄ます
・あるページにAの文字が何回出てくるか数える
などがある。

本書にはこのシステム1とシステム2、
二つのシステムが一貫して登場する。
解説を担当した明治大学教授の友野典男は
本書の一貫したテーマは「認知的錯覚」だと言う。
認知的錯覚とは自分自身が直感的に信じてしまう
認識の誤りのことであり、
それは判断・決定の誤りにつながる。
本書には誰もが犯してしまう認知的錯覚の
実例や分類が多数紹介されている。
例えば、次の問題に答えてほしい。

バットとボールは合わせて1ドル10セントです。
バットはボールより1ドル高いです。
ボールはいくらでしょう?

同じ行動経済学の名著
ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』にもあった
バットとボールの問題だ。
誰もがここで10セントだと答える。
しかしそれは誤りで正解は5セント。

その他、行動経済学などの分野でよく聞くワードや、
本書で初めて知ったものを列挙する。

⬛︎プライミング効果
「ピザ」って10回言ってみて!などの10回クイズが
まさにそれ。【プライム=先行刺激】

⬛︎モーゼの錯覚
「モーゼは何組の動物をはこぶねさに乗せたか」
モーゼは動物を一匹も箱船に乗せていない。
乗せたのはノア。
無意識のうちに「モーゼ」「箱船」を結びつける関連性を
探し意気込んで質問に答えてしまう。

⬛︎確証バイアス
自分の思い込みや願望を強化する情報ばかりに
目が行き、そうではない情報は軽視してしまう
傾向のこと
例) 政治に疎くてテレビ好きの有権者は政治に詳しくて
テレビをあまり見ない有権者の三倍も
「顔の印象に基づく能力」に影響されやすい。

⬛︎ハロー効果
ある対象を評価するとき、その一部の特徴的な印象に
引きずられて、全体の評価をしてしまう効果のこと。
例)大統領の政治手法を好ましく思っているとしたら、
大統領の容姿や声も好きになる可能性が高い。

⬛︎ アンカリング効果
はじめに提示された情報を基準点(アンカー)とし、
ほかの情報を評価・判断すること
例)オークションにおける「予想落札価格」も
札入れ価格に影響を与える。

⬛︎ 利用可能性カスケード
些細な出来事をメディアが報道したり、
世間の評判にのって大事となり、
一般市民のパニックや大規模な政府介入に
発展すること。
例) 「○○が不足し、店頭から無くなっている」という
報道を繰り返し見るうちに買わないと困ると焦り、
お店に殺到すること。

⬛︎ コントロールの錯覚
自分が選択したものに対してそれがたとえ
自身のコントロールの及ばないものだとしても、
コントロールできているかのように感じること。
例) 宝くじなど自分でわざわざ数字を選ぶという
行為によって、人は当選確率が高くなるように感じる。

⬛︎ フレーミング効果
同じ意味を持つ情報であっても、
焦点の当て方...

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2024年2月25日

読書状況 読み終わった [2024年2月25日]
カテゴリ 政経篇

『われ敗れたり』
米長邦雄
2012年
中央公論新社

当時の日本将棋連盟会長だった
故・米長邦雄(よねなが くにお)永世棋聖が
コンピュータ将棋ソフト
「ボンクラーズ」と対局し、
そして敗れた第一回電王戦の顛末を綴った本。

特筆すべきは、
決戦までの入念な準備である。
体調を整え体重を制限し
大好きな酒を断ち、
一日6時間コンピュータ将棋を研究した。

そして米長会長は決戦当日、
将棋盤の前に座って「ボンクラーズ」の代わりに
駒の操作をする人を
自分に選ばせてほしいと要求した。
米長会長の出す条件に
合致する人にしてほしいと願いでたのだ。

その条件とは、
①将棋が強いこと
②自分と同じくらいに対局時に真剣になってくれること
③目障りにならなくて、自分の気を散らさないこと
④自分を尊敬してくれていること

特に条件④に関しては、
米長会長らしい条件だが
冗談などではなく非常に重要な条件だと
考えていたのだ。

そこには米長会長独自の
「運気」に対する哲学がある。
端的に言えば、
究極的に自分の運気を高めてくれる人が
「私を尊敬してくれる人」となるらしい。

ここまで事細かに、
周到な準備をする。
勝負師として生涯を生きてきた男の
勝利への執念が垣間見え、
本書を読んでて1番熱い場面だった。

その他、
奥方に「私は勝てるだろうか」と
今まで言ったことのない質問をして、

「あなたは勝てません。
全盛期のあなたと今のあなたには、
決定的な違いがあるんです。
あなたはいま、若い愛人がいないはずです。
それでは勝負に勝てません」

と驚きの言葉が返ってきた
エピソードには笑わされた。

結果的に敗れはしたものの
米長会長のユニークな人柄、
ニコニコ動画での生放送も相まって
当時、大きな話題となった第一回電王戦。

残念ながらその年の終わりに
米長会長は亡くなったが
勝負師として生涯を賭した人間の
その内面を覗くことができた。

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⚫︎目次情報⚫︎

はじめに

第1章 人間を凌駕しようとするコンピュータ将棋ソフト

第2章 △6二玉への道

第3章 決戦に向けて

第4章 1月14日、千駄ヶ谷の戦い

第5章 記者会見全文

第6章 コンピュータ対人間、新しい時代の幕開け

第7章 自戦解説

第8章 棋士、そして将棋ソフト開発者の感想

あとがき

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2024年2月1日

読書状況 読み終わった [2024年2月1日]
カテゴリ 勝負篇

『テキヤと社会主義』
猪野健治
2015年
筑摩書房

井上則人の装幀が印象的な本書は、
祭りや縁日などに出店する
露天商、テキヤまたは香具師(やし)
と呼ぶ者たちが1920年代に傾倒した
社会主義運動に関わった姿を取りあげている。

