女優 岡田茉莉子

著者 :
  • 文藝春秋 (2009年10月30日発売)
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感想 : 7
5

読み終えたあと、深い満足感に包まれる。
586ページにも至る文章量、2年半にも亘ったという執筆期間。ゴーストライターも使わず、一女優が真摯に自分の生きてきた道程を書き記す。
恐るべき筆力の持ち主で、この美貌にしてこの才気。岡田茉莉子という女優が並並ならぬ女性であることがありありとわかる。
岡田自身も、自らを「女優とは優れた女と書く」と言い、並外れた美貌と演技力の持ち主であるという自負を隠さず書いているが、この人であればその自負も、さもありなんと思わせてしまう力を持っている。
岡田茉莉子は、1933年生まれ。トーキーの大スター岡田時彦の遺児でありながらも、宝塚歌劇出身の母が日陰の存在だったことから、不遇の少女時代を過ごす。戦後、女優になり、小津安二郎、成瀬巳喜男などさまざまな名匠に起用され、数々の名作に出演する。映画「秋津温泉」が縁で、吉田喜重監督と結婚。その後は、吉田の前衛的な映画のヒロインを務めながらも、映画スターから舞台女優、テレビ女優へと転身し続けて、大衆のスターでもあり続けた。
岡田は、芸術と娯楽の両方を自在に行き来する稀有なスターだったのである。これは往年のスター女優としては画期的なことだった。現在はそういった女優も存在するが、そうした女優のパイオニアであったのが岡田であるという事実の発見は、わたしには驚きだった。
また、岡田の自伝は、同時に、夫、吉田喜重の伝記でもあるかのようだ。岡田はよほど吉田を愛し、尊敬しているのだろう。岡田の吉田へのあまりある愛情が全篇にあふれ、こぼれ落ちるかのようだ。
終章である第十六章では、不遇の時代を長く過ごしてきた吉田の映画作品が、ヨーロッパを中心にあちこちで回顧上映され、そこへ夫婦で参加する近年の様子が書かれているのだが、岡田は無上の喜びにあふれた表現を尽くしている。これほどの女性にここまで愛されれば、吉田監督も男冥利に尽きるというものだろう。
あとがきにあたる謝辞で、岡田茉莉子は、我が人生を、「岡田茉莉子という私自身を探し求める旅」であると書いている。
岡田茉莉子が岡田茉莉子であり続けようとする、その真摯な生き方に、読んでいる間、こみあげてくるものを抑えることが何度もあった。
岡田はまた、全篇で夫のみならず、親族、監督、俳優、スタッフなど、出会った人々への感謝の気持ちを常に忘れず、書いている。そうした人間性も、彼女が幸福なスター女優であり続けられた大きな要因なのであろう。
戦後の日本の映画史をさまざまなエピソードから恒間見ることもでき、そういった意味でも貴重な書であると思った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 自伝
感想投稿日 : 2011年5月29日
読了日 : 2011年5月29日
本棚登録日 : 2011年5月29日

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