ゲームの王国 下

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本棚登録 : 383
レビュー : 67
著者 :
きりさん SF   読み終わった 

むしゃくしゃすると本屋で散財する癖がある。普段はわりとじっくり立ち読みをするのだが、そういう時に買う本というのはほとんど中身を見ない。せいぜい帯と、最初の数ページ。装丁と文体がなんとなく好みだったら、それ以上考えることはせずに購入を決める。

この作品もそうして出会ったものだ。ハードカバーはどうしても文庫ほど気軽に買えないから、ちょっぴり冒険だった。
結論から言うなら、ここ最近で読んだものの中ではダントツの大正解だった。週末の楽しみにとっておこうと思ったのに、結局翌日の夜中3時までかけて上下巻を一気に読破してしまった。一旦上巻だけを買って、読んでから下巻を買うか判断しようかとも一瞬考えたのだが、思い切っていっぺんに購入して正解だった。自分の野生の勘を褒めたい気分だ。

上巻と下巻で、表紙の印象が統一されていないことにまず興味を惹かれた。上巻は赤い円で縁取られた、歳を重ねた男女のモノクロ写真なのに対し、下巻は青い枠に水彩画のように無秩序な色たち。その水彩画が実は上巻の写真を加工したものであったことは、購入後帰宅してから気が付いた。統一感がない、というのはぱっと見の印象だけの話で、実は同じものだったのだ。この時点でまずやられた、と思った。そしてこの印象の違いは、上下巻の内容そのものと重なるところもあるように思う。

装丁もさることながら、帯にポル・ポトとSFという単語が並んでいる時点で、もう購入することは決まっていたようなものだった。伊藤計劃の『虐殺器官』然り、現実とフィクションの境目が曖昧な作品に目がないのだ。とはいえ、学生時代から歴史はからきしの私には、ポル・ポトが過激な共産主義者だという朧げな記憶こそあれど、その舞台がカンボジアであったことすら、恥ずかしながら知らなかった。
それだけに、史実をみっちりと細部まで描きこんだ緻密な筆致に、自分の無知をこれでもかと突きつけられ、知識でたこ殴りされているかのような快感に、ただ息を飲んだ。

嗜好のストライクゾーンど真ん中の作品というのは、一文、いや一文字読み進めるごとに、さながら真夏に飲むビールのごとく「くう〜、これだよ!」などと叫びたくなるものだが、この作品はまさにこれだった。カンボジアに生きる人々を描きつつ、その範囲は歴史、政治に留まらない。細かい描写まで含めるならば、性的マイノリティに関する記述や科学、貧困、メディアなどなどなど、おそらく筆者がこれまでに感じてきた社会に対する違和感がこの作品にこれでもかというほどに詰め込まれている。それでいて、嫌味ではないし、説教くさくもない。ただ淡々と、「そういう人もいる/いた」という観点で描き出されていて、それらは物語を進めるための要素という以上の意味を持たない。だから重いテーマを扱ってはいるけれど、胸焼けはしない。それってたぶん凄いことだ。

多くの小説にありがちな、エンディングにむけて急加速する展開はこの作品にもやはり感じてしまったけれど、とにかく読んでいる間の幸福感をこれほどに感じたのはいつ以来だろうかと思う。

余談だけど、帯に「カンボジアもポル・ポトも関係ない。これは少年と少女の物語だ」とあったのは、個人的には違和感を覚えた。むろん、私は筆者ではないから、彼が何にかきたてられてこれを書いたのか、正解などわかりようもない。でもこれは、紛れもなくカンボジアの物語だと。そうでなければ、上巻をめいっぱい使ってあそこまで書くことはしなかったと思う。ただの少年と少女の物語なんかじゃない。

これはフィクションだ。フィクションだけど、まぎれもなく過去に実在した人間たちが、鮮やかに息を吹き込まれて生きている。すごい作品に出会ってしまった。『ユートロニカのこちらがわ』も近いうちに手に入れようと心に決めている。

レビュー投稿日
2018年6月22日
読了日
2018年6月22日
本棚登録日
2018年6月22日
2
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