「生まれも育ちも関東、葛飾柴又〜」で始まる
『男はつらいよ』での仁義をきって自己紹介する
寅さんの人気ぶりは今でも健在だが、
寅さんの職業は香具師だ。
だが寅さんのような一匹狼は、
実は存在しないらしい。
香具師の業界は親分絶対支配の社会であり
そこに入るにはいずれかの一家
あるいは組の門をたたいて、
親分の承認を得てその一員となるしかない。

香具師の世界に入ってくる者は、
本当に生活に追い込まれ切羽詰まった人、
倒産や借金、長い失業、それらが重なって、
もうどこにも行きようがないという人が多い。
入門を許されるとざっと三年間は
「稼ぎ込み」と呼ばれる見習い期間に入り、
親分か兄貴分の自宅に住み込み、
家事一切、掃除、雑用の類いを押しつけられる。

さて、
香具師が関わった政治活動の中で、
大きなウエイトを占めるのが、廃娼運動だ。
廃娼運動は様々な形があるが、
香具師が目指したのは借金のかたに
遊郭に売られた娘たちが、それに縛られることなく、
自由に自分の意思で廃業できることを知らせ、
助け出すことだった。
また、
徴兵義務拒否等を謳った
反戦・反軍ビラの頒布なども行なっていた。

こういった社会主義運動を
おこなっていたテキヤだが
その露店の数が急増した時期があった。
1923年9月1日(大正12年)に起こった
関東大震災が発生した時だ。
露店営業の総数は、首都圏が壊滅的打撃を受けた
関東大震災直後から驚異的に膨らんだ。
首都圏の産業が直撃され、
住居と仕事を失った人々が、
大量になだれ込んだからである。
大震災までは露天商の総数は
全国で30万人と言われていたが、
その後震災被災者の流入で一挙に60万人に達した。

だがしかし、その関東大震災後の不景気や
旧体制への回帰を謳った反動思想、
固まりきれてない思想と香具師たちの
宿命ともいえる営業の流浪性により
香具師たちの社会主義運動は
あっけなく終わりを迎えた。

第二部では、
アナキスト香具師、高嶋三治の実像から、
大杉栄らが憲兵らにより虐殺された甘粕事件、
それに報復を誓ったギロチン社の活動を中心に
怒涛の展開を見せていく。

大杉栄夫妻だけでなく思想的には何の関係もない
大杉の甥の橘宗一(6歳)が、
一緒にいたという理由だけで絞殺され、
しかも犯行がバレないよう遺体は
大杉夫妻とともに古井戸に投げ込まれた
この甘粕事件はアナキストたちを激昂させた。
残念ながら高嶋三治やギロチン社の復讐戦は
失敗の連続に終わり逮捕者が
続出するハメになった。

ギロチン社の中心メンバー
古田大次郎や中浜鉄は死刑となり
高嶋三治も刑務所に収監されていた。
だがある日、突然独房の扉が開いた。
そこには三宅正太郎裁判長の姿があった。
三宅は高嶋三治を説得に来たのだった。
アナキズムをやめ娑婆で自由に生きること、
自分の友人の仕事を手伝うことを説いた。

そして、名古屋高裁の大法廷で
三宅正太郎裁判長は自ら高嶋三治に
無罪判決を言い渡した。

ちなみに三宅裁判長が高嶋三治に言った
「友人」とは博徒本願寺一家総裁、
高瀬兼次郎のことだった。
今では到底考えられないことだが、
この時代、やくざの親分と親交のある
判事や検事、軍関係者は少なくなかったのだ。

その後、高嶋三治は名門博徒...

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2024年2月19日

読書状況 読み終わった [2024年2月19日]
カテゴリ 裏側篇

『文庫解説ワンダーランド』
斎藤美奈子
2017年
岩波新書

『本の本』『趣味は読書。』などで知られる
文芸評論家であり全読者代表の美奈子姐さん。
730ページの鈍器本『本の本』で
自らのブックレビューを総まとめし、
『名作うしろ読み』では古今東西の名作の
ラスト一文を読み解いてきた。

そんなユニークなアイデアと縛りプレイで
本を読んで評論する斎藤美奈子姐さんが
今回批評という名のメスを入れるのは、
文庫本の巻末についている「解説」だ。

単行本刊行後、
数年もたたずに文庫化された本には
巻末に解説がつく。
著者のバクボーンや読者が見落としがちな
重要な項目などを端的に、丁寧にすくいあげる。
また読了後の余韻に浸るにふさわしい余談などを
披露してくれたりと
サポートしてくれるのが
中庸堂が考える「解説」の意義ではあるが、
美奈子姐さんは相変わらずに今回も
快刀乱麻、バッサバッサと鮮やかに
その「解説」たちを斬っていく。

気取った文章や自分語りを始める解説者には
ツッコミを入れる姿は爽快だ。
古典的名作や人気作は、
同じ作品が複数の文庫に収録されるケースがあり、
一つの作品に違う解説を読む機会を得る。
『坊っちゃん』『伊豆の踊り子』
『走れメロス』などがそれに該当する。
本書の意義はその「解説」たちの比較にある。
違う視点や表現、
多方面から一つの作品を見る視点は、
中々お目にかかることはないし
そこにはユニークな比較が生まれるからだ。

特に『走れメロス』の解説に対しての
美奈子姐さんのツッコミはクスリとさせる。
『失楽園』で知られる渡辺淳一の解説には
女性作家の解説が多く起用されていて、
渡辺の性愛をテーマにした自著を
女性作家に書かせるという気持ち悪さを、
きちんと美奈子姐さんが技巧を凝らして
代弁してくれたのは爽快だった。

著者の経歴やその本が書かれた時代背景、
その本の特徴や要点、その本を読む意義、
著者の近しい間柄の人物が書く解説とは
名ばかりのどうでもいい個人的交友エピソード、
難解で哲学的な、もはや解説の解説が必要なものまで、多種多様な文庫本巻末の「解説」。

それを評論せしめた斎藤美奈子姐さんの「解説本」。
読書好きな人なら興味を持つ人も少なくはないだろう。そこはご安心を。
美奈子姐さんが肝っ玉母さんのように
テキパキ片付けていく様をご覧あれ!

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⚫︎目次情報⚫︎

序にかえて──本文よりエキサイティングな解説があってもいいじゃない


Ⅰ あの名作に、この解説


Ⅱ 異文化よ、こんにちは



Ⅲ なんとなく、知識人



Ⅳ 教えて、現代文学



あとがき
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2024年2月10日

読書状況 読み終わった [2024年2月10日]
カテゴリ 読書篇

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『アイネクライネナハトムジーク』
著者:伊坂幸太郎
装幀:高橋雅之
発行所:幻冬舎文庫
初版発行:2014年
発行:2017年
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中庸堂がこれまで読んできた
伊坂幸太郎作品は、

『グラスホッパー』
『AX』
『陽気なギャングが地球を回す』
『オーデュボンの祈り』
『逆ソクラテス』

だけだが、
いまこれらの作品がどんな内容だったか
思い返してみても、ぼんやりと覚えているのは
『AX』『オーデュボンの祈り』くらいか?

つまりは、
あまり伊坂幸太郎の小説と
相性がよくないというワケだ。

今作は最初のうちは面白く読んでいたが、
徐々に登場人物たちの複雑な関係に辟易し、
彼らの相関図を把握するのが億劫で、
終盤に関してはダラダラ読んだ。
そこらへんはメモをとりながら
読んでもよかったが
そごで作品自体に魅力を
感じなかったせいか、
その意欲も全く起きなかった。

だが、
本書で頻出する「偶然」や「奇跡」を挙げて
ただのご都合主義とは言わない。
誰もが楽しく読めるような空想の産物と
小説としてのおもしろさがあるのならば
それに対して
こちらの想像力と興味が
ついていけなかったというだけの話だ。

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⚫︎目次情報⚫︎

アイネクライネ

ライトヘビー

ドクメンタ

ルックスライク

メイクアップ

ナハトムジーク

あとがき

解 説 吉田大助
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2024年3月1日

読書状況 読み終わった [2024年3月1日]
カテゴリ 日文篇

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『さらば愛しき女よ』
著者:レイモンド・チャンドラー
訳者:清水俊二
装幀:辰巳四郎
発行所:株式会社早川書房
初版発行:1940年
発行:1976年 ハヤカワ・ミステリ文庫
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レイモンド・チャンドラー(1888〜1959年)
アメリカ文学に多大なる影響を与えた
レジェンドであり、私立探偵フィリップ・マーロウを
主人公としたハードボイルド探偵小説を生み出した。

日本では村上春樹が翻訳したことでも知られる。
そんなレジェンド、チャンドラーであるが
小説を書きはじめたのは44歳と遅咲きだが、
長編第1作目『大いなる眠り』は
『三つ数えろ』と改題され映画化された。
主人公フィリップ・マーロウを演じた
トレンチコート姿のハンフリー・ボガートの
いぶし銀な姿も相まって「ハードボイルド」という
男の矜持を世に知らしめた。

本書は、
そんなチャンドラー2作目の長編小説となっている。
刑務所から出てきたばかりの大男、"大鹿"マロイは、
別れた恋人ヴェルマを探しにセントラル街を訪れた。
だがそこでマロイは再び殺人を犯し逃亡してしまい、
その現場に居合わせたフィリップ・マーロウは
取り調べを受けることになる。

その後、
別の依頼を引き受けたフィリップ・マーロウは
その依頼中にまたしてもトラブルに見舞われる。

はじめてのチャンドラー小説だったが
彼に影響を受けた村上春樹の初期作品
『風の歌を聴け』に見られるような、
洒落た言い回しやジョークを
ふんだんに用いた台詞や会話を楽しむのが本書の、
いやチャンドラー作品の魅力の1つだろう。
特に美女とフィリップ・マーロウの
男女としての駆け引きの場面ではそれが顕著だ。

ふたたびの殺人を犯した
大鹿マロイはどうなってしまうのか?
そのマロイの別れた恋人ヴェルマはどこにいるのか?
私立探偵フィリップ・マーロウが
ウィスキーを飲み紫炎をくゆらせ、
事件解決へと奔走する。
ネタバレは回避するが、
結末はタイトル通り、
まさしく『さらば愛しき女よ』にふさわしい
内容となっている。

男と女の悲哀、
これもまさしく「ハードボイルド」に
必須な要素なのだ。

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2024年3月16日

読書状況 読み終わった [2024年3月16日]
カテゴリ 推理篇

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『太陽の黄金の林檎』
原題:『

2024年3月27日

読書状況 読み終わった [2024年3月27日]
カテゴリ SF篇

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『幻の女』
原題:『

2024年3月23日

読書状況 読み終わった [2024年3月23日]
カテゴリ 推理篇

『よみがえる天才1 伊藤若冲』
辻惟雄
2020年
ちくまプリマー新書

筑摩書房が発行するちくまプリマー新書の
「よみがえる天才シリーズ」第一冊目。
取り上げられたのは
伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)。

代表作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」で
知られる江戸の天才絵師は
ここ数年で国外を問わず
人気が高騰している。

生前には名声をほしいままにしながらも
以後200年以上もの間、
若冲は日本美術史から姿を消すこととなったが 、
2016年に開催された若冲展には
44万人の来場客が集まった。
さらに海外でもその人気は高まるばかり。

なぜ21世紀の現代、
これほど多くの人々を熱狂させているのか。
本書では若冲の代表作「動植綵絵」などを
眺めながらこの謎を解き明かしてゆく。
著者の辻惟雄(つじ のぶお)さんは
著書『奇想の系譜』で知られる
若冲研究の第一人者だ。

生い立ちから順を追って
描いてきた作品を紹介しており
若冲が何歳の頃に描いたものなのか分かりやすい。
おまけに掲載されている作品は
どれもカラー図版なので若冲を
知らない人にも入門書として最適だ。

若冲が家督(京都の青物問屋)を
弟に譲って隠居したのは40歳の時。
そこから「郡鶏図」「白鳳図」などの
「動植綵絵」の制作を開始した。

「動植綵絵」は計30枚で、
そのすべてを描くのに10年以上の時間を要した。
その30枚すべてが高いクオリティを保っており
同じような濃密さで、
それぞれまったく異なる画面として構築されている。
若冲のとてつもない集中力と
絵画への情熱が感じられる。

そして最近の研究で明らかになったことは、
「郡鶏図」などの羽毛の部分などを
特殊カメラで超拡大して観察した際、
若冲は数万本の鶏の羽毛の筋
一本一本をすべて一筆描きで描いていた。
つまり下描きなし、描き直しもなく、
すべて計算しつくされているかのように、
均一な線、均等な間隔で美しく整然と
描かれていたのだ。
これぞ天才というのに相応しい
驚くべき情報である。

その後の1770年頃から約20年間は
若冲にとって作画情報がほぼ空白期となっている。
奉行所が若冲が年寄を務める
帯屋町の市場の営業差し止めを命じ、
この問題解決に奮闘したためと考えられている。

そして、
70歳をすぎてから再び
若冲の旺盛な制作活動が始まる。
その理由は73歳にあたる
1788年の「天明の大火」にあった。

若冲は住んでいた家もアトリエもすべてを失い、
生きるために絵を描かなくてはならなかった。
大阪の西福寺の襖絵「仙人掌郡鶏図」もその一つで、
若冲74歳の頃に描かれた
若冲晩年の傑作として評価が高い。

いま私の本棚には本書とは別に、
若冲の作品集が一冊あるだけだが、
これまで何度となく若冲を特集している
雑誌などをつまみ読みしてきた。
その度に若冲が描く軍鶏や鳳凰たちの
その格好良さに心奪われてきた。
たがしかし、
本書で取り上げられた若冲や
岩佐又兵衛、蕭白、蘆雪などは
まだまだ知識がない。
これらを掘り下げ、
やがてはもう一度日本美術史に
埋もれていきたいと考えている。

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⚫︎目次情報⚫︎

はじめに──謎と不思議の天才絵師、伊藤若冲

第1章 生い立ち

第2章 《動植綵絵》制作

第3章 若冲画の世界

第4章 画業の空白期と、新たな若冲像

第5章 激変した生活

あとがき

若冲年表

参照文献
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2024年2月5日

読書状況 読み終わった [2024年2月5日]
カテゴリ 意匠篇

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『オリエント急行の殺人』
原題:『

2024年3月15日

読書状況 読み終わった [2024年3月15日]
カテゴリ 推理篇

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『遠まわりする雛』
著者:米澤穂信
装幀:杉浦康平
発行所:株式会社角川書店
初版発行:2007年
発行:2010年 角川文庫
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中庸堂は十数年前に
ハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』を
読んでいたので「心あたりのある者は」で
全く同じ手法を使っていることに気がついたのだが、
あとがきで著者である米澤穂信も
それについて言及していて嬉しかった。

このように本を読み続けていくと、
これまでに読んだ本と今読んでいる本が
点と点で結ばれる小さな喜びを得る場合が出てくる。
そうやって点同士が結ばれて自身独自の線が
紡がれていくことも読書の魅力の一つだと
感じる次第だ。

さて、
本書はご存じのとおり「〈古典部〉シリーズ」4作目、
前述した「心あたりのある者は」を含めた
七篇からなる短編集となっている。

ミステリにカテゴライズされる作品ではあるが
これまでのシリーズと同じく「日常の謎」に焦点を当て、
それに青春系学園モノをプラスした
平易で読みやすい本だ。

それに加えて本書では思春期特有の
甘酸っぱい心の機微を主人公の折木奉太郎、
その親友の福部里志が見せるエピソードもあり、
その機微が今となっては
懐かしくも羨ましくも感じられる。

できれば、
十代の若い読者に推したい本だが、
そうでなくともミステリ入門書、
そしてミステリマニアにも肩の力を抜いて
気分転換も兼ねて気軽に読んでもらいたい。

その理由としては、
本書を併せてシリーズ四作品すべて
読んできたがこの「〈古典部〉シリーズ」は
短編くらいの長さが丁度いい気がしたからだ。

シリーズ2作、3作目それぞれ
『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』は
長くて冗長に感じた。

短編くらいの長さの方が
内容的に程よいバランスでまとまっていたし
登場人物それぞれへの焦点も
当てやすいように感じたからだ。

さて、
「〈古典部〉シリーズ」はまだまだ続く。
本書に次ぐ既刊本として
『ふたりの距離の概算』
『いまさら翼といわれても』がある。
積読の中には含まれていないが、
この積読消化が完了次第、
すぐにでも手にとってみたい。
今からその時が来るのが楽しみだ。

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⚫︎目次情報⚫︎

やるべきことなら手短に

大罪を犯す

正体見たり

心あたりのある者は

あきましておめでとう

手作りチョコレート事件

遠まわりする雛

あとがき
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2024年3月6日

読書状況 読み終わった [2024年3月6日]
カテゴリ 推理篇

『千夜千冊エディション 文明の奥と底』
松岡正剛
2018年
角川ソフィア文庫

遠い昔の、文明と奥と底に隠された
『世の初めから隠されていること』とは何か?
「犠牲」と「強奪」そして「殺戮」。
グローバリズム、飢餓と肥満とWTOの凶行を暴く
千夜千冊エディション。

第一章では、
『モーセと一神教』『ユダヤ人とは誰か』『アンチキリスト』
『ユダヤ国家のパレスチナ人』などを取り上げ、
今なお複雑な問題を抱える
イスラエルとパレスチナ間の紛争に至るまでの
世界の混乱と欺瞞を読み解いていく。

第二章では、
旧約聖書『ヨブ記』からはじまり、
本書のキーブックとも言える
ルネ・ジラール『世の初めから隠されていること』で、
歴史の最初から「犠牲」と「強奪」「暴力」で
始まっていたこと、
それを隠し正当性をかぶせ、
そこに市場と国家、制覇と戦争を
組みあげたことを暴く。
そしてヒトラーのナチスにも
多大な影響を与えた『アーリア神話』、
20世紀初頭に世界に湧きあがった
黄色人種差別について綴られた
『黄禍論とは何か』を取りあげる。

第三章では、
東洋文明の奥へと入り込み、
長江文明の動向から中国大陸の歴史へと
進んでいく。

最終章となる第四章では、
現代におけるグローバリゼーションに焦点を当て、
その問題を浮き彫りにする。
ナヤン・チャンダ『グローバリゼーション』にはじまり、「ゼロ年代の50冊」1位に輝いた
ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』、
コンラッド・ローレンツ『鏡の背面』、
そしてWTO(世界貿易機関)の凶行を暴いた
ラジ・パテル『肥満と飢餓』を
本書の結びとしている。

文明はその歴史のはじまりから
己の正当性を主張し、美化してきた。
そしてそれに不要なものを奥と底に隠してきたのだ。
そしてその後も文明が権力や資本や技術によって
矛盾を持つようになる。
それは今でも続いている。

いつの日かこれらが白日の元に
晒される日が来るだろう。

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⚫︎目次情報⚫︎

前口上

第一章 文明と民族のあいだ
ジークムント・フロイト『モーセと一神教』
アーサー・ケストラー『ユダヤ人とは誰か』
ノーマン・コーン『千年王国の追求』
バーナード・マッギン『アンチキリスト』
アモス・エロン『エルサレム』
デイヴィッド・グロスマン『ユダヤ国家のパレスチナ人』

第二章 聖書とアーリア主義
旧約聖書『ヨブ記』
ルネ・ジラール『世の初めから隠されていること』
レオン・ポリアコフ『アーリア神話』
ハインツ・ゴルヴィツァー『黄禍論とは何か』
マフディ・エルマンジュラ『第一次文明戦争』
エドワード・W・サイード『戦争とプロパガンダ』

第三章 東風的記憶
徐朝龍『長江文明の発見』
古賀登『四川と長江文明』
宮本一夫『神話から歴史へ』
林俊雄『スキタイと匈奴 遊牧の文明』

第四章 鏡の中の文明像
ナヤン・チャンダ『グローバリゼーション 人類5万年のドラマ』
ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』
フェルナン・ブローデル『物質文明・経済・資本主義』
オスヴァルト・シュペングラー『西洋の没落』
アーノルド・J・トインビー『現代が受けている挑戦』
コンラート・ローレンツ『鏡の背面』
ダニエル・ベル『資本主義の文化的矛盾』
サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』
ラジ・パテル『肥満と飢餓』

追 伸 何が隠されてきたのか
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2024年2月12日

読書状況 読み終わった [2024年2月12日]
カテゴリ 千夜千冊

『千夜千冊エディション 理科の教室』
松岡正剛
2018年
角川ソフィア文庫

豪華な理科の先生たちが勢揃いし、
窓際には化石や鉱物、苔が並べられ、
クラゲやメダカの水槽、
蝶や虫たちの標本が飾られ、
足元にはネコ、犬、
はては猿が自由に戯れている。

絢爛で混沌、知的好奇心を刺激する
坩堝と化した場所、
それがこの教室の教壇に立つ
セイゴオ先生の『理科の教室』である。

第一章からいきなり豪華な顔ぶれが揃う。
『ロウソクの科学』のファラデー、
『科学と方法』ポアンカレ、
『不思議の国のトムキンス』のガモフ、
『タングステンおじさん』の
オリヴァー・サックスなど
古典的名作がズラリと揃っている。
それだけでは終わらない。
日本の「理科の先生」たちも登壇する。
セイゴオ先生の「千夜千冊」
記念すべき第一夜目にあたる
中谷宇吉郎『雪』をはじめ、
漱石門下の寺田寅彦、
冥王星の和訳を命名した野尻抱影、
同学年でどちらもノーベル物理学賞受賞者の
湯川秀樹と朝永振一郎と、
のっけから理科少年たちの好奇心を刺激する。

第二章では、
鉱物・化石・植物の魅力を堪能する本が出揃う。
個人的に気になったのが岡山倉敷にて
「蟲文庫」なる古本屋を開いている
苔に魅了された店主、田中美穂による『苔とあるく』だ。
カバーや装幀に工夫がなされており
「苔」に関しては全くの素人だし
興味もなかったがそこはセイゴオ先生が
華麗に千夜千冊しており
この苔本を読んでみたくなってきた。

第三章では、
昆虫や動物たちのマニアックで
未知なる世界を覗きみる。
三葉虫から貝、クラゲ、ペンギンにメダカに蝶、
フクロウ、そしてカラスに象。
誰もが気になる動物たちの謎や
その生態についてまるで
生物図鑑のように網羅している。

第四章は、
この世で最も不自然な生き物、
「人間」について、そして今抱える問題を取り上げる。
有名なデズモンド・モリス『裸のサル』、
ジャケ買いならぬタイトル買い必須の
石原勝敏『背に腹はかえられるか』、
ウイルスや細菌、感染症に挑んできた人々と
その感染症の殺戮の歴史を読みといていく。
本書最後の一冊にセレクトされたのは
『沈黙の春』で知られるレイチェル・カーソンの
『センス・オブ・ワンダー』。
最後の結びにこの本を持ってくるセンスに脱帽。

理科に遊んでやがては地球と遊ぶ。
そんな「神秘や不思議さに目を見はる感性」を
養っていけば、やがて鳥たちが優雅に飛びかい
その鳴き声を聴かせてくれるだろう。
そんな春がやってくることを願い
本書『理科の教室』を閉じたところだ。

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⚫︎目次情報⚫︎

前口上

第一章 科学のおじさん
マイケル・ファラデー『ロウソクの科学』
ウィルヘルム・オストワルド『化学の学校』
アンリ・ポアンカレ『科學と方法』
寺田寅彦『俳句と地球物理』
中谷宇吉郎『雪』
野尻抱影『日本の星』
湯川秀樹『創造的人間』
朝永振一郎『物理学とは何だろうか』
ジョージ・ガモフ『不思議の国のトムキンス』
オリヴァー・サックス『タングステンおじさん』

第二章 鉱物から植物へ
上西一郎『理科年表を楽しむ本』
益富寿之助『カラー自然ガイド 鉱物』
森本信男・砂川一郎・都城秋穂『鉱物学』
井尻正二『化石』
ピーター・トーマス『樹木学』
盛口満『シダの扉』
田中美穂『苔とあるく』

第三章 虫の惑星・ゾウの耳
本川達雄『生物学的文明論』
リチャード・フォーティ『三葉虫の謎』
奥谷喬司ほか『貝のミラクル』
坂田明『ク...

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2024年2月7日

読書状況 読み終わった [2024年2月7日]
カテゴリ 千夜千冊

『奇想の系譜』
辻惟雄
2004年
ちくま学芸文庫

著者である辻惟雄(つじ のぶお)の代表作。
当時1970年に刊行され、
その後新版が出され私がいま手にとっている
文庫版が出されたのが2004年である。
この長期間の間に本書で紹介された
エキセントリックな6人の画家の人気に
劇的な変化が起こったわけだが、
本書で紹介された「奇想」な6人、
岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、
曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳を紹介していく。

⬛︎岩佐又兵衛(いわさ またべえ)
1578〜1650年
摂津伊丹城主として織田信長に仕えた
荒木村重の妾腹(しょうふく)の子として生まれる。
義経伝説に基づく物語絵巻
「山中常磐」(やまなかときわ)が紹介されるが
幕末から明治にかけて活躍した絵師、
月岡芳年の「血みどろ絵」の本家というべきかは
定かではないがおどろおどろしい
凄惨な「常盤殺し」や「首運びの行列」の描写は
思わず目を覆いたくなる。

⬛︎狩野山雪(かのう さんせつ)
1590〜1651年
狩野山雪の養父である狩野山楽は、
狩野永徳、長谷川等伯、
海北友松(かいほうゆうしょう)と共に、
桃山画壇の四巨匠の一人に数えられた画人。
狩野山楽は、
かの豊臣秀吉の小姓として仕えていた時、
その非凡な画才に眼をつけた秀吉が、
狩野派の代表的画人、
狩野永徳に弟子入りさせたのが
画家としての出発点と伝えられる。
そんな養父の跡継ぎとなったのが
狩野山雪である。
山雪が描いた作品の中で特筆すべきは、
白梅の巨大で躍動感溢れる幹が印象的な
「梅に山鳥図」や「老梅図』」
グロテスクでホラーな「寒山拾得図」だろう。

⬛︎伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)
1716〜1800年
詳しくは前々回投稿した
『よみがえる天才1 伊藤若冲』に譲るとして
本書でも若冲の代表作
「動植綵絵(どうしょくさいえ)」が
取り上げられており、
近年一気に人気が高まった画人だ。

⬛︎曾我蕭白(そが しょうはく)
1730〜1781年
代表作『郡仙図屏風』や
荒々しく豪快なまでの筆致はなにか
禍々しいものがその画に取り憑いているような
オーラを放っている。
本書で取り上げられた6人の内で
最もエキセントリックで「奇想」な
画力とキャラクターを持ちあわせていたのが
曾我蕭白だと感じる。
本書文庫版の表紙に蕭白の
代表作「龍雲図」を起用するあたり、
著者である辻惟雄は本書執筆のキーマンとして
蕭白を推したのではないかと推測する。

⬛︎長沢蘆雪(ながさわ ろせつ)
1754〜1799年
いわゆる「円山派」の祖である
円山応挙の弟子である蘆雪の代表作といえば
無量寺の「虎図」だろう。
決して荒々しくはないが獲物を狙ってるかよのうな
その姿は独特の存在感を漂わせている。
ちなみに現在、九州国立博物館で
特別展「生誕270年 長沢芦雪」が開催されている。
もちろん足を運ぶつもりだ。

⬛︎歌川国芳(うたがわ くによし)
1798〜1861年
風景画で有名な歌川広重とは同い年。
国芳の父の友人だった歌川豊国の弟子となり、
30歳の時に描いた「通俗水滸伝豪傑百八人之一人」が
デビュー作となる。
それがウケて「武者絵の国芳」として人気が高まる。
そんな国芳の画の中で本書が取り上げたのは
「讃岐院眷属(さぬきいんけんぞく)をして為朝(ためとも)をすくう図」など大迫力の画だ。
だが個人的には、
国芳と言えば巨大な餓者髑髏の妖術で知られる
『相馬の古内裏』や猫画である。
何を隠そう、
私が若冲や国芳、それに連なる月岡芳年を
好きになっ...

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2024年2月8日

読書状況 読み終わった [2024年2月8日]
カテゴリ 意匠篇

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『一九八四年』
著者:ジョージ・オーウェル
訳者:高橋和久
装幀:水戸部功
発行所:株式会社早川書房
初版発行:1950年
発行:2009年 ハヤカワepi文庫
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"そろそろ分かってきただろう、
われわれの創り出そうとしている世界が
どのようなものか? 
それは過去の改革家たちが夢想した
愚かしい快楽主義的なユートピアの
対極に位置するものだ。
恐怖と裏切りと拷問の世界、人を踏みつけにし、
人に踏みつけにされる世界、純化が進むにつれて、
残酷なことが減るのではなく増えていく世界なのだ。
われわれの世界における進歩は
苦痛に向かう進歩を意味する。
昔の文明は愛と正義を基礎にしていると主張した。
われわれの文明の基礎は憎悪にある。
われわれの世界には恐怖、怒り、勝利感、
自己卑下以外の感情は存在しなくなる。
他のものはすべてわれわれが破壊する
何もかも破壊するのだ。"

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誰もが名前だけは知ってるが
読んだことのない小説の筆頭ではないだろうか?
現代アメリカ文学のレジェンド、
トマス・ピンチョンの解説狙いで購入したわけだが、
長らく積読状態だったので今回
思いきって読んでみることにした。
難しそうだなという読む前の感想とは裏腹に
スラスラ読み進めることができた。
ただし、SF作品特有のオリジナルワードや設定を
どう咀嚼するかは読み手の判断に任せる。
本書は第三次世界大戦後の
いわゆるディストピア小説であり、
これを念頭に読み進めれば
オリジナルワードや世界観もすんなりと
消化できるように思える。

全体主義国家による
完全監視社会の恐怖を描いたストーリーであり、
思想や発言、あらゆる行動が監視されている。
「ビッグ・ブラザー」という名の指導者が率いる
政府にとって不都合な歴史記録は
日々改竄されてきた中、
主人公はとある古道具屋で買ったノートに
自分の考えを書いて整理するという
違反行為をおこなう。そしてじょじょに
こういった体制への疑いを抱くようになるのだが、
密告により捕えられ、
身体と精神ともに激しい尋問と拷問を受ける。
その結果、
自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、
政府の思想を受け入れ、
心から政府を、ビッグブラザーを愛するようになるのであった。

最後に、
本書で使用されるオリジナルワードを
いくつか紹介する。

⬛ビッグ・ブラザー
作中の全体主義国家「オセアニア」に、1984年時点で君臨する独裁者。
町中、いたるところに彼のポスターが掲載されている。
モデルは旧ソ連の最高権力者、ヨシフ・スターリン。

⬛テレスクリーン
テレビジョンと監視カメラを兼ねたような機能を持ち、政府が絶えず国民を監視するために使うための道具。

⬛思考警察
反体制的な思想を抱いた者を、テレスクリーンで日常的に監視し、必要であれば逮捕するという組織。

⬛2+2=5
政府の言うことが現実よりも正しいことを保証させるために用いられるフレーズ。2+2=4と言える自由を奪い、政府が2+2=5と言えばそれが真理となる。

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2024年3月13日

読書状況 読み終わった [2024年3月13日]
カテゴリ SF篇

『他力本願』
押井守
2008年
幻冬社

2008年公開のアニメ映画
『スカイ・クロラ』制作時の手順に沿って
押井守監督自らがそのノウハウを語った本。

エピローグでは唐突に押井監督の幼少から
『スカイ・クロラ』の話が持ち上がり、
別れた前妻との娘と再会するまでの
半生を綴ったプチ自伝となっている。

アニメ映画のノウハウ、
そして押井監督自身について知れる。
相変わらず押井守が書く文章は読みやすい。

押井守監督といえば
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』
『イノセンス』『立喰師列伝』などで知られる
日本アニメ界の巨匠だ。

その作風は観念的で、
厳かな雰囲気が漂う独特な世界観で知られている。
そのイメージもあって押井監督の現場は
「厳しい」と考えがちだが、
どうやら違うらしい。

押井監督は現場では決していばらず、
基本的にな現場まで来たら
冗談しか言わないらしい。

「監督がいた方が進む現場とその反対に
監督がいない方が進む現場がある。」

という考えを持ち、
ここに自分がいない方がうまくいくと思えば
用があるふりでもして席を外す。
監督があれこれ指示を出し、
ピリピリとした緊張感ある中で仕事をするよりも、
現場がうまく回り出すように
「場の空気を読める能力」が
映画監督に必要な能力だと語る。

誤解されがちなのは情熱的に振舞うことが
作品に必ずしも良い息吹を与えるのではない
ことだとも言っている。

「僕自身はいつも淡々としている。
口には出さないが、心の中では
「ここ終わり。次はここだな」
「こっちもやらなくてはいけないな。面倒くさいな」
といったことを考えている。
いちいち現場で落ち込んだり、
はしゃいだりしない。
日々の仕事の中では達成感はほとんどない。
それを感じられるのは作品が完成した時くらい。
日々の労働の喜びなどというものもない。
だが、快適に仕事を進める努力はする。
嫌々やるのは良くないので、せめて楽しく、
楽をできるように考える。そういうことだ。
監督が不機嫌では、スタジオのムードも険悪になる。
監督が周囲を緊張させて、
プラスになることなど何もないと言っていい。」

以上、
あまりにも説得力がある考えだったので
長くなったが引用した。
これは映画監督だけでなく
すべての仕事場に通ずるものがある。
重視すべきはあくまで「作品」のクオリティであり、
その過程は快適なものでなければならないのだ。

本書の少し長いエピローグにもある通り、
孤独な少年時代を過ごした押井監督の半生は、
まさに波瀾万丈であり、
多くの成功も失敗も体験した。
だからこそ自分一人の力だけで
アニメーション作品を生み出すのではなく、
現場のスタッフ、そして若い人たちの意見も
積極に取り入れながら作品を作り続ける。

この本には仕事をする上で、
誰もが身につけておくべき思考が詰まっている。

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⚫︎目次情報⚫︎

プロローグ なぜ「今」、この映画を監督するのか?

第1章 対話力──「企画会議」でしゃべり倒して、作品の世界観を創り上げる。

第2章 妄想力──「ロケハン」でリアルな風景を肉体に刻み、画面の中に空気を生み出す。

第3章 構築力──肉体と小道具の細部までの設定が、「キャラクター」の性格と人生を描く。

第4章 意識力──偶然は起こらないアニメーション。すべて意図的に「演出」する。

第5章 提示力──「音響」は雄弁に、作品の本質を語...

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2024年2月10日

読書状況 読み終わった [2024年2月10日]
カテゴリ 意匠篇

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『夫婦善哉 決定版』
著者:織田作之助
装幀:新潮社装幀室
装画:信濃八太郎
発行所:株式会社新潮社
初版発行:1950年
発行:2016年 新潮文庫
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気が弱く家の金を浪費するダメ夫の柳吉と
肝っ玉母ちゃん的な気の強さを持つ蝶子という
大阪を舞台にした夫婦のドタバタと人情を綴った
『夫婦善哉』を代表作に持つのが
オダサクさんだ。

ダメ夫 柳吉のダメさ加減に終始
イライラしながら読み進め、
ラストの大阪法善寺境内にある
「めおとぜんざい」へ行き、
2人でぜんざいを食べるという
半ば強引な結末で〆るのが
オダサクさんだ。

そして、
そんなオダサクさんの代表作『夫婦善哉』の
未発表続篇が2007年に発見された。
今度は大分別府に舞台を移して
そこでもドタバタを繰り広げる。
この続篇は蛇足感があり、
そのまま発表しなければいいと個人的に思えた。
だが発表しないでも続篇を書いたのは
紛れもないオダサクさんだ。

その他の短篇に、
複雑な環境下での自己の出自に対する
葛藤や煩悶を描いた
『六白金星』『アド・バルーン』、
私小説風の『木の都』『世相』『競馬』を掲載している。
個人的に1番のお気に入りは、
阿部定事件を元にした短篇『妖婦』構想に着目した
『世相』だろうか。
思わずまだ未読の『妖婦』を読んでみたくなった。
さすがはオダサクさんだ。

オダサクさんはわずか33歳で早世してしまった。
だがその間、
7年間の作家生活で書いた短篇作品は50を超える。
まだまだ面白い作品は残っている。
これからもその短篇たちを追い求めていく気にさせる。
それがオダサクさんだ。

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⚫︎目次情報⚫︎

夫婦善哉

続 夫婦善哉

木の都

六白金星

アド・バルーン

世 相

競 馬

解 説 青山光二/石原千秋
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2024年3月18日

読書状況 読み終わった [2024年3月18日]
カテゴリ 日文篇

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『チャイルド・オブ・ゴッド』
原題:『

2024年3月22日

読書状況 読み終わった [2024年3月22日]
カテゴリ 海文篇
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